事件発生
二ゲーム目からは葉月だけガーター防止の柵が出るようになった。順番も変わって今度は紗綾から投げる。それが二周ほど回った時、隣のレーンに人がやってきた。男が三人、見たところ高校生のようである。
「使わない球片づけようか」
先ほどまで紗綾たちが球置き場を占領していたものだから、舞は自分の使わない重い球を返そうと立ち上がった。すると、その高校生のうち一人が舞を呼びとめた。
「ああ、その十六ポンド、使うんで置いといてもいいですよ」
青年はそう言って十六ポンドの球をこちらに引き寄せると愛想よく笑った。
隣のグループはよくボーリングに来ているのだろうか。遊んでいる中にも真剣さのある彼らのプレー、けっこうな好成績を収めていた。スコアの表示を見ると「トシヤ」「セベ」「リュウ」「ユースケ」と出ている。おそらくそう言う呼び名なのだろう。
一方の紗綾たちはというと、ガーターの無くなった葉月のスコアが跳ね上がったのは当然なのだが、彼女以外は相変わらずの様子だった。紗綾はまだ視線を気にしているようでスコアが伸びない。確かに隣のグループもはじめ紗綾に注目していた。しかし彼らもゲームが始まるとそっちに集中している。いまだに紗綾に目を輝かせているのは舞ぐらいしかいないのだが……、慣れない格好でいるというのはとかく落ち着かないのだろう。
さて、二ゲーム目もそろそろ終わり、一番手だった紗綾の欄に3/Gとスコアが表示された。舞は「ありゃりゃ」と言って十ポンドの球を持ちあげた。紗綾はがっくり肩を落として席に戻っていった。やっぱり調子が出ない。椅子に座って溜息をついて、見上げてみると、隣のグループは今まさに、ターキーの懸る一投に臨むところだった。「セベ」の一投。十四ポンドの球は緩くカーブを描く。「セベ」が小さくこぶしを握る。快音が響く。画面には間の抜けた映像がターキーを伝えた。
「久々に見たなぁ、ターキーだって」
球を持ったまま舞が呟いた。
「隼、ターキーって何? 七面鳥?」
葉月が訊くと隼はウンウンと頷きながら、
「三回連続で全部ピンを倒すと、昔アメリカでは七面鳥が貰えたらしい」
と、たずねてもいない豆知識を付け加えてくる。葉月は感心したような面持ちだったが、舞はヘェと事務的な応答をして、そのままエイヤッと球をレーンに投げつけた。その時である。突然隣で苦しむ声がした。何事かとあわてて振り返ると、さっきターキーを決めた「セベ」が喉に手を当て、もがいているのだ。
「おい、どうした!」
仲間の一人が駆け寄ろうとした。しかし「セベ」はただウウと唸って、そのまま虚空を掴んで倒れてしまった。
「おい、せべっち、大丈夫か」
「トシヤ」も駆け寄ったが、既に「セベ」はただぶるぶると震えるだけで反応を示さなかった。その恐ろしい痙攣が収まると、えもいえぬ静寂が訪れた。
当然、この一部始終を見ていた隼は真っ先に「セベ」のもとに屈みこんだが、手を取って脈を診ると首を横に振った。
「すぐに警察を呼んでください。それまでは誰も何にも触れないように」
しかし誰も動こうとしなかった。誰もがこの事態の深刻さを理解できていないようだった。
「だれか、早く!」
「あ、ああ、は、はい」
ようやくグループの一人が駆けだしていくと、隼は改めて「セベ」の遺体を眺めた。
顔には断末魔の苦悶が現れていた。手は締め付けるように喉を押さえ、爪が深く食い込んだのか、血がにじんでいて。体はねじ曲がり、それが何らかの毒物に因るものだと一目でわかった。こうなると、放っておくわけにはいくまい。
「瓦木」
隼はしゃがみこんだまま紗綾を呼んだが、返事が無い。
「おい、瓦木?」
隼が振り返ると、紗綾は椅子の上に座ってボゥっとこちらを眺めているではないか。
「おい、瓦木。どうした?」
三度目の呼びかけに、紗綾はようやく気付いたようで、肩を浮かせると、慌てて立ち上がった。
「あ、あああ、黒崎、あ、何?」
「何って君の出番だろ。おそらく毒殺だ。どこかで毒を飲んだか、飲まされたんだろう」
「あ、ああ、それか。うん、わかった」
紗綾は隼の言葉にようやく事態が呑み込めたようだ。
「どうした、熱でもあるのか?」
「いや、大丈夫大丈夫」
しかし明らかにその様子はおかしかった。既に紗綾の探偵譚を読んだことがある読者諸兄ならばお分かりだと思うが、いつもの紗綾であれば隼に呼ばれるまでも無くして遺体を観察していただろうし、事件を前にして上の空ということも無いのだ。隼は首をかしげると、かけつけて来た従業員に事情を説明し始めた。
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