第68話 勇者が困難に向かって行く姿って、男のロマンじゃね
ピロン
日付は12月27日。
クリスマスの余韻も消え去った今日この頃、俺は1人部屋で朝のニュース番組を見ていた。つまり、暇なのである。それすなわち、スマホから聞こえたストメの通知音にもいち早く反応する事が出来る=メッセージを素早く閲覧出来るのだ。
【じゃあ、行ってくるね】
メッセージの送り主は恋。そう日城恋。奇しくも過去にトラウマを植え付けたあいつにそっくりな女の子であると同時に、俺を救ってくれた恩人とでも言うだろうか……それに近い存在だ。
【おう、気を付けてな。正月太りには気を付けろよ?】
【ちゃ、ちゃんとセーブするもん!】
こりゃセーブする気はないな? けど、太らない体質ならさほど心配する必要もないか? いや、そんな体質かどうかは分からんのだけど。
こんな取り留めない会話を、うざったいとか面倒くさいとか……そんな風に感じる部分もある。けど、それはほんの少しにしか過ぎず、そのほとんどは楽しい。
まぁ別にこれは恋に限った事じゃないと思う。今の俺なら早瀬さんからストメが来ても楽しさは感じると思うし、クラスの女子から来たとしてもそれなりのテンションで返信できるかもしれない。来た事がないから何とも言えないけど、おそらくそうだろう。あっ、クソイケメン委員長お前は除く。
それに、恋以外から日常的なメッセージが届いていないという時点で、この感情は恋だけなのか、それとも友達・知り合いであれば感じて当然なのか何とも分からない。
けど、それがくだらない日常の事であっても、新聞部の連絡であろうと。メッセージが来るだけで素直に嬉しい気分になる感じはする。
当の本人は単に送りたいから送ってるだけかもしんないけどね? それでもそういう風に感じれる様になったのも、恋のおかげだと思う。
【ツッキーは年末どうするの?】
【んーたぶん寮に居ると思う】
【そっかー。あんまりお菓子ばっか食べちゃだめだよ?】
【了解。気を付ける】
【ふふ、じゃあお土産買ってくるから。楽しみに待っててね】
【期待してる。いってらっしゃい】
ピロン
ん? 写真? これは……
【行ってきます。ツッキーもちゃんと連れてくね?】
クリスマスに買ってあげたキツネじゃねぇか! ちょっと待て? お前これ俺の様に……って言ったよな? その笑顔で体が折れ曲がる位力強く握ってんじゃないよ! 痛い痛い! 感謝より憎しみ感じるんですけどー!
って、俺……笑えるようになったんだな。なんか、クリスマスからなんとなく体が軽くなった気がする。あの恋のお気に入りの場所で……
あっ……ヤバっ!今更ながら俺なんて事してんだよ! だ、だ、抱きつかれて、なぜかそのまま抱き締めちゃったじゃねえか!
「キャアー」
顔が一気に熱くなって、出した事もない様な高音が口から飛び出る。何という大胆な行動、その場の雰囲気とはいえ、今になって滅茶苦茶恥ずかしくなる。
けど……恋のやつ良い匂いだったなぁ。シャンプーも変わってないし……って馬鹿野郎! これじゃただの変態じゃねぇか!
ふぅ。朝から少しはしゃぎ過ぎた。それにしても……恋のご両親、外国で生活してるって聞いた時は驚いたなぁ。外資系企業で? 世界中を飛び回ってて? 聞いただけでとんでもなく凄いって事は分かる。そんな両親が日本に帰ってくるとなったら、そりゃ一緒に過ごしたいよなぁ。慣れない外国へ連れて行くより、全寮制セキュリティーバッチリな鳳瞭へ進学させたのも賢明な判断なのかもしれない。
あれ、もしかして恋の家って……とんでもなく裕福だったり? そういえば、その辺の話って詳しく聞いた事ないな。両親の話だってクリスマスの時に聞いただけだし。まっ、気になったら聞けば良いだけなんだけどね。
……家族かぁ。そう考えれば俺ん家って、結構普通だよなぁ。一般的な大きさの家だし、普通に共働きの両親に、普通の妹に、普通の婆ちゃん。これぞTHE普通って家族、家庭。
まぁ、それ故家族の仲も良いとは思うよ?長期のお休みに帰って来いとかそんなの言わない位にね?
そもそも、寮生ですらほとんど実家に帰ってるこの年の瀬に帰らないのも、別に家族が問題なんじゃないんだけどね? 俺自身の問題。
第一に、噂を知ってる中学時代の友達(特に女子)に会いたくないって事。そして、第二に凜に会いたくないって事。
それだけが嫌で帰りたくなかった。まぁそれで鳳瞭に来た俺が、わざわざ問題の地に帰るってのもおかしな話ではあるよな。
けど、鳳瞭に来て、色々あって……今となっちゃ噂とかどうでもいい気がする。大事なのは今だろ? これからだろ? 過去に捕らわれたままなんて……もったいない。やべ、クソイケメン委員長みたいな発言しちまった。あいつならこう言うだろうな? なんたって常にテンション高くて、常に盛り上げて、常に笑ってるんだもん。やはりあの強心臓は少し分けてもらうべきか……いや、すでに少し貰ってるのかもしんない。
そんな事言うと……早瀬さんには色々お世話になったなぁ。俺の代わりに栄人に巻き込まれたり、恋の保護者的立ち位置になってくれたり、本当にありがとうございます。
しかもさ思いやりとか、優しさとか……普通は照れるような事普通に出来るんだよなぁ。恋の事心配したり、栄人の事考えたり、皆の事包み込むって大変だと思うよ? いざとなった時の行動力とか……尊敬するよ。
となると、最後は……恋か。恋についてはもう一言で十分だろう。
ありがとう。
これしか出てこない。最初はさ、近付かないでくれーとかって思ってたけど、見事に引っ張られちゃったよね?
やっぱり……奇しくも過去にトラウマを植え付けた彼女にそっくりな女の子であると同時に、俺を救ってくれた恩人だよ。
はぁ…。じゃあ残るは? 俺が俺を取り戻すためには……何が必要ですか?
それはもう分かってる。この鳳瞭学園で俺は自分を取り戻す事が出来たのかもしれない。けど、それはあくまで半分だけ。ここには恋が居て、栄人が居て、早瀬さんが居て、ヨーマと桐生院先輩が居て、高倉先生、三月先生、それにクラスメイトが居て……言うなれば皆バリアを作って俺を守ってくれたから、半分は取り戻す事が出来たんだ。だけど……
残りの半分は……まだあそこにある。全ての始まりであり、トラウマの元凶……俺の実家のある桜ケ丘。
そこには誰も居ない。守ってくれる人は居ない。けど、確かにそこには居るんだ……もう半分の俺が。それを取り戻せなかったら、俺は俺じゃないし、今の俺は……トラウマを完全に克服した訳じゃないんだ。
正直、怖い。今まで飲み込まれそうになった時には恋がそばに居てくれて、助けてくれた。けど、今は居ない。残ってるのは、あの時の恋の温もりと……笑顔。
別にそれだけでも良いじゃないか? これは俺の問題、俺自身の問題。自分で解決しなきゃ意味がない!
全てを、過去の全てを受け入れる。
忘れるんじゃなくて、受け入れる。
過去の自分を受け入れて、今の自分の糧にする。
そうしないと、俺は……本当の自分には戻れない。
まさか自分がこんな事考えるなんて、入学した時には考えられなかったよ。それに恋、お前クリスマスの時言ったよな? 俺は変わったって……でも俺は言った。
『戻ったんだ』
格好つけて言っちゃったけどさ……正確には戻りかけなんだ。そう、まだラストダンジョンが残ってる。
だから見てろよ? 恋? 帰って来て驚くなよ? お前にも特大のお土産を用意して待ってるから。
ピッ
【もしもし? 俺だけど、急なんだけどさ……】
今日、帰るわ。
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