第92話 桐生院采
「じゃあなぁー采」
「うん、また明日」
ホームルームが終わると、部活へと急ぐクラスメイト。それはいつもと変わらないそんな光景だった。
ふう。じゃあ僕もボチボチ行こうかな? 新聞……いや、鳳瞭ゴシッップクラブに。
部室のある西棟へ続く渡り廊下は2階か1階しかない。そう考えれば3年生になって教室が2階になったのは少し嬉しい事なのかも。部室への距離も短くなったしね?
3年生か……なんかあっと言う間だった気がする。鳳瞭ゴシップクラブも彩花と一緒に再開してから3年目。去年は日城さんと月城君が入って4人。今は……6人? いや、運よく兼任してくれてる子も合わせたら9人か。ふふっ、1年生の時はこんなにも部員が増えるなんて……
思いもしなかったなぁ。
僕には……母さんが居ない。居ないってより居なくなった。小さい頃に母さんは病気で亡くなってしまったんだ。
顔は朧げにしか覚えてないけど……笑顔が温かい人だっていうのは覚えてる。けど、父さんに言わせれば、
『母さんはすこぶる真面目だったんだよ。俺もよく怒られてた』
らしい。
それに、話によると父さんは一応デザイン会社の社長という肩書ではあるけど、結構機敏に動いてたのは母さんだった様で。まぁ、これに関してはあくまで父さんの話であって、もしそうだとしたら今も会社が存在してること自体奇跡だと思う。
そんな若干謙遜気味な父さんに育てられたある日、こればっかりは忘れられないなぁ。
『私彩花って言うの! あなたは?』
いきなり部屋のドアが開いたと思ったら、凄い勢いで目の前まで来て腕を組んで仁王立ち。そんな金髪の女の子に衝撃を受けない訳がなかった。絵本を読むのに夢中だったはずなのに、顔を見上げたまま終始固まったまんまだったっけ?
そんな様子を見た彩花の顔は少しずつ強張っていって……そしたら突然部屋を飛び出して行った。
『パパ達の嘘つき! 全然興味持ってくれないよー』
階段を下りながら遠くに聞こえてくる彩花の声が、少し面白くって……妙に可愛くって。物心ついた時から僕の近くには彩花が居たけど、今思えばこの時から僕は彩花に惹かれていたのかもしれない。
そんな感じで彩花と衝撃的な出会いを果たした僕は、そのまま鳳瞭保育園へと入園した。そこには彩花も居て、前からの顔見知りって事もあってか、自然と仲良くなっていったっけ?
僕の場合は父さんの仕事が終わるのが遅かったっていうのもあって、その時間まで預かってくれる鳳瞭一択だったみたい。当時の僕はまさか鳳瞭という場所がこんなにも名門だなんて微塵も思ってなかったよ。先生達は優しかったし、いくら遅くなってもなぜか彩花が居たし……特別寂しいとか感じた事はなかった。
そして、あれよあれよと鳳瞭の小学部へ。もちろん彩花も一緒だった。
この時……っていったらマズいかな? まぁいっか。この時の彩花は結構明るくて、友達も多くて、さらに金髪って容姿もあってみんなの中心で目立って、人気だった。そんな彩花はいつも僕を引っ張ってくれて、僕は付いて行く。僕に関しては今とさほど変わらないかな?
でも、彩花は変わった。
いや、変わらざるを得なかったって方が正しいのかもしれない。
それが顕著に表れたのは……小学部5、6年の時。今までは子供同士仲良く遊んでたけど、この時期になるとちょいちょい意識しちゃうんだよね?
その人の家柄。
気にする子は気にする……いや? 正確にはその子の親かな? まぁ、そんな感じで皆の中で、葉山彩花は葉山グループのご令嬢へと変わっていった。
徐々に距離を取り出すクラスメイト、聞こえてくる陰口、噂。それがどれ程まで彩花を苦しめた事だろう。
そしてある日、いつも毎朝変わらない時間に迎えに来るはずの彩花が……来なかった。もしかしたら先に行ったのかな? そう思って仕方なく1人で学校へ行ったけど、教室に彩花の姿はなかった。
風邪で休むって話は先生から聞いたけど、その瞬間教室が少しザワついたのを覚えてる。そして僕は……信じられなかった。昨日まで元気だった彩花が風邪引くなんてあり得ない! なんかあったんだ! って思っちゃって。 今思えば、急に具合悪くなる事も十分あり得る事なんだけどね? でも、この時ばかりはその直感ってのを信じた自分を褒めてあげたい。
学校帰り。大きな大きな彩花の家のインターフォンを鳴らすと、黒岩さんの優しい声が聞こえてきた。僕が彩花の様子を見に来たって察してくれてさ? 彩花を連れてくるって言ってくれた。そして、しばらくしてから開いた家の扉、そこに立っていたのは一見いつもと変わらない彩花だった。
「なに?」
発せられるいつもと変わらない彩花の声。でもの僕は分かってたんだ。目の前に居る彩花がいつもの彩花じゃないって。だってさ……目、真っ赤っかだったんだから。
泣いていたのは……一目瞭然。でも僕は……こんな時なんて言って慰めたら良いかなんて分からなかった。けど、彩花に学校へ来てもらいたい、彩花と一緒に学校行きたい。その一心で、
「なんだ元気じゃないか。ズル休みなんて卑怯だよ? 僕も誘ってよ。でも、そんな悪い事しない様に明日は僕が迎えに来るね?」
って言った。
彩花は少し驚いてたかな? 目を見開いて……でも、すぐいつもの顔に戻って、
「うっ、うるさい」
本当のいつも通りの言葉を言ってくれた。そして、
「明日迎えに行くから。待ってなさい」
その言葉ほど嬉しいものはなかったっけ?
「うん。待ってる」
そう言って、扉を閉めると……僕は柄にもなくガッツポーズしたっけ。
まぁ、それから彩花はちゃんと学校来てくれるようになって、揃って中学部へ。でもさ、やっぱり前みたいな明るい様子は見られなくなっちゃったっけ? それにここでも彩花に対する周りの反応は相変わらずだった。
けど、1つ変わった事といえば、距離を取るだけじゃなくて近付こうとする人が増えた事。単純だよね? 仲良くしてれば良くしてくれるとか? 自分にメリットがありそうだとか? そんな人も増えたけど……彩花はそんな事考えてる人も何となく分かるみたいでさ? そういう人に興味がないっていうのが、そんな状況に拍車を掛けてた。
決して誰にも流されない。自分が信じるものだけを信じて、決してブレない。思った事は何でも言う。おかしいと思ったら誰にだって問い質す……それが、この辺りで確立された彩花の性格。そんな自分とは全く正反対で、何でもできる彩花に……僕は憧れ続けた。
でもさ、進級するうちに、彩花のそんな性格は……後輩にとっては格好良いって感じたみたい。上級生や同級生からは距離を置かれても、後輩からの人気は抜群。それもそれで変な感じではあるよね。
彩花はどんな心境だったのかな? あの不登校事件の後から、自分の気持ちを全然表に出さない。なんとなく、分かる部分もあるけど……それでも本音ってのは分からない。
クラス委員とか、誰もやる人居ないから引き受けて……誰も意見出さないから自分で出して、引っ張って。それにクラスメイトも勝手に付いて来る。それが仕方なくなのか、本当に彩花の事を信頼してるのか。その位彩花だって分かってるはず。
そして、それにやりがいとか楽しさとかってないよね? それに友情っていうのかな? 信頼し合って意見出し合って、笑顔で話せる……そんな関係とは、未だに彩花は疎遠なんじゃないかな?
でも、本音は分からない。彩花しか分からないから。
今の学園生活に満足してるのかな?
どうしてそこまで、僕のデザインを信頼してくれてるのかな?
どうして、
『采。私、新聞部を復活させるわ。けど、アイディアとかはともかくデザインはからっきしダメなの。だから……』
僕なんかに、
『私に采の力を貸してほしい。采のデザインが必要なの』
声を掛けてくれたのかな?
もちろん。彩花に頼りにされて、更に2人で過ごせる時間が増えて……とても嬉しかった。でもさ、彩花の事分かっているようで……分からない。
だからこそ、あの時月城君を連れて来た時も心底驚いた。日城さんは詳しい事知らないけど、中学部の時からの知り合いみたいだし、僕だって少しは顔見知りだったから入部を認めるのも分かる。
けど、月城君はいわゆる外部組だし……正直言って彩花とは何の接点もないはず。しかも、あからさまに嫌そうな顔してたしね。
まぁその辺も、もしかしたらなにか2人の間にあったのかもしれないけど……1年生の時2人きりだった鳳凰ゴシップクラブが4人になって、彩花は変わった。滅多に自分からは話さないくせに、部活ではやたら口数が多いし、しょっちゅう日城さんと冗談言い合ってるし、月城君をイジったり? 他人への興味がなくなったはずの彩花が自分から話し掛ける光景は意外だった。
そして、静かだった部室が……皆の声で明るくなった。
月城君経由で片桐君とも知り合えて、部活の兼任までしてくれてる。彩花だけが考えてた特集は、月城君や日城さんも意見を言ってくれて、更に練られたものとして上手く取り入れられた。そして、記事の幅も広がって掲載の頻度だって上がって、鳳瞭ゴシップペーパーの知名度も上がった。
そして何より、部活で見せる彩花の姿が、あの小学部の時に見せていた姿に戻って来ている気がして……それを見てるだけで、安心してる自分が居る。
だからさ、僕は今とっても楽しいよ。幸せだよ?
勿論、君の本音は分からない。もしかしたら僕の考えなんて見当違いなのかもしれないけど……
「……にも!?」
「……なるんですけど?」
「確かに」
ん? はははっ、今日も賑やかだなぁ。こりゃ月城君が例の如くイジてられるって状況かな? 月城君も災難だなぁ。
今とても楽しいんだろうなってのは、皆と楽しく話してる彩花を見てるだけで……
十分すぎる程、伝わるよ。
ガチャ
「お疲れ! 今日も賑やかだねぇ」
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