第21話 悪友ジャックside人魚伝説

今年の社交シーズンが始まる前からちょっとした話題になってるのはやっぱり人魚伝説だろうか。


最初噂を聞いた時は、何だその話はって呆れたんだけど、目撃したのが第三王子のキリウム殿下だったから、正面切って嘘だろとも誰も言えないよな。


噂を聞いた人も半信半疑という所か。




王家の裏御用番であるポートランド伯爵家としては、殿下から直接話を聞けたんだ。


殿下と俺は歳もひとつ違いだし、小さい頃から裏番として恐れ多くも殿下を弟みたいな気分で見守ってたから信じてやりたい気持ちもあった。




話はこうだ。


何でもお忍びで海まで足を伸ばした所、綺麗な屋根付きの岩壁にかこまれた穏やかな波間があったらしい。


海が煌めいて綺麗すぎて、護衛騎士達とボーッと眺めていたら時々キラリと波が立って、何か動いてる気がしたらしい。


目を凝らしてみたら、それはゆっくり殿下の方に近づいてきて浮かび上がったと思ったら顔だったんだって。



それも見たことのないような天使の様な顔だったらしい。


びっくりして見つめてたら、その顔は急に波間に沈んだかと思うと少し離れた場所に飛び出してきて、その時には腕も上半身の裸体も見えたって。




「まるで優雅に舞っているみたいだった。海の中で自由に楽しげに笑いながら奔放に振る舞っていた。


泳ぐスピードも自由自在で、あんな動きは護衛騎士達も見たことがないと言ってたし。


私達はただただその人魚を眺めることしか出来なかった。


でも最後に人魚が私達に大きく手を振ってくれたんだ。


この感動はどう表せばいいか、わたしには分からない。


ただただ神秘だった。」


殿下はうっとりとした顔で、俺に話してくれた。



「殿下、天使の様な顔っておっしゃいますけど、実際その人魚は具体的にどんなお顔だったんですか?」



殿下はちょっと考え込む様な素振りで目をさまよわせると、少し顔を赤らめながら言った。




「エメラルドグリーンの海の中で一際目立つアーモンド型の真っ青な瞳と薔薇色の頬。


唇は王宮の赤い薔薇の様で、髪の色は日に反射していたし、水に濡れていてよくわからなかったけれどキラキラしていて長かったのは確かだ。


天使の様としか言えないが、それだけじゃなくて時折見せる私達を揶揄うような艶っぽい表情は未だに私の胸を疼かせる。


魔物に魅了されたといえばそうなのかもしれない…。」



俺は眉唾物だと思ってた殿下の語る人魚伝説に引き込まれてしまっていた。



「殿下、その人魚は女性型、あるいは男性型どちらだったんでしょう。


天使と言うからには女性だったのでしょうか。」



「うん。それは僕も迷う所なんだ。だって人魚にそもそも性別があるかどうかも分からないし。


私が見たのは人間の女性の様な膨らみは無かったけれど、男の胸ともいえない。


そもそも華奢な体つきで、もしあれが人間として比較するなら、子供に値するんだと思うよ。


子供だったら、女も男もハッキリはすまい。


魔物にせよ、ただ私はもう一度だけでもあの人魚に会うことができたらどんなに幸せかと思うよ。」



ウットリとため息をつくキリウム殿下の話を聞きながら、俺も一度でいいからその人魚に会ってみたいと思ったんだ。




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