第144話 懐かしき記憶(裏)其の2

 



「ジャングルジム事件!?」


 やべぇ、なんだよそれ。事件って言う位だぞ? そんなとんでもない事したのか俺っ! いや、幼少期の俺っ!


「あっ、ごめんごめん。事件って言っても、別に蓮が酷い事とか突拍子もない事した訳じゃないよ?」

「えっ?」


 なんだよ、結構焦ったんですけど? 


「でも、私にとっては大きな……事件だったんだ」

「凜にとって?」 


 ……どういう事だ?


「ねぇ蓮? 3人で遊んでた時、よくジャングルジムに登ってたの覚えてる?」


 ジャングルジム……確かに良く登ってたなぁ。

 一般的なジャングルジムよりデカくて高くて……それこそ、そのてっぺんにある出っ張りまで登る事が一種のステータスみたいになってた。でも……


「覚えてるよ。でも恋と3人の時って、お前怖がって……」

「そう。蓮はすぐに登れちゃうし、恋ちゃんもさ、男の子には負けられないって気持ちだったんだと思うよ? 初めてなのに上まで行っちゃって。私は怖くて……2人の姿見上げてた。でもね? ジャングルジムの上に立ってる2人、とても格好良かったよ」

「そっ、そうか?」


 かっ、格好良いって……今言われるとなんか照れるじゃん。


「うん。でね、ある日いつも通り3人で公園に行った時、事件は起こったんだ。その日公園着くなり恋ちゃんは、どっちが速くジャングルジムの上まで登れるか勝負しようぜっ! って、走って行っちゃった。でも、蓮は靴のマジックテープ直してて出遅れたんだよね。私はさ、そんな2人の様子を見るのが当たり前になっちゃってたから……ただただ見てただけ。そしたら恋ちゃん、物凄い速さで上まで行って……その日はてっぺんまで登って、しかも立ち上がってこっち見下ろしてたんだ」


 待て待て、4歳だろ? それであのジャングルジムの一番上に立ってた? いくら何でも危なくない? てか……俺以上に破天荒じゃねぇか? 幼少期の恋って!


「それ見た蓮も負けじとジャングルジム登りに行ってさ、2人は今日も凄いなぁなんて思ってたの……でもね?」


 ん? でもね?


「その時は……いつもと違ってたんだ。恋ちゃんの様子がね?」

「様子が変だった?」


「うん。蓮が登ってる最中に、恋ちゃんいきなりね? しゃがみ込んだ。それも両手で必死にジャングルジム掴んで、顔も何だか焦ってるような怯えてるような感じで……足が震えてた」


 しゃがみ込んで……震えて? あっ、なんか……思い出して来たかもしんない。いつもみたいに競争始まったと思ったら靴のマジックテープ取れててさ? 急いで直してジャングルジムに向かったものの、ひしろ……いや恋はもはやてっぺん到達してたんだよな? しかも上に立ってて、それ見て俺異常に悔しくてさ? 急いで登ったんだ。


 でもその内、恋の様子がおかしくなったんだよ。いきなりしゃがんで、両手でジャングルジムにしがみつく感じでさ? 最初は、ん? どしたんだ? なんて位にしか思わなかったんだけど……あの足の震えと、初めて見た恋の怯える様な表情に、只事じゃないって気付いたんだ。


「何となく……思い出して来たかも。てか、ひしろ……いや、恋のあんな姿初めて見たからな。具合でも悪くなったと思った」

「私もだよ? でもさ、私は何にも出来なかった。何とかしなきゃ、恋ちゃんを助けなきゃって思ってても……足が動かなくって、震える恋ちゃんをただ見つめて……見捨てたんだ」


 見捨てたって……仕方なくないか? いきなりの事だったんだぞ?


「それは仕方なくないか?」

「仕方ない……か。そんな事思える訳ないじゃん。だってさ? 蓮はそんな恋ちゃんを……迷わず助けたじゃない」


 助けた……? って、ただ手を掴んで、一緒に下りただけだぞ?


「いやいや、助けたっていっても一緒に下りただけだろ?」

「ふふっ、蓮にとってはそうかもしれないけど……私にとっては違うよ?」


 ぜっ、全然違う!?


「何が違うんだよ?」

「自分では気付いてないかもしれないけど、あの時の蓮は……とっても格好良かった」


 はっ、はぁ?


「真剣な眼差し。差し出した手。 ……恋ちゃんを抱き締めた仕草。それはまるで……絵本の中の王子様みたいだった」


 待て待て! 美化しすぎだろ? って、抱き締めた? だっ、抱き締めたって何?


「おっ、おい! それは言い過ぎだろ?」

「言い過ぎなんかじゃないよ? だって、私はその瞬間から……蓮に心奪われたんだもの」


 ……冗談キツ過ぎるだろ? 有り得ない有り得ない。あんな小さい時からそんな感情覚える訳ないだろ?


「あのなぁ……冗談言ってる場合じゃないだろ?」

「蓮? この状況で嘘なんて言うと思う? 全てを包み隠さず話すって言ったじゃない。これが私の……小さい頃からの本心なんだよ」


 確かに……この状況で嘘言う必要なんて、無いのかもしれない。でもさ、いきなりそんな事言われてもどんな反応すれば良いんだよ?


「格好良くて、明るくて、楽しくて……私、蓮と一緒に居たかった。近くに居たかった。だからね? 初めて……ワガママ言ったんだよ?」

「ワガママ?」

「笑わないでね? お家に帰りたくない。蓮君の近くにずっと居たいって……ママに言ったの」


 おい? ちょっと待て……なんか話の流れが見えてきたんだが? しかし……常識的に考えてそんなの有り得なくない?


「ちょっといいか? もしかして、凜が高梨家の養子になったの俺のせいって言うのは……」

「うん。そんな私のワガママをママとパパが許してくれたから。結果的にね?」


 はぁ? 絶対有り得ないっ! だって4歳だぞ? そんな子供のワガママを素直に聞くのか? 


「おっおい、それはいくら何でもおかしくないか? 4歳のワガママなんて普通はスルー同然だろ?」

「普通はね? でもパパとママにしてみれば、私が生まれて初めて自分の意見を言ってくれたっ! ワガママ言ってくれたっ! しかも意地になって自分の意見を変えないぞっ! って……そっちの変化の方が嬉しかったみたい。あの……ある意味変わってるのかもしれないね。4歳の子供のワガママ、そんな風に感じ取ってくれるなんてさ? ふふっ」


 変わりすぎだろ? てか、そこまで歓喜するって、逆にお前それまでどんだけ自分の意見言わなかったんだよ。お願いの1つも言わなかったのか? その頃の俺なんて願い事のオンパレードだったぞ? 


 ……ん? ちょっと待った。それもだけど、さっき凜はこうも言ってたよな? おばさんは子どもを産めない…って。それも関係してるって事か。


「おばさんもさ? 最初は断ったって。当たり前だよね? でもママ達は私の意見を尊重したい。私も私で意地でも譲らない。そんな姿見てたらさ? 自分も子育てっていう一種の女性としての憧れを経験したいって思うようになって……承諾したんだって」


 いや……なんというか、話がぶっ飛びすぎて、マジでさっきから驚きっぱなしだっ! 分かるよ? 分かる部分もあるけどさ……?


「だから、私は高梨凜になった。その理由は……あなたの事が大好きで、近くに居たくて、一緒に居たくて……仕方がなかったから。これが事実だよ?」

「えっと……」


 マズい、言葉でねぇ。そんな経緯があるなんて全然知らず、ただ単純に一緒に遊んで過ごしてたんですけど。そう考えると……なんて子供だったんだよ俺はっ! 

 ……いや? それは当然の流れか? 俺にとってはその瞬間から、凜は幼馴染になったんだ。そして保育園、小学校、中学校って過ごしてきて……凜がそんな事考えてたなんて知らなくても、俺自身……楽しかった。

 ただ、その行動には理由があったってだけで、俺がそれを知ったところでどうにかなる問題じゃない。


 だったら、なんで凜はここまで話してくれた? ここまで包み隠さず話してくれた? それはもしかして、凜自身も俺に言いたいからじゃないのか? 

 今俺は、鳳瞭学園に居る。

 そして凜は京南女子に居る。

 ずっと近くに居たい思って、自分の意見を押し通したにも関わらず、俺達は今離れてる。どうしてそうなった? 


 そう、それはあの日……あの夏祭りの日なんだ。その理由が、お前の過去に関係してるんじゃないのか? だから、全部さらけ出してくれたんだろ? なぁ、だったら教えてくれよ? そんなに好きで好きで仕方なかったんなら、なんで……


 俺の告白を断ったんだ?


「じゃあさ……教えてくれよ?」

「うん」


「だったらなんであの時……俺の告白断ったんだよ」

「そうだよね……変だよね。ごめんね? 蓮」


 謝罪なんて、必要ない。俺は聞きたいだけなんだ。


「謝罪とかはいい……」

「ごめん。……あの時の私はさ? 昔の私だったんだ?」


 昔の私?


「どういう事?」

「蓮? 恋ちゃんてさ、急に公園に来なくならなかった?」


 来なくなった? あぁ、確か小学校に上がった辺りから徐々に……それまではお盆とか年末とか一緒に遊んでたよな?


「小学校上がった辺りからか?」

「そう。けど、実際には家に遊びに来てたんだ?。でも誘っても行かないって言ってね。公園で遊ぶのはおこちゃまだけなんだよ? って……ちょっと大人ぶってて。でもその時私は、恋ちゃんって大人だなぁって感心してたんだ?」


 おこちゃまって……あんだけ走り回ってたくせにどの口が言うんだよ。


「でもさ……それは嘘だった」

「嘘?」

「本当にね。今でもなんであんな事したのか自分を責めたくなる。忘れたくても忘れられない……あの日」


 あの日……何かがあった?


「中学校2年の時。恋ちゃんはいつも通り私の家に遊びに来てた。世間話とかしてさ? 2人して笑って楽しんでたんだけど、しばらくして恋ちゃんが何か飲み物買ってくるってコンビニ行っちゃったんだ? 私も付いて行くって言ったんだけど、良いから良いからって言われて……家で待ってたの」


「でもその時気付いたんだ。恋ちゃんが携帯を忘れて行った事に。それを手にして、大丈夫かなぁって思ってた時に携帯が鳴り出した。まぁアラームだったんだけどね? ビックリしたけど、それを普通に止めたんだ。でもそれが……間違いだった」


 間違い?


「ははっ、本当に……思い出したくないよ」

「なっ、何があったんだ?」


「だってさ……だって……アラーム止めて、出てきた待ち受け画面に映ってたのは……」



「蓮だったんだよ?」



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