冷夏
ハイカンコウ
プロローグ
目覚ましの音で、目が覚めた。眠気まなこで時計を見ると、朝の七時半。重い体を無理やり起こして二度寝を防ぐ。顔を洗って、歯磨きをして、朝の準備。朝ご飯は毎日しっかりと作る。即席のものではなくて。今日はご飯にお漬物、鯵のひらき、味噌汁だ。
「いただきます」
小さく呟き、箸を取った。お漬物のポリポリとした心地の良い音が頭に反響する。その音は、私をどこか遠い、懐かしい場所に連れていく。
これはご先祖さまの記憶だろうか。朝の霧雨のなか、小袖を着たうら若い少女たちがおしゃべりをしている声が聞こえる。近くの寺から漂うお線香の香りは街中を地面を這うように広がり、曇天がその匂いに上から蓋をするような、それは何やら閉鎖的な朝の一幕だった。
遠くへ向かっていく意識の憧憬は私の心をキュッと締め付けるが、嫌な気はしない。苦しくも美しい、そういう憧れが、人間には必要なのだから。
「ごちそうさま」
をしたら、食器を洗って出かける準備。テキパキとやるべきことをこなしていく。朝はこのリズムが大事だ。服を着替え、ギターケースを背負う。ドアを開けると、朝の日差しが目に刺さった。気持ちのいい快晴の空だ。ふと顔を上げると、向かいのアパートで部屋の中からこちらを見つめている男と目が合った。
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