九
牛車に揺られながら占を書いた略図を見ていると、ひらりと目の前にエードラムが現れた。
『まーた難しい顔してる。琳子は、何でも自分で解決しようとし過ぎだよ』
小さな指で鼻先をつんつんとつつかれる。
耳にたこができるくらい聞き慣れた忠告に、苦笑する。
「よく言われる」
『だろ? 自覚あるなら直せばいいのに。で、何が大問題なの?』
手に持った略図をエードラムが覗き込む。
「大問題ってわけじゃないけれど、この火と、こっちの水って書いた占が、なんで私だけに出たのかなって」
『占いは占者によって変わって当然じゃないの?』
「それじゃ陰陽寮の陰陽師なんて言えないでしょ」
国の大事を担うのだから、いい加減なことではだめだと思う。
なのに、エードラムはけろっとして、
『そう? 人ってのは感情でいくらでも占いを変えるよ? アリスだって、毎日違う結果が出るって文句言ってたことあるしね』
それは、そうだけれど。
「魔女も占うんだ」
『もちろん、いっぱい占うよ。アリスの占いはよく当たるから、気に入らない占いをされた人がよく占い直して欲しいって来てたよ。アリスもそれでいいんだって言ってた。そういう、人の気分も占いの一部だってね』
なんだろう。少し悔しいけれど、エードラムの言うことが腑に落ちてしまった。
わかってはいる。完璧な唯一の占なんて、この世にはない。あるのは知ろうとし、読み解き導こうとする意志。だから、陰陽師は請われることでしか動いてはいけない。それは、思いこそ何にも勝る呪だから。
確かにそう、教わってきた。
でも、陰陽寮でもそれでいいのかがわからない。だけれど、ここで黙っていてはだめなのだ。わからないなら、聞けばいい。相談すればいい。それだけのことだ。
「アリスさんは、すごいね」
『僕が認めた一番の魔女だからね』
なぜかエードラムが鼻高々に自画自賛する。
それを優しい気持ちで見ながら、胸の懐紙から言送りの式札を出す。
光誠様に、この不安も疑念もすべて話そう。そして、この占をどうすればいいのか一緒に考えてもらおう。
『ミツタカに相談するの?』
さっきの険悪さはどこに行ったのか。エードラムがずいぶん気安く光誠様を呼ぶ。
「エル、光誠様といつの間に仲良くなってるの?」
『だって、悪いやつじゃないのはわかってたし。ただ、やり方が気に入らなかったからさ。琳子だってわかるだろ?』
それは、賛同する。
「でも、優しい人だよ」
『…一部限定、だと思うけどね』
それって、なんのことだろう?
と、蔀をすり抜けて、言送りの式が入ってきた。
『琳子様、戻ってきてますか? 琳子様に男の来客が来いて、
困った様子のこま子の声に、そっと外を覗く。
牛車はもう家のすぐ近くまで来ている。それなら。
「車、止めてください! 光誠様、お話が!」
行儀が悪いかもしれないが、急ぎの対応が必要かもしれないと大声で呼びかける。
ぎぎっと音を立てて牛車が止まる。が、光誠様からの返事はなかった。
代わりに聞こえてきたのは、よく通る男の声。
「おーい、小野ー! 光誠ー! 久しぶりー!」
何事だろうと行儀も構わず御簾から外を覗くと、半町ほど先の門の前で大きく両手を振り、大声で光誠様を呼ぶ旅装束の男。
その横で、こま子と仁史さんが呆然と男とこちらを見ている。
そして、御簾のすぐ横に立った光誠様は、御簾を開けようとした格好のまま、ものすごく渋い顔で男を睨みつけていた。
ーーーーーーーーーーーー
【半町】約50m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます