02
ぼんやりとしながら眼を開けると白いものが見えた。
ここは…どっちの世界だろう。
重くて動かない頭の代わりに視線だけを彷徨わせ、白いそれが自分のベッドに架かるレースの天蓋だと気づく。
「…リリー」
自分の名前を確かめるように呟くと長いため息を漏らした。
身体がだるい。
熱があるようだ。
どうしてこんな事に…と思考をめぐらせて、家に帰る馬車の中で見た光景を思い出す。
そうだ、あの火事を見て思い出したのだ。
自分の中の、もう一人の自分———牧村小百合という名前の、日本という国に生きていた、火事で死んだ女性の事を。
十歳のリリーの中に、小百合という人間の二十年分の記憶が一気に流れ込み、そのあまりの多さと重さに耐えきれなくなって熱を出したのだろう。
おそらく自分は生まれ変わる前の記憶を思い出したのだ。
小百合のいた世界には「輪廻転生」という概念がある。
それを知っているからか、自分に前世の記憶があるというこの状況はあっさり受け入れられた。
けれど…
まだ小百合として生きていた時に、既にこの世界や自分達の事を知っていたというのは何なのだろう?
しかも小百合が知っていた、あれは現実ではなく———
カチャリ、とノックもなく部屋の扉が開かれる音が聞こえ、視線を向ける。
「まあ、お嬢様!目をお覚ましに…」
「リリー!」
思わず声を上げた侍女の脇からサッと少年が飛び込んできた。
少年はベッドの脇に駆け寄ると、布団の中に手を滑り込ませてリリーの手をぎゅっと握りしめる。
「リリー!良かった…良かった…」
「ルカ…」
ルカ・エバンズ。
リリー・エバンズの双子の弟で———攻略対象。
目を潤ませながら自分を見つめる少年を見つめ返しながら、リリーの頭のなかにそんな言葉が浮かんだ。
女性向け恋愛シミュレーションゲーム、通称乙女ゲーム。
様々な時代や世界を舞台に、複数の攻略対象たちとの恋愛を楽しめる。
そんなゲームを小百合もいくつか遊んだ事があった。
その中でも特に頑張って隠しルートまでクリアしたのが『ローズガーデン—花の乙女の祈り—』というタイトルのゲームだった。
近世ヨーロッパに似た架空の王国ローズランドにある学園を舞台に、平民のヒロインが王子や貴族の男子達と恋に落ち結ばれる、シンデレラストーリー。
創作物として造られた、その登場人物の一人が自分だなんて、信じられるだろうか。
リリー・エバンズ侯爵令嬢。
攻略対象・第二王子フレデリックの婚約者。そしてやはり攻略対象であるルカ・エバンズの双子の姉で、ヒロインのライバル役。
小百合が遊んだゲームの登場人物達の名前と、今リリーが生きている現実の名前が全く同じだなんて。
人名だけでなく国の名前も同じ…そして今自分を見つめる弟の顔も、もう数年経ったらゲームのスチルに出てくるルカと同じ顔になるのだろう、と確信できるまでによく似ていた。
偶然と片付けられないほど一致しすぎている。
ここはゲームの…虚構の世界の中なのだろうか?
けれど自分も他の人たちも生きているという実感があるし、それに、ゲームとは異なる部分もある。
一体、どういう事なのだろう。
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