イメチェン計画

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 エンジ色のジャケット、近所のスーパーマーケットで買ったズボン、束ねてもボサボサの髪、灰色の肩掛け鞄、どれをとっても最近の女子高生には見えない。しかしそんな装備をまとったのは見たところ中学生だろうか。高く見積もっても高校に入学したばかりにしか見えない少女である。当然町中を歩いていても誰も見向きもしない。少女はそれについては何も思っていないのか、それともこれ幸いと思っているのか、特に表情も変化させず白昼の繁華街を歩いている。

 それに先んじるように歩いているもう一人の少女、こちらはどうだろう、歳は相応に高校生くらいに見える。首もとにはラリエット、スモークピンクのトップスにカーキグリーンのガウチョパンツと、今はやりのさわやかな服装である。時折ちゃんと後ろからジャケットの少女がついてきているかを確認する。と、少女は立ち止まった。

「さーやん、やっぱり、その格好は何とかしないとだなぁ」

 すると、ジャケットを羽織った少女は、タタタと、さわやかな服の少女の横に駈けていった。並んで歩く二人の少女、ジャケットの少女が唇をとがらせた。

「何とかしなきゃって、なんだい。なんか悪いことでもした?」

 その表情は、なぜそんな言葉を投げかけられたのか理解できていないようだ。そんな彼女を見てさわやかな服の少女はため息をつき、立ち止まった。ここは服屋の前である。

「ん、舞。どうしたの」

 無言のままショーウィンドウに目をやる。それを追うように、ジャケットの少女もまた、立ち止まって、目の前のショーウィンドウに並ぶマネキン達を見上げた。ただ一つ異なったのはジャケットの少女が目を丸くしたことであった。

「今日遊ぼうって、こういうこと?」

「そりゃそうさ。明日みんなでボーリング行くでしょ、どうせ美術部の人しかいないんだし、練習だと思ってちょっとはイメチェンしてみたらどうかなって」

 さわやかな服の少女こと、琴芝舞はそう言って瓦木紗綾の肩を叩いた。紗綾は眼をパチパチと閉じ開き、

「は、はぁ?」

「はぁ、ってなにさ、はぁ、って。さーやん、小学生の時からいつもそんな感じの服じゃない。ちょっと心配になってきてね」

 そう言って舞は視線を紗綾の姿をつま先から頭のてっぺんまで往復させた。このジャケットを着ているのもだいぶ昔からだ。小学生の頃はだいぶぶかぶかで袖から手が見えていなかったのを彼女も覚えている。

「……え、遠慮しとくよ。だいたい何を着ようと私の勝手じゃない?」

「そりゃそうだけどね。でも、さーやんかわいいんだしさ、ちゃんと着飾ればもっとモテるんじゃない?」

「モテたいとはさほど思わないけど」

 とりつく島もない状態だ。でも、「さほど」ってことは、ちょっとばかしは意識しているのだろうか。舞は苦笑した。

「まあまあ、とりあえず見てみるだけ見てみようよ」

 舞はそう言って紗綾の手を取ると、むりやり店の中に引っ張り込んだ。


 店内は軽快な音楽が流れていて、色とりどりの服が掛けられている。至る所に様々なポーズをしたマネキンが配置されている。どれもスタイルがいい。あちらは白いシャツ、青いシャツのマネキン。段に座り、屈みこむようにこちらを見ている。夏モノの季節なのだ。

 さすがの紗綾でも店内に入ってまで抵抗するつもりはないようで、渋々といった顔のまま陳列された衣類を眺めている。いや、見ているというより、眺めていると言った方が正しいのかもしれない。焦点が合っているようには見えない。

「何か気になるの無いの?」

 店の奥の方までいって、舞ばかり手に服を持っている。紗綾は手ぶらのまま辺りを見回している。どれも彼女にとっては博物館の展示物ぐらいに珍しいのだろう。

「あのマネキン、あんなスタイルいい人そうそう居ないよね」

 そう真顔で語る友人に舞は深くため息をついてしまった。今日何度目のため息だろう?

「いや、そういうことじゃなくて」

「どういうこと? あのマネキンの中に人が塗りこめられて……」

「いや、そういうことでもない。だいたいなんだいそれ? 何かの小説? 服のことだよ、まったく……。何か気になる服無いの?」

「気になるも何も……、つまりそれって似合いそうな服とか、好きな服があるかってことだよね」

 紗綾はそう言ってウーンと唸ってしまった。無理もない、こういう華々しい洋服店で服をみるというのが初めてなのだ。そんな友人を見かねて舞は首を振った。

「そんなこともあろうかと、これとかいいんじゃない、どう?」

 自分の手に持った服をいくつか広げて見せた。なんだ、これは紗綾のために確保していた服のようだ。

「いいって、どうって……」

 服を当てられて、あわてて鏡を探して自分の姿を見てみるも、どうも納得していないようだ。舞はそれを感じると即座に他の服を当ててみた。

「こっちの方がましかなぁ」

 消極的な言葉しか返ってこない。それでも舞はあきらめずに次の服を渡した。それを繰り返して、手持ちがつきると、紗綾にその場で待っていてもらうように告げて新しい服を持ってくるのだった。

 一時間ほどそんなことを繰り返して、ようやく紗綾も納得がいったのか、ブラウスとキュロットを手に試着室の列に並んだ。こんなことをしている間にも舞は自分の服も見つけたようで、紗綾の横に並んでいる。

「ちょっとでもサイズが合わなかったら変えてもらうんだよ」

 そう言い残して二人は別々の試着室へと入っていった。


 結局この日、二人は靴屋にも寄った。舞は明日の紗綾が楽しみなのか、終始ご機嫌であった。旧知の友人が楽しんでいるところをみると、紗綾もなんだか嬉しくなった。ただ一つ、財布の中身がスッカラカンになったことは悲しかったが……。

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