第二章 新たな出会い-1
「それで、いつまでそうしてるつもりだ? リンネ」
「ヒァェ!」
リンネと呼ばれた小さな羽の生えた蒼い妖精はどこからそんな声が出るのか分からないところから声を出す。
「ヤム様があたしを無視して修行だなんて言って、この洞窟に籠もりきりになられるから、あたしは邪魔をしないようにですね……。って聞いてますか!」
リンネが話しているにも関わらず、ヤムと呼ばれた上半身ハダカで筋肉ムキムキの男は恐らく洞窟を出てすぐそばに広がる海で捕ってきたであろう魚を焼き終えて、それを貪る。
「悪い。リンネ。今はこの腹を満たすことに神経を集中させているんだ。これも修行の一環でな」
「はぁ。はいはい。分かってますよ。あたしは静かにしてますよ。また用事が出来たら呼んでください。それまであたしは縮こまってますから」
リンネはヤムとの会話を止めて、小さくなり羽を休める。ヤムは一人になって、魚を食べ終えると一言呟く。
「リンネ。どうやら雲行きが怪しくなってきたぞ。お前の出番ももうじきやってきそうだ。準備しておくに越したことはなさそうだ」
「はにゃ?」
リンネは、またも変な声で返事をした。
「ヤム様、あたしの力であるセレネームを使うなんてことはあってはならないんですよ? 今までだって滅多なことがない限り、使ってないんですからね。これからもそれは変わらないんですから。ねっ! ヤム様」
「セレネームの力。昔、この世界に月がなかった頃、月を作るために使われた力。リンネはその力を使うために今の姿である妖精ではなく、真の姿である魔獣になるとされる。だったか?」
ヤムはリンネに言葉を選んで投げかけるが、リンネは今度はスヤスヤと寝息を立てて寝てしまっていた。
「これからまた形を変えなければいけない時が来るかもしれないと、今、言ったばかりなのだがな」
ヤムはそんなリンネを見て、ポリポリと頭を掻いた。
「ところで、カイン。今から向かうドリッジ村ってどんなところだろう?」
ハザードとカインはコルコット村を出て、村から南東に離れたドリッジ村へ向かっていた。
「さぁ。でも、村から南に歩いてきたからちょっと暑くなってきたな。それに移動手段が徒歩だけってのもなかなか疲れる」
カインはこの暑さとひたすら歩いてきたせいで体力の消耗が激しいことを口にする。服の袖でじわりとかいた汗を拭うと、村を出たときにザーギンに渡された水筒に入った水を飲む。水筒を振っても「カランカラン」と入っていたはずの氷の音はもうしない。二人はどれだけの距離を歩いてきたのだろうか? 万歩計でもつけてくれば良かったと二人は後悔した。
「カイン。ドリッジ村には、父さんやアランのような剣術の達人でもいるのかな?」
ハザードはザーギンとアランを達人と呼んだ。それにカインは少し飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「ハザード! 達人ってなんだよ。あの技術を会得するために俺たちは旅に出たんだ。ドリッジ村には何かあるはずだ。きっと! じゃないと、この水と体力の無駄遣いだぜ?」
カインはそう言って少し笑った。そんなカインを見てハザードも「そうだね」と同調する。
「ハザード!」
「え!?」
カインは笑っていた顔から一転、ハザードの後ろを鋭い眼差しで見つめると、剣を鞘から抜く。
「構えろ!」
「う、うん」
二人は剣を構えると、目の前の目標物に視線を移す。
「ふん。お前ら。なにもの?」
「こいつ、しゃべれるのか?」
目の前の標的は鳥のように羽を持ち、猿のように全身を毛で覆われ、人間のように二足歩行をする気持ちの悪い生き物だった。それに言葉を話すことにより気持ち悪さが増してくる。カインはその気味の悪さに言葉を失う。
「へぇ。お前ら初めて俺らジョールを見るのか」
「ジョール? 貴様、ジョールと言ったか?」
ハザードはその敵がジョールと言ったのを確認すると、少し身震いをする。
「なんだ? ハザード。あいつを知っているのか?」
ハザードの様子が気になったカインは質問を投げかける。
「あぁ。昔、本で読んだことがある。コルコット村みたいに整地がされている場所には出てこないけど、村以外の道なんかでは出てくる妖怪だって」
ハザードは文章を読んだことがあるだけで、写真を見たわけではなく、実物を見るのは初めてで余計に驚いた。
「妖怪だと。俺らは妖怪じゃない。ただの疫病神さ。冒険をする旅人たちのな!」
ジョールはなりふり構わず、二人に襲いかかってくる。武器を持っているわけではないが、鋭い爪に大きな羽。砂埃を巻き起こされると、さすがに太刀打ちが出来なくなる。その上、爪で引っかかれればひとたまりもない。
「カイン! 大丈夫か?」
「ハザード! 俺の心配はいい! 自分の身は自分で守る! まずは、あいつの砂埃を防いで近寄るところからだ!」
二人は初めての戦いで防戦一方になっていた。ハザードはどうにかあの砂埃の中のジョールを倒さないといけないと思い、考えを巡らせる。
「考えろ。ジョールが巻き上げるこの砂埃をなんとかする方法を」
「もう氷もなくなったよ。ほら、回してもカランカランって音しないだろ?」
ハザードはカインが水筒を回した時のことを思い出した。回せば、その遠心力で周りは勢いよく回るけど、中心はさほど大きく回らない。氷が入っていれば、周りに当たって水筒が音を立てるけど、なくなれば水だけがぐるぐる回るだけだ。
「そうか! カイン! いったん引いてくれ!」
ハザードはカインにいったん引くように声をかけると、剣を持ちなおす。
「何かいい方法でも見つかったか?」
「あぁ。いち、にの、さんで、行くよ!」
カインはハザードの言葉を聞いて、「分かった」と返事をする。
「なんだ? 何が分かったんだぁ? おもしろいのはこれからだぞ」
ジョールは再び羽を動かして砂埃を巻き上げる。カインはそれを服で受け止めながらハザードの言葉を待つ。
「カイン! いち、にの、さん!」
「うぉりゃー!」
ハザードは木の上からジョールの頭を狙って剣を縦に突き刺す。ジョールは避けるので精一杯になり、後ろに下がる。
「危ないなぁ。貴様。上から来るとは」
ジョールは間一髪のところで真っ二つにはならずに済んだ。
「お前の敵はこっちだー!」
「なっ!」
ジョールのお腹に一突きカインの剣が入り、ジョールは息絶えた。
「カイン! ばっちりだ!」
「お前ら。やりやがったな」
ハザードの言葉にジョールは減らず口を最後まで叩く。
「うるさいな。てめぇはもう終わりだ」
カインはジョールから剣を抜き取るとジョールの血が付いた剣をゆっくり、その羽でふき取った。
「大勝利だね!」
「あぁ。でも、よく木の上から攻撃なんて考えたな」
カインはハザードの作戦勝ちに感心する。
「カインの水筒の原理でね。はは」
ハザードは少し照れくさそうに笑った。カインは水筒の原理が分からなかったが、ハザードの笑みに自分も笑みが自然とこぼれた。
「ドリッジ村はもうすぐそこだ!」
「疲れたから早く休みたいよ。急ごう。カイン」
二人はこうして、ドリッジ村への歩を進めるのだった。
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