第40話 運命の日
「よっと、これで3年生も後1回で終わりだな……」
「そうね」
昨日のホームルームから時間は経ち、俺達は今たい焼きに関するアンケートを担任の先生の所へ受け取りに行っている。正直、たった1日しか経っていないはずなのに、そうとは思えない位……めちゃくちゃ面倒くさくて疲れた時間だった。
結局あの後、1年生全体が3組と同じような感じとなり、見事に頭派尻尾派に分かれていがみ合う状態に。
2年生は首謀者であるヨーマと桐生院先輩が居る訳で……むしろそうならない訳がなかった。
そして問題は3年生。学園における長であり最上級学年だから、くだらないと笑いつつフランクに回答してくれると思った……思っていたんだ……けど、俺はまだ鳳瞭学園という場所を理解できていなかったのかもしれない。
普段は気にならない事でもいざ1度それを考えた時、明確に自分の意見が出てくる。
そして彼らは……総じて負けず嫌いだった。自分の意見が負ける=自分の負け。そんな事あってはならない。何が何でも負けたくない、それが全国区の部活動部員の心だった。そしてその結果……紛れもなく派閥間のぶつかりが大きかったのが断トツで3年生だった訳。
思い出したくもないね……体育会系のあんな光景はもう見たくない。
コンコン
「失礼します。アンケート用紙取りに来ました」
「はいよっ、お疲れ。人数分とあと私の分もあるから」
「ありがとうございます」
「それにしても大変だねぇ」
ははっ、確かに大変ですよ? めちゃくちゃね。
「仕方ないですよ。新聞部の企画なんで」
そうなんだよ、よくよく考えればこれも新聞部の企画の一部なんだよなぁ……にしても、先生方が断ればこんな事しなくても済んだのになぁ。もしや全員ヨーマに弱みを握られてるのか? それとなく聞いてみるか?
「企画の中じゃ1番の大きかったかもしれないね。全学年全生徒、教職員まで対象だなんて」
「そうだったんですか? てか、そもそも先生方はなんで葉山先輩の提案を受け入れたんです?」
「んーなんでだろう? 別に嫌いじゃないしね」
嫌いじゃない?
「それに先生達って、あぁいうくだらないアンケート調査とか結構興味あるんだよ。内容はくだらないけど、全学年対象ってだけで面白そうだし。それに……自分達が学生の頃出来なかった事に挑戦するのって、なんだか応援しちゃうんだよね」
「なっ、なるほど。そういう事なんですか」
あの……先生方心広すぎじゃないっすか? まぁ全員が全員そんな考えではないと思いますけど、ある意味生徒目線で物事を考えているというか……でもそれで、ヨーマが調子乗っても俺達責任負えませんのであしからず。
「ねぇ、月城君」
「なんだぁ?」
「今日どっち勝つと思う? 私はもちろん尻尾派だと思ってるけど……」
なかなか面倒くさい事聞いて来るなぁ。ぶっちゃけどっちでもいいんだよな。俺は頭派だけど、あんな真剣になる位の熱は持ってないのよね……
「半々位じゃない?」
「半々か……多分拮抗はしてるよね」
「まぁ、俺はぶっちゃけどっちでもいいよ。尻尾派が多いからって自分の食べ方変える必要はないしね」
「そりゃそうよ。ただ……」
「ただ?」
「同士が多いに越したことはない」
はいはい。頑張ってくれー。
「……ってのもあるけどさ? これって実は、多分先輩の仕組んだ事だって思うんだよね」
ん? ヨーマが仕組んだ? 仕組んだって言うより発端じゃね?
「発端の間違いじゃない?」
「私も最初はね、そんな感じでノリノリだったんだけど……よくよく考えたらさ、あの2人たい焼きの食べ方だけであんなに対立すると思う?」
んー、確かにいつもの桐生院先輩とは違った感じはしたけど……でも人には意外な所で譲れない部分ってのもあるからなぁ。
「正直俺はまだ先輩達との付き合いは長くないから、もしかしたら有り得るって思ってたけど?」
「そっか、私もね確証はないんだ……あの2人なかなか本当の姿って見せてないと思うし」
「本当の姿?」
「いわゆる本音ってやつ? どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、私もまだその境界線が分からないんだ。だから、冷静に考えると今回のもって思ったんだ」
なるほどねぇ……なんとなく意味は分かる気がする。
「それにさ、このアンケートって一昨日先輩達が考えたじゃん? でもそれにしては妙に校長先生とか先生達の反応が良くなかった? それに、アンケート用紙とかも即行で桐生院先輩作った訳だし。何にしろ準備が良すぎるかなって」
確かに……思いつきの企画にしては首尾良く事が動きすぎてる感はある。まぁ、動いたのがあのヨーマだから本当に有り得そうって思う部分もあるけど、それにしたって上手く行きすぎてる気がする。
「確かになぁ。まぁでも、それはそれだろ? 俺達はあくまで部長の指示に従うのみだし。ただ、何にせよ学園内があんな状態だから、結果載せたら鳳瞭ゴシップペーパーは注目間違いなしだよな」
「それは確定だね。あっ、そろそろ着くね。これで全てが決まる……」
もし、あの騒動ですらヨーマの思惑通りだったらそれはそれで怖いよなぁ。どこまでが計画通りでどこがイレギュラーかは分からないけど、これこそ掌で踊らされるって状況かもしんない。
ガラガラ
「お待たせしました。これで最後です」
「ありがとう、ここ置いてね」
「恋ありがとう。とりあえず2年生までは終わったわ。人数も間違いなし、代筆の形跡もない」
「良かった……じゃあそれ終わったら最後3年生ですね」
「えぇ……結果にソワソワする時間の始まりね……」
ヨーマと桐生院先輩……それは本音かな? それとも計画通りなのかな? まぁ、ここまで来たらそんなのどっちでもいいか。黙って3年生のが終わるまで見て居よっと。
「出たよ」
「どれどれ……これは!」
「どうだったんですか?」
やっと結果出たかぁ。まぁどっちが多くてもあんまし関係ないけどね。
「これって……」
「まぁ、かなり有り得ない票数だけど」
「こんな事もあるのね……」
ん? その反応なんなんだ? まさか予想以上に大差だったか?
「どっちが多かったんですか?」
「これはある意味凄いね。票数は、頭派が450票。そして尻尾派が……」
「450票」
マジか?
「本当ですか? それ!?」
「えぇ、間違いないわ。私達も一応総数は計算したから。全学年全教職員、育休中の西ノ口先生も合わせて900人。割り切れる人数ではあるけど、まさか本当に綺麗に分かれるとはね」
マジで半々じゃねぇか!
「まさかと思ってた事が起こるなんてね。この結果は流石に予想できなかったよ、ねっ? 彩花?」
「確かにね。でもまぁ、これが偶然だとしても結果は結果。どっちが多数かは決められなかったけど、これはこれで……読者にとっては面白そうじゃない?」
「だね」
はぁ……で半々で良かったかもしんない。綺麗に分かるなんて有り得ないと思ってたけどさ、後腐れなくお互いに和解できそうだ。
皆思わぬ反応だったから、どっちが多くても何かしらのトラブルの元になりそうだったしね。それにしても良かったぁ。
「そっ、それじゃあアンケートの結果は同点って事でいんですか?」
「そうね。事実そんな結果になった……」
ガチャ
「よう、お疲れさん!」
勢い良く開かれる部室のドアに、皆の視線が注目する。
お疲れさん? しかもこの声……はっ! そういえば忘れてた! この人の存在を忘れてた!
一斉に注がれる視線を浴びても、ニヤリと笑っているその人物は……
「烏真先生?」
「やっほ。遊びに来たよ」
烏真三月……先生。 そうだ、忘れてた! 夏休み開け早々に俺のクラスの副担任として学園に来てたんだ! それに……
「さすがにどんな部活か見定める為には、何回か見学は必要でしょ? 新聞部の顧問になったからにはね」
そう……なぜか新聞部の顧問になったんだった。
「それで? 葉山っち、確か大規模なアンケート調査してたよね? 結果はまとまった感じ?」
「烏真先生、一応教師なのでその呼び方は止めてください。アンケートでしたら、今無事に集計が終わりました」
葉山っちって、ノリが軽っ! 確かに烏山で初めて会った時もこんな感じだったよなぁ……むしろこんな感じで教員免許持ってるのが信じられないよ。
「まぁまぁいいじゃない。ねぇ、きりゅっち? それでどうだったの?」
「丁度半々で、450票ずつでした」
いや、あんたは何にも反応しないんかい! てか、もしかしてその呼ばれ方結構気に入ってます?
「マジか! かなり奇跡に近いねぇ」
まぁ、それが普通の反応だろうな。
「えぇ、ですが結果は結果なのでこのままゴシップペーパーの作成に取り掛かります」
「うん、わかった。結構学園内でも反響有ったみたいだし、注目度もバッチリだね」
ふぅ……何はともあれ、これでこのちょっとした騒ぎも収まる……。
「あれ? みつきっち?」
「ん? どしたのひっしー」
おい、お前はなにフレンドリーに呼んでんだよ! 先生、この人先生だから! あと、三月先生も安易にあだ名付けてんじゃないよ!
「そいえば、みつきっちからアンケート貰ったっけ?」
「ん……そいえばアンケート自体貰ってないかも」
えっ?
「あっ、そうか……すいません先生には直接渡そうと思ってたんですけど、忘れてました」
「やっぱり? 実はさ、アンケートやるっては聞いてたけど中身全然知らなかったんだよね」
えぇ!? なんだそれ! それで良く会話についてこれましたね? ある意味すげぇよ……ってあれ? という事は……
「という事は……」
「あぁ……」
「そういう事になるわね」
「はっ! みつきっちの答え次第で!」
どちらかが1票多くなるって事じゃねぇか。うわぁ、最悪だぁ。1票差でも勝ちは勝ち……これはまずいぞ?
「じゃぁ、この場で答えてもらいましょ?」
「だね」
「ごくり」
あぁ……この回答次第で流れが大きく変わっちまう!
「烏真先生? たい焼きは食べた事あります?」
「やだなぁ、烏山にもたい焼きの位あるよぉ」
さすがヨーマ、さらっと失礼な事聞いてんなぁ。
「なら、話は早いです。ずばり、たい焼きのを食べる時、どこから食べますか?」
「どこからって……」
「どっちなの? みつきっち」
まさか、三月先生が鍵を握る人物になるなんて考えもしなかったなぁ。本当は半々が1番いいんだけど、果たしてどっちなんだ?
「んー……お腹かな?」
はっ? お腹? たっ確かにアンケートには頭か尻尾かって書いてあるけど……三月先生がお題を聞いたのは口頭、けどお腹って!
「…………」
「……」
ほら、皆固まってんじゃんか!
「頭派450、尻尾派450、お腹派1と……」
ちょっ! 桐生院先輩なに冷静に打ち込んでるんですか!
「これで良いかな? 彩花」
「えぇ、それでお願い。ありがとうございました烏真先生」
「どうって事ないよ!」
えっ? ヨーマ? いや、葉山先輩?
「お腹って……初めて聞いたぁ! 美味しいの? みつきっち!」
はっ? 異議とかそういう事言わないの? ねぇ、日城さん?
「じゃあレイアウトはこんな感じで……」
「お腹かぶりついたら、餡子が一気に口の中に広がって……」
なんだよ……なんだよこの感じ……あのさ、自分達あんなに火花散らしてたじゃん? 散々これだけは譲れないとかって言ってたじゃん? 結果分かった瞬間ドライ過ぎない? 悔しがるとか喜ぶとかない訳?
「ここはこうしてちょうだい?」
「了解」
「うわぁ、なにそれ! 絶対美味しいやつだよぉ!」
「美味しいぞぉ?」
……俺が変なのか? そうなのか?
いやいや、絶対おかしいよぉ!
こうして、学園内に一騒動を起こした頭派尻尾派総選挙は、両者同票数という結果で、幕を下ろしたのだった……。
「ふぅ。前代未聞のアンケート企画、上手くいって良かったね」
「まぁね、念入りに下準備しといた甲斐があったわ」
「でも良かったの? 月城君と恋ちゃんも騙すような形で進めて」
「まぁ、敵を騙すならまずは味方からって言うでしょ? あんただってそんな事言う割りには迫真の演技だったじゃない」
「まぁ、少し楽しかった所もあるしね。あと、まさかあんなに反響があるとは思わなかったなぁ」
「確かにね、私もよ。それにしても、今回の企画シロにはあんまり効いてなかったわ。なんか前々から感じてたけど、彼っていい意味人に流されないのよね」
「そうだね……あっ、あと多分日城さんも何か感じるものが有ったんじゃないかな? 僕達と付き合い長いって事もあるけど、今回の件いつも以上に乗り気じゃなかった? まるで……演技でもしてるように」
「まぁ、あの子も鋭い所あるしね。まぁ、それはいいじゃない。新聞部を任せるには、こういう企画の組み方もあるって知っておいて欲しいから」
「まったく、直接言えばいいのに」
「うるさい」
「それにしても……」
「尻尾から食べるのも悪くないわね」
「頭から食べるのも悪くないね」
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