家を出て、往来を南に進む。

 黙って付いて来るように。

 重い気分のまま、言われた通り光誠様の後ろを童子と並んで付いて行く。いつもは袴で腰に花椿を差すのだけれど、袴ではない普通の着物姿の娘が太刀を持つのは目立つからと置いてきてしまったのも落ち着かない。

 それに、目立つのなら、短髪の光誠様の方が目立っている。それか、この童子の方。

 ただ、おそらくこの童子、普通の人には見えていないのだろう。腕の中に虹色に光る物を持って歩いているのに、誰も振り向かない。しかも、何が楽しいのか、ずっと私を見ながらにこにこしている。前を向かないと危ないと身振りで教えてもだめで、仕方なく手をつないで歩いていた。果たしてこれで、いいのだろうか?

 橋を渡って西にまっすぐ進むと、真新しい築地塀が見えてくる。天子様のいらっしゃる御所だ。

 まさか、ここに入ると!?

 思わず立ち止まった気配を感じてか、光誠様が振り返る。

「覚悟しておくように」

 短く告げて、ふと目線が下がる。童子とつないだ手をじっと見つめて、眉間にしわを寄せられた。でも、それ以上はなにもなくて、今度は顔をじっと見られる。眉間のしわがいっそう深くなって、光誠様の右手が近づいてきた。

 なんで? 驚いて、思わず目をつぶってしまう。

 すっと、耳の横を気配が通って、総髪に飾ったままだったリボンに触れる感触。するっと解かれて、目の前にかざされた。

「これも、目立つ」

 差し出した手のひらにリボンを落として、また黙って歩き出す。

 その後ろを溜めていた息を大きく吐いて、追いかける。

 いつも見ているところとは言え、本来あの塀の向こうは市井の女子に縁がある場所ではないし、縁ができる方々がお住まいではない。

 あれ? でも……

 歩調を合わせて歩いてくれている背中を見る。改めて考えると、この人はあの塀の向こうに繋がっていた人なのだ。

 小野光誠様、お年は上の兄様――真明しんめい兄様と同じ二十八歳。代々天子様に仕えた公家の分家の三男で、橋元とは縁戚関係にある。そのため、幼い頃に見鬼とわかり、一時期うちの神社で真明兄様と一緒に陰陽の修行をしていたそうだ。その時元服を迎えられ、陰陽寮に陰陽生として出仕していたと聞いている。その後、養子となって江戸で天文を学び、五年前洋行の使節に選ばれたのを期に京に戻ってきて、小野姓で旅立って行かれた。帰国されてからはたいてい洋装で何かの仕事をされているそうだが、それが何なのかわからない。

 不思議な人だ。

 道の向こうに塀が見えたところで、光誠様が立ち止まった。何の特徴もない玄関の戸を、ためらいもなく開ける。

「女将、食事を頼む」

 町家作りの細い土間で声をかければ、一段高くなった座敷の障子のかげからひょいと顔が出てきた。

 きつい目付きの初老の女が、キセルをくわえたまま光誠様を、次に私をじっくりと見た。

「術師殿で?」

「一条の者だ」

 短いやり取りにふうっとの煙を吐くと、女将だろう女は、ぱんと大きく手を打った。

「では、ご案内いたします」

 急に背後から聞こえた声に、驚いて振り返る。

 いつの間に来たのか、若い男が恭しく頭を下げていた。そして、入ってきたはずの戸が消えている。女将のいた座敷も消えて、さっきとは違う広い土間に立っていた。

 術だ。

 いつかけられたのかもわからない術にかかっていた。

 不安になって光誠様に問いかけようとして、手のひらで止められる。眼前にかざされた大きな手の向こうから厳しい目で、首を横に振られる。

 わかったとうなずいて伝えると、手のひらが離れて行った。

「頼む」

 光誠様の返答に、男が足音もなく進み始める。

 私も覚悟を決めて、一歩踏み出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る