第142話 全てはあの時から

 



「じゃあ、とりあえず聞かせてもらおうかな? お前……いや? お前達……姉妹の話を」


 なんて、滅茶苦茶格好つけて言ったもものの、正直まだ戸惑ってる部分もある。

 だっていきなりあんな事言われて、はいそうですかなんてならないだろ? でも、最初は有り得ないって思っていたのに、聞けば聞く程……それは辻褄があっていく。

 それに、こんな時に恋が嘘をつくってのも考えにくいんだよ? つまり……全て本当の事なんだろう。




『私ね……? ううん。私と凜……本当は姉妹なんだ』


 そんな突然の言葉に、そう簡単には反応出来なかった。

 はっ、はぁ? 何言ってんだ?


 そんな事を心の中で思いながら、


『何言ってんだよ。冗談はよせよ』


 なんて軽く言ってみたんだけど、恋の表情は変わらない。いつもなら、ここでニコって笑顔になって、冗談でしたぁなんて言うはずなのに……そんな様子は一向に見られない。


『本当……なんだ。だから私、ずっとツッキーに嘘ついてた』


 じょっ、冗談だろ? 待て待て、恋と凜が姉妹? あり得ないだろ? 親戚って事なら十分あり得るじゃん? でも姉妹? 血の繋がった? だったら絶対にあり得ない。だって名字が違うじゃないかっ!


『ちょっと待ってくれ』

『ごめん。だから最初にツッキーの口から凜の名前が出た時も、私……知ってたんだ、高梨凜の事。だって私の妹なんだもん』


 妹……? 本気で言ってんの? 

 恋は凜の事知ってた、でも俺には知らない振りしてた……それが嘘だっていうのか? 

 でも待ってくれ? だとしてもなんで名字が違う? 俺は凜の家族を知ってるけど、凜に姉弟がいるなんて聞いた事はない。おばさんもおじさんも……そんな事言った事ない。


『なっ、何言ってんだよ? 大体……名字が違うじゃねぇか?』


 混乱する頭を抱えながら、必死に口にした言葉は若干震えていた。でもそんな俺とは対照的に、恋は時折沈んだ顔を浮かべながらも、


『そうだよね。それもちゃんと説明しないとだよね』


 淡々と……話をしてくれた。


『まずね、私と凜は双子の姉妹。私が姉で凜が妹……それは事実なんだよ?』


 事実なんだよって……そんな真顔で言われても、なかなか飲み込めないって。


『でも今、私は日城。凜は高梨って名字を名乗ってる。その理由はね……』


 その……理由は?


『養子縁組』

『養子縁組……?』


 養子縁組。そんな聞き慣れない言葉が恋の口からこぼれる。

 でも、考えてみれば、その聞き慣れない言葉こそ、その時の自分にとって良かったのかもしれない。だってさ、想像すらしてなくて突拍子もない事だったし、逆に頭の中が妙に冷静になったんだ。


 ん? 養子縁組って……よく施設に居る子が里親に引き取られる時とかによく聞くよな? でも聞く限り恋の両親って健在じゃない?


『ちょっと待った、養子縁組って……俺詳しくは知らないけど、親が居ない子が違う家の子どもとして引き取られるって事だろ? でもさ、だったらなんで凜だけ? それに恋のご両親は生きてるだろ?』

『一般的にはそういうイメージかもしんないね。でもさ、例えばこういう場合もあるんだよ? 子どもが欲しくても欲しくても、絶対に叶わない……そんな親族の為にとかね?』


 子どもが欲しくて? 待て待て、ますます意味が……


『でも、凜に関して言えば……原因はツッキーかもしれない』

『はっ、はぁ?』


 ストップ! 待て、なんで俺が出てくる? なんで俺のせいになる? 


『どういう意味だよ?』

『ツッキー、ごめんね? それは私の口からは言えないよ。でもこれだけは信じて欲しい』


 言えないって……生殺しか? しかもこの流れで何を信じればいいんだよっ!


『凜はツッキーの事、大好きだよ?』


 大好き……? ふざけんな。


『おいおい、人をおちょくるのもいい加減にしろよ? 何が大好きだよ。しかもなんで恋が分かるんだ?』

『ごめん。でも……分かるよ。前から……ずっと大好きだって』


 なんだよそれ? じゃあなんで凜は俺の告白を断った? 好きなら……好きならあの時、俺の思いに答えてくれたんじゃないのか? 

 それにさ、恋。その口ぶりだと、ずっとそれを知ってたのか? 俺と初めて会った時も? 部活やってた時も? 文化祭の時も? クリスマスの時も? バレンタインの時も? ホワイトデーの時も? 

 ……だったらさ今までの笑顔は、何だったんだよっ!


『そうか……知ってたのに知らない振りして、俺の反応を見て楽しんでたんだろ? あれか? 凜と連絡取り合って2人で笑ってたんだろ? そうだろ?』

『違うよっ! そんな事する訳ないっ!』


『だったら、なんでだ? なんで凜は俺を振った? それに……恋はなんで俺に嘘ついてたんだっ!』

『そっ、それは……』


 ほらな? 視線外して……言えないだろ? 本音見破られて焦ってるんだろ? なんだ……結局俺は遊ばれて……


『……った』


 ん? 


『……なかった』


 なに言ってんだ? 小さくて……聞き取れない。


『なんだって?』

『嫌われたくなかった』


 その瞬間、恋は顔を上げて真っ直ぐ俺の方を見つめる。その表情は今にも泣き出しそうな感じで……少しだけ気持ちが揺れたんだけど……


 なっ、泣くのか? でも涙は女の武器。恋なら有り得ないと思ってたけど、とうとうそれを……

 警戒心を強めながら、流されない様に必死だったさ。でも、恋はそれを許さなかった。


『ねぇ、ツッキーは覚えてる?』


 おっ、覚えてる? この流れで覚えてるって一体何の事?


『なんの事だよ……』

『だよね。それとなく……頑張ったんだけどな。まぁ仕方ないよね?』


 頑張った? 何が……あっ、話逸らす気か?


『ふぅ。ツッキーごめんね? 私もう1つ嘘ついてた』

『もう1つ……?』


 はぁ!? なんだよ、まだ俺を攻める気なのか? もう何が何だか分からなくなってきたよ。


『私ね……小さい頃からツッキーの事知ってたよ?』

『はぁ?』

『だって、私と凜は姉妹なんだよ? だから、あの公園……大きなジャングルジムがある公園で遊んだ事だってある』


 なっ、何言ってんだ? ……あれだ、変な事言って完全に話逸らす作戦だよこりゃ!


『残念だけど、それは有り得ないぞ? だって……』


 俺がいっつも遊んでたのは、凜とその他男子。そいえば凜の従兄とも遊んでたけど……残念ながら恋と遊んだ記憶はない。


『じゃあさ? 凜と凜の従兄と遊んだ記憶ない?』


 はっ! おい……何で知ってる? その従兄というフレーズはピンポイントで出てくるものじゃないだろ?


『なんで……』

『ツッキー、その従兄って男の子にしては髪若干長めじゃなかった?』


 なっ、長め……? 確かに短髪ではなかった気がする。それも都会の子って感じで流行りの髪型だったような……。


『多分この位じゃない?』


 そう言うと、恋は自分の髪の先を手で掴んで、後ろへと持っていく。その行動の意味は最初分からなかったんだけど……それもすぐに吹き飛ぶ。そう、目の前でこっちを見ている恋の髪……それはまさしく、


『その髪型……』


 小さい頃凜と一緒に遊んでいた、その従兄の髪型だったんだから。


 はっ、はぁ? なんでだ? なんで恋が従兄の事を知ってて、その髪型まで完全に理解してんだよっ!

 そんな疑問が、頭の中をグルグル回って、多分俺は唖然とした表情のまま恋の方を見てたんだろう。


 恋はそんな俺の顔を見ながら、少しだけ笑みを見せると更に……


『その従兄って、ひしろって名前じゃなかった?』


 ひしろ……?


『俺の名前はひしろ。凜の従兄だ! よろしくっ!』


 その瞬間、その人の髪型が、名前が、昔の記憶が……蘇って来る。

 そうだ、凜と一緒に遊んでいたのは……ひしろって名前の凜の従兄。明るくて、面白くて、すぐに気が合ってさ? 仲が良かったんだ。

 でも、いつの間にか、公園に来なくなった。凜に聞いても、用事があるんだってって言うだけで、そしてそのまま……記憶から存在が薄れていったんだ。けど、だとしたら……なんで?


『にししっ、ツッキー? ……いや、蓮?』

『どっちが早くジャングルジムの上まで登れるか、勝負しようぜっ!』


 恋がそのセリフを口にした途端、周りの風景が……あの公園に変わった。そして目の前の恋の顔と、朧げな従兄の顔がゆっくりと重なって……1つになる。

 そのセリフも、その話し方も……まるで一緒、髪型も一緒。それはもう否定すら出来ずに、認めるしかなかった。


 まさか……まさか?


『なっ、なぁ恋? もしかして……』

『思い出してくれた?』


『従兄のましろって、恋だったのか?』

『うん。正解だよ』




 ったく、色々驚きすぎて理解が追い付かなかったぞ? でもさ、色々分かったよ。まぁまだ聞き足りない部分もあるし? それは後で、恋からじっくり聞くとして……


「いいよ? 何でも聞いて?」


 そうだな。まずは凜、お前の事だよ。恋は、直接凜から聞いた方が良いって言ってたし? いいよな?



 過去のお前に何があったのか。

 姉である恋との関係。

 そして……告白を断った理由。


 その全てを……洗いざらい、話してもらおうか? 



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