第111話 大丈夫ですよね?
「うわぁ、見て? 六月ちゃん! 湯気が沢山っ!」
「すごいね? それに……なんか安心感。周りの景色が烏山に似てるからかな?」
あぁ、なんて新鮮な反応なんだろう。
「なるほど、ここが
おい、約1名歩く辞書みたいな人がいるぞ? もうちょっと周りの雰囲気をだな……
「うっはぁ! 先輩見てくださいっ! 山に川に湯気っ! ってあれ? 先輩?」
「悪い。やっぱり俺この匂いダメかも」
「栄人君、大丈夫?」
「えぇ? マジッすか? めっちゃ良い匂いじゃないっすかぁ。ヤッホー」
おっ、お前らについては何も言うまい。せっかく一時的に栄人がおとなしくなる時間帯なのに、それをすかさずフォローしてんじゃないよ! しかも恥ずかしいから大きな声出すんじゃない。ちょっとヨーマよ、さすがに注意してくれよ?
「騒音君?」
「はいっ! なんでしょうか!?」
おぉ! 良かったぁ、俺の願いが通じたのか? って、そんよ、今ナチュラルに騒音君って言われてんだぞ? 当たり前のように反応して良いのか?
「どうせなら露天風呂で叫んだ方が気持ち良いわよ?」
はっ?
「おぉ! 話には聞いてましたけど、そんなにヤバいんっすか? こりゃワクワクですよっ! ねぇ蓮先輩?」
「あっ、あぁ」
って、それだけ? てか注意ですらないんですけど? ……なんだかなぁ。ヨーマの奴1年生に激甘じゃね? しかも、早瀬さんとかにも甘いし? 何なんでしょう、この差はっ!
「あっ、シロ?」
「はっ、はい?」
「恋と琴さんの荷物持ってあげて?」
荷物……?
「えっ、ツッキー良いの? ありがとうー! よろしくね?」
「おっ、おう」
「つっ、月城君大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
よっこいしょっと。
「それじゃあ、はい」
ん? ……はいって? なんかヨーマに荷物を差し出されたんですけど?
「何してんのよシロ?」
えっと……何をしてるのと言われても……
「私の荷物も……当たり前よね?」
……やっぱり悪魔だ。鬼だ。絶対俺にだけは暴虐無人じゃないかっ! くそっ、奴の根源にはまだあの時の事があるに違いない。でもさ? あれ事故だよ? やろうと思ってやった訳じゃないんだよ? それなのにさ……
「どうしたのかしら? シロ」
「シツレイシマシタ。ゼヒモタセテイタダキマス」
「立派な門ですね? しかも滅茶苦茶高そうじゃないですか」
「ほっ、本当ですね」
ここへ初めて来た奴らの、そんな声が耳に入る。がっ、俺にとってはそんなものどうでも良い。
暑い……少し重い……照りつける太陽が俺に嫌と言うほど紫外線を当てて来て、額には無数の汗。
まぁそんな状態なのか宮原旅館の入り口である門が、俺にとってはある意味別な意味の入り口に見えてしまう。
やったぁ。ここを抜ければ極楽浄土は目の前……って違ぁう。やっとこの重い荷物から解放されるぞ? そんな俺の前に見えるのは、去年もお世話になった宮原旅館。その姿は全く変わっておらず、俺達の事を悠然と見下ろしている。
「すっ、すっ……すげぇ!」
おいっ! いきなり走り出すんじゃないよっ!
ったく、非日常的な雰囲気をいつもの通りのテンションでこっぱ微塵にしないでくれぇ!
「まぁー! 皆いらっしゃいませ」
「こんにちわ。今年もお世話になります」
昨年よりも大人数な俺達を出迎えてくれたのは、女将さん。その美貌はやはり1年経っても変わっておらず……何という色気っ!
「うおっ! 話には聞いてたけど今年は多いなぁ」
おっ、透也さんだ。変わって……ん? パーマにツーブロック!? なんだイメチェンか? でも顔自体整ってるからどんな髪型だって似合うんだろうな。現に今の髪形だってバッチリだし? これがイケメンの特権かっ!
「透也さん、よろしくお願いします」
「あぁ、皆いらっしゃいっ! 初めましての人には、あとで自己紹介するよ。まずは疲れてるだろうし、部屋に荷物置くのが先だろ?」
「そうですね。そうさせていただきます」
「あれ? 透也さん、真白さんって……」
ん? 真白さん? あぁ、確か去年は住み込みでバイトしてたよな?
「あぁ、真白は大学だよ。ご存じの通り頭良いからさ、受けてる講義数も半端ないんだよね?」
「さすがは真白さんです」
はっ! 出たな真白狂ヨーマっ。そうだよ、ヨーマの奴真白さんの事まるで神の如く尊敬してるんだった。その姿見て驚くなよ? 1年生達よっ!
「まっ、帰って来たら部屋に連れてくよ。それじゃあ、お部屋までご案内いたします、どうぞ?」
「はっ! 透也さんがちゃんと仕事モードになってるっ!」
いやいや、恋よ。それは言い過ぎじゃ……って、そう言えば去年真面目に働いてる透也さんの姿って、見た事ないかもっ! もしやこれはレアなのでは?
「とんでもないです恋様。私、元来この様な接客をしております。それではどうぞ?」
「ひっ、ひぃ!」
いや、確かに恋の気持ちも分からなくもない。何というか……ここまで急にスイッチ替えられたら背中がムズムズするんだけど?
って、桐生院先輩の方を見…………うっ、ウインク? なんだ? 一体どうしたって言うんだ? 何かのサインですか? それとも2人はもしやそんな関係?
なんか気になるんですけどぉ?
「大自然に囲まれ、町を見下ろす壮大な景色。こりゃマイナスイオン出まくりだぁ!」
「よっし、深呼吸でもするかっ!」
「はいっ!」
「スーハースーハー」
「スーハースーハー」
あぁ、やっぱりタンマ。あのね? 去年はそこのクソイケメン委員長1人だったからさ? 周りの雰囲気や景色諸々がかろうじて勝って、現実離れ出来てたの? でもさ……
「うおーマイナスイオンが体の隅々まで行き渡りましたっ! 先輩っ!」
「これで肉体的疲労回復も助長されるし、リラックス効果で精神面もバッチリだっ!」
「ですよね!? あぁなんか無性に走りたくなってきましたっ!」
「だろ? だったら後でロードワークでも行くか」
お前ら2人と居ると場所が違ってても、常に日常生活そのまんまなんだよっ! しかも同じ部屋だからむしろそれ以上っ! マイナスイオンの吸収量がストレスの発生量に追い付かないわっ! むしろ早くロードワーク行ってくれよ。あわよくば3時間位なっ!
「ははっ、相変わらず元気だなぁ」
「元気というか……バカなだけじゃ?」
「いやいや、天然の元気って貴重だよ? 無理やり元気を装う事も出来るけど、結局それは偽物だから長く続かないしね? ああいうポジティブさって……一種の才能だよ」
「そうですかねぇ……」
桐生院先輩……あなたのその何に対してもポジティブな方向へ考えられるのも一種の才能だと思いますよ?
「あっ、月城君」
「何でしょう?」
「今年も露天風呂楽しみだね」
露天風呂? そりゃここの露天風呂は景色も最高ですしね?
「そうですね。早く入りたいところです」
「じゃあさ、ご飯の前にひとっ風呂行こうか?」
ん? 先輩からのお風呂のお誘い? まぁサッパリしてからご飯ってのも悪くはないけどさ?
「そうですねっ! 是非」
「じゃあ決まりだね。多分あの2人は走りに行ってからお風呂入ると思うからさ、2人でどうだい?」
「えぇまぁ……」
あれ? ちょっと待って? なんで先輩若干笑ってんですか? しかも気のせいか、2人って言葉若干強調しましたよね?
「2人とも、先に走って来たらどうかな? その方がお風呂も格別だと思うよ?」
「それもそうですね! じゃあ相音っ!」
「はいっ! 栄人先輩」
「練習行って来るっすっ!」
「ロードワーク行ってきます」
おいっ! 旅館の中で走るんじゃないよっ! めっちゃうるさいし、迷惑かけないでくれよまったく。
「これで大丈夫だね?」
はっ!? ちょっと桐生院先輩? やっぱなんか様子が変じゃないですか?
「じゃあ、さっそく行こうか?」
きっ、桐生院先輩?
「露天風呂に」
だっ、大丈夫ですよね?
「2人きりで」
ゴクリ。
先輩違いますよね? 俺の嫌な予感当たってないですよね?
…………意味深な笑顔、もう止めてくださいよぉぉ!
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