第254話 選んでください。
「ど、どっちって……だ、だって、どっちもリオ、だよね?」
「全然違いますよ」
リオは素っ気なく答える。
混乱したようにまばたきを繰り返すレニの顔を、リオは見つめる。
迷子になった子犬のようにあちこちにさ迷うレニの視線を逃すまいと、リオは視線を追いかける。
「レニさま、答えて下さい。どちらがお好きなんですか?」
「ど、どっちって言われても……」
「綺麗で優しくていつもニコニコしている姉みたいな寵姫がお好きなんですか? それとも暗くて陰険で性格が悪くて僻みっぽいひねくれ者の俺が好きなんですか?」
「く、暗くて、い、陰険でひねくれ……?」
「コウマにそう言われたんです」
リオはレニの頭を抱えて、その存在を愛しむように赤い髪に唇を当てる。
「俺は女帝としてのあなたよりも、レニであるあなたのほうがずっと好きです。俺の中では、あなたはいつも普通の女の子で、ただの『レニ』だった」
それなのに、と、不意にリオの声が陰にこもり、視線が恨みがましくなる。
「あなたは寵姫も俺もどちらも、同じくらい好きなんですか?」
「だ、だって……寵姫さまとリオは同じ人で、寵姫さまがいたからリオがいて……寵姫さまはリオの一部で、リオも寵姫さまの一部……あ、あれ?」
不満そうに見つめられて、レニはますます混乱を深めていく。
リオはわざとらしく大きなため息をついて言った。
「わかりました。レニさまは、俺も寵姫も両方とも同じくらいお好きなんですね?」
「うっ、うん……」
「俺は『レニ』だけが好きなのに?」
「う……」
「レニさまは『両方同じくらい好き』なんですね」
「あ、い、いや……そ、その」
何とか抗弁しようとするレニの口を封ずるように、リオは言った。
「両方とも、お好きなんですよね? そうおっしゃいましたよね?」
「はい……」
叱られたように下を向くレニを見て、リオはしばらく見つめる。なおも何かを言いたそうな顔をしていたが、レニが困惑している様を見ているうちに、こらえきれなくったように鮮やかな珊瑚色の唇をほころばせた。
「レニさま」
リオは不意にもう一度レニを抱きしめて囁いた。
「では、今日、お側に召すのはどちらになさいますか?」
「え? え?」
弾かれたように上げられたレニの顔に、リオは息がかかるほど近く顔を寄せて囁いた。
「今日はリオと寵姫、どちらを選ばれますか?」
「ふ、へっ?!」
驚愕の声を上げるレニの頬に、リオは唇をつけて甘やかな声を吐き出す。
「俺を
リオはレニの手を取って、その甲に唇を当てる。そのまま上目遣いでレニを見て笑みを浮かべる。
「俺を選んで欲しい、レニ」
硬直しているレニをもう一度抱きしめると、リオは今度は反対側の頬に口づけする。
「
リオはレニの頬を両手で挟み、すがるような潤んだ眼差しで下からその顔を仰ぐ。
「私をお召しいただきとうございます」
まるで機能が停止してしまったかのように硬直した頭の中に、リオと寵姫の声が響く。
確かに全然違う。
そうレニは、石のように固まったまま思う。
どこか自分の殻に閉じこもっているようなところがある、皮肉屋で気難しい、レニの前では常に男らしくあろうとするリオ。
温かく優しく自分を受け入れてくれるが、その底が見えない儚げで寂しげな魅力を持つ寵姫。
同じ声なのに話し方も雰囲気もまるで別人だ。
(レニさまは男の俺が好きなんだ。女に恋したことなんてない)
(レニさまが最初にお好きになったのは、
(レニさまは年上の女性にちょっと弱いところがあるから、勘違いされたんだ。あなたへの感情は、あくまでただの姉代わり、母親代わりだ)
(違います。レニさまは、私のために何もかも捨てるおつもりだったんです。あなたなんて置いて行かれたじゃないですか)
(それはあなたも一緒だろ)
(私一人だったら、置いて行かれませんでした。レニさまは、私と外へ行きたいと言って下さったんですもの。薄幸の初恋の少女と一緒に駆け落ちしたと思ったら、あなたみたいな暗い変な男がいきなり出て来たから、びっくりされてしまわれたのです)
(あなたみたいな猫かぶりよりはずっとマシだ。何が優しい母親代わりだ。俺のことはさんざんイビっている癖に)
(あなたはイビられるくらいがちょうどいいですよ。どうせ自分は不幸な生まれだ、って拗ねていじけて、僻み根性が染みついているのですから。あげくの果てに人のことを消そうとして、ああ怖い)
(あなたが俺の一部だということを自覚して、大人しく引っ込んでいないからだ)
リオの腕の中で愛撫と口づけを受けていると、何故か聞こえるはずのない寵姫とリオの声が聞こえてくる。
二人は言い合いながら、競うようにレニに恋心を訴え、愛を囁く。
(レニさま。私の女帝陛下。レニさまの望まれることを何でも、どんなことでもして差し上げたい。私だけを愛でていただきたい。こんな根性がひん曲がった男がいなくなって、レニさまと二人きりになれればいいのに)
(ふざけるな。何を勝手なことを言っているんだ。これは俺の身体だ。嫌ならとっとといなくなればいいだろ。俺はあなたとも……誰ともレニを分け合うつもりはない)
(レニさま、今夜は私をお側に置いてくださいまし)
(レニ、どっちを選ぶんだ?)
(え、えっと)
二人から「今日はどちらを選ぶのか」という無言の圧を加えられて、レニは困惑したように口の中で呟く。
「一体、レニはどっちを好きなったんだ」と問いかけるように美しい緑の瞳と青い瞳を同時に向けられて、レニは焦りながら考える。
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