幕間-2人のメイド-

「ねえ、ヴィクトリア、聞いた?」

「聞いていないから。手を動かしなさい。クリスティーネ」


 2人のメイドが働いていた。過剰とも言っていいほどのフリルやレース装飾されている白くて丈の長いエプロンドレスに身を包み、頭にはこれまた装飾過剰のカチューシャを身に着けている。

 ヴィクトリアはそんな服装に身を包んでも分かるほど、線の細い体をしている。金色の髪の一部は頭の右側でまとめられ、それ以外はそのまま肩ほどまで伸びている。成熟しながらもどこか幼さの残る顔立ちには表情が乏しく、見るものに人形のような印象を与える。一方でクリスティーネはひと目で分かるほどに豊満な体を持っている。腰まで伸びた美しい黄金の髪も相まって慈愛の女神のように見えるだろう。歳はヴィクトリアと同じぐらいなのだが、完全に真逆の2人であった。


「いいじゃん。ちょっとくらい休んでも」

「ダメだからさっさと働きなさい」


 エイザルアルフ領の最大の都市であるアーゼルフ、その中心にそびえ立つ城の中が彼女たちの仕事場だ。市内のどの建物より広く、高く、豪奢なそこは領主の居城であった。その防備も強固なもので、都市を囲う城郭とは別に4本の塔を頂点とした城壁に囲われている。


「ひっどーい。ヴィクトリアのケチ。もう、私の耳寄り情報流してあげないよ?」

「……何回もそんな言葉と一緒に耳寄り情報も流れてくるんだけれど」」


 城に多くのメイドが雇われているとは言え、その仕事も膨大だ。だからこそ隙を見て手を抜くしかない。特に彼女たちが担当している4層目には基本的に来客が出入りすることはなく、絶好の休憩所なのだ。クリスティーネに至っては窓枠に腰掛け、仕事をする気は感じられない。

 ヴィクトリアはため息を吐くとクリスティーネの正面の壁に飾り付けてある剣を手に取ると布で拭き始めた。彼女たちが担当しているのは装飾品の手入れや掃除であった。


「だって、ヴィクトリアったら私が喋れば結局聞いてくれるんだもん。それでね、な、な、なんと、南の村に魔女が出たんだって! 血色の瞳の!」

「ふーん。へえ。どうでもいいわそんなの」

「それで住処も予想はついていて、昔に棄てられた領主の別荘! テオドール様は討伐隊も送るんだって!」


 ヴィクトリアの冷めた反応にも気にする様子はなく、クリスティーネは興奮した様子で言葉を続ける。


「だからヴィクトリアも参加すれば?」

「……どうしてそういう結論になるの?」

「だって、ウェンツェル様の仇でしょ? 元専属メイドとしては居てもたってもいられなーい……とかないの?」

「ないわね」


 ヴィクトリアは何かを確かめるように剣を2,3度振った。何気ない動作だったがその太刀筋は素人のものではなかった。


「あなた、ウェンツェル様がどんな人だったか知らないわけじゃないわよね?」


 テオドール・デル・クラウス・エイザルアルフ。24歳にしてその男がエイザルアルフ家の当主であり、ウェンツェルはその兄であった。父親の急逝の後、ウェンツェルが跡を継いだが1年程経って、南の森近くの街道を移動中に魔女に襲われ死亡。帰らぬ人となった。


「知ってるよー。メイドに片っ端から手をかけて、発覚してからは娼館に行って騒ぎを起こして……」

「そうよ。ウェンツェル様はただのクズよ。どうして私がそんな人の仇を討たなきゃならないわけ?」

「ふーん。ま、それならいいけどね。うん、すごくいい」

「それに私がいなくなったらあなたはどうするのよ。ペアいなくなっちゃうじゃない」


 城の清掃を任されている彼女たちは二人一組で作業するのが基本である。受け持っているのは掃除だけではく、宮殿の警備の補助も任されているからだ。正規の警備兵とは別に、清掃を城の中を動く彼女たちが一線級の戦闘力を持っていれば宮殿内の警護は一層強固なものになる。エイザルアルフ家の先代はそう考えていたようだった。彼女たちは廊下に飾られている剣やホールで鎧が持っている槍など、多種類の武器を使こなし、個人によっては本職の兵士以上に戦える実力がある。


「大丈夫だよ。私はメイド枠でヴィクトリアについていくから」

「……私もメイドなんだけど?」

「でもヴィクトリアったら料理も下手くそだし礼儀もなってないし、どうしてウェンツェル様の専属メイドだったのか不思議なくらいだもん。どう考えても兵士枠だよね」


 主人に専属で仕えるメイドは当然メイドの中でも上位の存在だ。主人の私室に入ることを許されるのは基本的に彼女たちだけで、主人の身の回りのことは全て任されている。それ故に求められる技能も多く、基本的な仕事の技能の他にいざというときに主人を守るための戦闘力も必要である。それに加えて主人の仕事の補佐を担うことも期待され、聡明な頭脳や幅広い知識まで求められてしまう。だが、ヴィクトリアが専属メイド水準に達しているのは戦闘力くらいなものだった。


「クズな主人には使えないメイドがお似合いってことよ」


 ヴィクトリアは気にする様子もなくさらりとそう言い放ち、歩き始める。城に飾られている武器の数は多い。もう昼近くになるが1日のノルマの2割も終わっていなかった。もちろん本気で終わらせようとは彼女たちは考えていないのだが。


「ちっ、違うよ。ヴィクトリア! 私そういうつもりじゃ……」


 クリスティーネが窓枠から降りてヴィクトリアの背に飛びついた。


「冗談よ。あなたがそんな嫌味を言うなんて思わないわ。でもいまさらの話よね。ウェンツェル様が殺されたのは数年前だし、街に現れたのは私たちが子供のとき?」


 魔女が街を騒がせたのはこれが初めてではなかった。3年前にウェンツェルを殺しはしたが、その10年程前にも街へ現れている。悪魔の瞳と人を越えた力を持つ魔女はそのときに初めて世に知れ渡ることになったのだ。だが、領主がしたことは懸賞金をかけるくらいで、本格的に討伐隊を出したことは今まで一度も無かった。


「言われてみれば……確かにそうだね。でも、昔はともかく、ウェンツェル様のときは相続問題とかでそれどころじゃなかったんじゃない? 先代様が亡くなったばっかりだったし」

「それもそうね……ま、どうでもいいでしょ? 流石にこのペースじゃグチグチ言われるのは目に見えているわ」

「はーい」

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