グッバイ、残念な現代の私。ハロー!素敵な、悪役令嬢の私。

またね、現代の私。こんにちは、悪役令嬢の私!

 現代日本に生まれた私、美奈坂詩音は、ごく普通の女性だった。

 ごく普通というのも、おこがましいくらいの人間。

 仕方がないから働いて、ゲームとアニメと小説を読むのにいそしんだ。

 正社員勤務に疲れて、小説家になりたいからとアルバイト生活をしながら、小説賞に応募するようになった。

 周りが結婚し始め、そろそろ独身は肩身が狭くなってきた、そんな時期ではあったけれど。

 でも別に、すごく生きづらいとか、そういうことは特にない人生だった。


 ある時、結婚した友人からメールが来た。

『旦那に隠しておきたい趣味があるから、引き取りに来てほしい』。

 そう連絡を受けて、私が友人宅に来てみると、大きな段ボールが一つ。

 中には、薄い本やらベーコンレタスのゲームやら、イケメンのグッズやら。

 そういったものが雑多にほうりこまれていた。

 いつまで預かればよいのかも分からないまま、愛車に段ボールを詰めて帰宅。

『中身は自由に使ってもらって構わないから』

 そう言われていた私は、段ボールの中で見つけた乙女ゲームをプレイ。

 それが思ったより面白かったものだから、徹夜で楽しんだ。

 きりのいいところで気分転換にと、外に出たら車にはねられて、ジ・エンド。

 ああ、なんとも語ることのない人生だった。

 申し訳ない、友人よ。君の趣味は、私の趣味として始末しておくよ。

 多分全部、母親が処分するだろうからね。

 そんなこんなで私は、美奈坂詩音としての一生を終えた……と思っていた。


♦♦♦


『あなたに、チャンスを与えましょう。新しい人生を踏み出すチャンスを』

「はぁ。そりゃ、どうも」


 神々しい限りのお姉さんを前にして、彼女の言葉は何も頭に入ってこない。

 白いワンピースを着た、きれいなお姉さん。

 ゲームで女神様的立ち位置にいそうな、そんな雰囲気を放っている。

 これが神様かぁ。思ったよりもきれいな人だなぁ。

 そんなことをぼんやりと思った後、言われた言葉を頭の中で反芻する。


「ん? えっと……、今、なんておっしゃいました?」

『もう一度、現代日本でやり直すチャンスを与えましょうと言いました』

「え、私、死にましたよね……?」

『いえ、意識不明の重体状態です』


 まるで、『今日はいいお天気ですね』と言ったかのようなノリのお姉さん。

 でも、そんな彼女の口から飛び出したのは、意識不明の重体というワード。

 そんなパワーワードを急に出されても、私の頭の中の情報処理は追いつかない。


「まだ私、生きてるんですか」

『ええ。これからお話する、条件をクリアできたなら、あなたは晴れて生還、現代日本での第二の人生を謳歌することができるでしょう』

「条件」

『……面白いストーリーを作り出してください』

「はい?」


 今、この女神様は、なんと?


『私はこの世界……――、このゲーム世界の女神です。私は、この世界で同じ筋書きの物語を見るのに飽きました。別の物語、娯楽が必要です』


 アンタの事情なんか、知るかいな。思わず、関西弁でそう言い返しそうになる。

 現代の私は、作家になると宣言してまだ何者にもなれてない、残念な人間だ。

 このまま死んでしまっては、もう両親にも友達にも顔向けできない。

 だからなんとしてでも生還して、『何者か』にならないといけない。


「条件は分かりました。つまりはこの世界で、面白いストーリーを作り上げればいいんですよね」


 腐っても物書き志望です。物語を作るのなら、任せてください。

 きっと女神さまのお眼鏡にかなう物語を作って見せましょう。

 そう思ったけど、女神さまは、言う。


『その通りです。ただ、あなた自身もまたキャラクターとして、物語をつむぐ歯車の一つとなって頂きます』

「ほうほう、女神さまを物語に登場させて……ん?」


 今、女神様、なんて言ったっけ。

 私も、物語のキャラクターとして登場しろって言った?


『この【ロイヤル・プリンスラヴァーズ】の世界の中で、一番あなたが共感したキャラクター。その人の人生をあなた自身がプレイヤーとなって、生きるのです』

「『ロイヤル・プリンスラヴァーズ』って、あの乙女ゲームの!?」


 『ロイヤル・プリンスラヴァーズ』。それは、友人が『旦那に隠しておきたい趣味』として私に託した段ボールの中に入っていた乙女ゲーム。

 そして私が今日、乙女ゲームも割と面白いな、なんて思いながら朝までプレイしていたゲーム。なんと、私が乙女ゲームの中に取り込まれてしまう日が来ようとは!


 愕然とする私に、女神様は言葉をつづける。

『あなたが共感したキャラクターは、この物語における悪役令嬢の役割、エルフレーダ・クローネリアですね?』

「え、あ、まぁ」


 エルフレーダ・クローネリア。それは、主人公の恋愛ルートをことごとく邪魔する役割の伯爵令嬢だ。

 悪役だけど、私はこのゲームの中で一番、彼女のことが気に入っていた。

 なぜなら、彼女が『努力家』だったから。彼女には、婚約者がいた。クルト・コーンウィル王子。ゲームの舞台である王国の第一王権を所持する王子様だ。

 金髪碧眼のまさに王子様といった風貌の彼にふさわしいレディーになろうと、エルフレーダは人知れず、努力をしていた。

 そしてその努力を鼻にかけることはなかった。まぁ、人をバカにするところはあったかもしれないけれど、自分の努力をひけらかす人ではなかった。

 だからこそ、主人公ではなく悪役令嬢役である、彼女に心ひかれた。女性キャラが少ないから、おのずと同じ女性で共感するキャラとなると、彼女か主人公かになりそうではあったけど。


 頷いた私に、女神様は微笑む。


『それでは、あなたの演じるキャラクターは、【エルフレーダ・クローネリア】に決定です。面白い物語、期待していますよ』


 そこで、私の記憶は途切れている。次に目覚めたときには、私はエルフレーダ・クローネリアとして、彼女の自室にいた。


 これを皮切りに、私をプレイヤーとするエルフレーダ・クローネリアとしての新しい人生という名の物語が始まったのだった。

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