Road of Eagle (期間限定・冒頭4話のみ)
一条嵩
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戦乱の時代へと向かう世界において、
万物たるものは一者から生まれるが如く、
千百もの奇跡は一戦士たるものから生じる。
これは偽りのない真実、この上ない真正な、
******
列車の窓から通り過ぎていく景色を眺めていたレナート・エリザロフは、「ねえ、聞いてる?」と向かいに座る女性――レイラの言葉に我に返る。
陸軍の士官学校へ入校が決まった彼らは、晴れて入校式に出席するため、詰襟型の制服に身を包んで首都ベイストクへと向かう列車に乗り込んでいた。過ぎ去っていく景色と経過していく時間が、首都に近づいていることを――新しい生活のスタート地点に向かっていることを知らせているようで、気持ちが昂るのを感じる。
レイラもそうだったのだろう。いつも以上に口数が多い気がする。
「ああ、聞いてるよ」
実際には聞いてはなかったが、咄嗟にそう返して彼女に向き直る。彼女は「嘘、絶対聞いてなかった」と睨んで、少し呆れたように話を進める。
「だからね、どうせ将校を目指すなら、目標を持とうって話よ。ただ偉くなっても仕方ないじゃない」
レイラはいつも前向きで、知恵もあって向上心もあり、なにより行動的だった。対してレナートは物事をよく考え慎重に行動するタイプで、いつも先に行ってしまうレイラに振り回されていて、付いていくのに必死だった。
「将校を目指す。そう言ってるんだから、これが目標にならないか?」
レナートの言葉にレイラは、あのね、と小さくため息を漏らす。
「将校になるのは軍人としてのスタート地点に過ぎないのよ。そこから自分がどんな将校を目指すのかって話よ」
「それは話が早すぎるだろう。まだなれると決まったわけじゃないし」
「なに言ってるの? 普通の一般家庭ならそれで通じるけど、私たちにリタイアは許されない。ここまで育ててくれた恩を仇で返すことになるのよ?」
レナートたちは政府が運営する施設で育った。そこで育ったものは十七になったら兵役に就くことが求められる。本来は兵卒に就くものだが、レナートたちの世代は十五年前の戦争の影響で孤児の数が膨れ上がった。そのため、政府はその中から優秀な人材を確保するために、適正審査を実施して将校の適正が認められる者を、十八になる年に士官学校に入校させる政策を実施した。
レナートとレイラはその適正審査の適合者として、士官学校への入校を認められたのだ。
適合通知をもらったときは、二人とも喜んだものだ。まるで、存在を認められたかのような気分にさせられた。しかし、もし兵役に就かなかったり、途中で離脱した場合、施設の生活で掛かった費用を返さなくてはならなかった。レイラの張り切りようはそのせいなのかもしれない。
「そういうきみは、何か目標を決めてるのか?」
「私?」レイラはいたずらっぽく笑う。「私は、姉さんに会いに行く」
「手紙をくれた?」
レイラには生き別れた姉がいる。いままでその行方も、生きているのかさえわからなかったのに、突然届いた手紙にレイラはすごく興奮していた。それからはときどき手紙のやり取りをしているらしい。
手紙のやり取りなんてまどろっこしいことしてないで、直接会いに行けばいいと思うのだが、長年離ればなれになっていたこともあり「心の準備ができない」と言ってなかなか会いに行かなかった。
――会うなら、なにか誇れることを見つけたい。
相手は軍で働いているのに、自分はまだ何も
「なにも将校になるのを待たないで、すぐ会いに行けばいいじゃないか」わかっていてもそう言ってしまう。
「姉さんは中央で働いているのよ。私も軍に入るんだったら周りに誇れるような妹にならないと」
彼女も本当は早く会いに行きたいはずなのに、いまはそれを《目標》として、立派な将校になるために勉学に励もうとしていた。
「レナートは何か目標はないの?」
レナートはいつでも彼女の傍にいた。ともに笑い、ともに泣き、喧嘩をする時だってあった。
彼はレイラが好きだった。その彼女が生きがいと目標を持った。そして、そこに向かって努力を惜しまないだろう。
だからこそ、そんな彼女を支えたいと考えるレナートの《目標》は決まっている。
「僕は――」
「エリザロフ少尉?」
不意に声を掛けられ、レナートは埋没していた思考を無理やり現実へ引き戻した。目の前では、レナートの補佐を務めるアワン伍長が不思議そうに彼の顔を見つめていた。
「査察でお見えになったアレンスキー上級大将が、指揮官と話がしたいと応接室でお持ちです」
レナートが配属されたボズロスク前哨陣地はサウロ山脈の奥地にある。そんな辺境にアルゴストニア軍情報総局のトップであるセルゲイ・アレンスキー総局長直々による抜き打ちの査察という異常事態に、前哨陣地の軍人たちは震え上がっていた。
そもそもボズロスク前哨陣地は、実質的に何の価値ものない、陸軍内では密かに流刑地とさえ呼ばれているほどの場所だ。ますます軍のお偉いさんが足を運ぶ理由がない。
指揮官――つまり、ボズロスク前哨陣地責任者であるレナートを呼びに来たアワン伍長はどこか楽しげに、「いったい何をしでかしたんですか、少尉。ひょっとしてオーレアのスパイだったとか?」と笑っていた。周りには何もない山奥なので、きっとどんな些細な出来事でも娯楽になってしまうのだろう。
当然レナートも、何故アレンスキーが突然やって来たのか見当もつかなかったが、呼び出された以上従うしかない。中断していた
応接室で待っていたアレンスキーは、レナートを見るなり顔をほころばせた。
「久しぶりだな、エリザロフ。突然押し掛けて悪かった」
「ご無沙汰しております、将軍」
敬礼して、レナートはアレンスキーの向かいのソファに腰を下ろす。セルゲイ・アレンスキーは、ロマンスグレーの髪を撫でつけ、ひげをたくわえた上品な紳士である。軍学校時代からアレンスキーにはいろいろと目を掛けてもらっていたが、こうして改めて向き合うとどうしても緊張してしまう。軍人となり階級差を意識してしまったからかもしれない。
部下が運んできた熱い紅茶をすすりながら、アレンスキーはどこか懐かしむように言う。
「それにしても……一年ぶりくらいか。卒業式にも任官式にも出られなくてすまなかった」
「そんな、滅相もないことです」手にしていたカップを慌ててソーサごとテーブルに戻してレナートは答える。「将軍がご多忙であることはよく存じ上げております。自分も早く将軍のように国家のお役に立ちたく思い、日々研鑽を積んでいるところです」
「それは結構。しかし、少々無理をしているように見える。痩せたのではないか?」
うまく答えられずレナートは曖昧に笑みだけ返す。アレンスキーは申し訳なさそうに口角を下げた。
「君の現在の任務に関しては、私も少なからず責任を感じている。私にもう少し力があれば、跳ねっ返りどもを抑えつけられただろうに」
「そんな! 将軍の責任ではありません!」慌ててレナートは否定する。「自分がもう少しうまく立ち回っていれば……」
そこまで言って失言だったと悟り、口を噤む。
現在レナートに与えられている任務は、ボズロスク前哨陣地の防衛だ。戦時下ではないが、オーレア連邦とは東に見える海を隔てて接しており、その海に近いボズゴロフは書類の上では重要拠点の一つとされている。しかし、如何せん四方を山岳地帯に囲まれているため、わざわざ攻め込んできたところで不要な遭難者を出すばかりで戦略上の価値はないとみなされていた。また補給路にも乏しく、自給自足を余儀なくされるため、この前哨陣地での仕事と言えばもっぱら開墾作業だった。
もともと頭脳労働を得意として、情報将校を目指していたレナートの落胆は大きい。閑職を充てられ、飼い殺されているようなものなのだから。
「きみを責め立てるつもりでここに来たわけじゃないんだ。ただ、きみの現状に私も胸を痛めていてね。そこできみの名誉を回復すべく、ある特殊任務の話を持ってきた」
「……特殊任務、ですか」話の方向がよくわからず、レナートは困惑する。
「そうだ」大仰に頷き、熱い紅茶を一口啜ってからアレンスキーは言った。
「――きみは、《国粋主義者》について知っているな?」
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