第41話 仏の顔も

 



 それはとある休み時間だった。


「まぁ、無難に喫茶店かお化け屋敷ってとこじゃねえか?」


 目の前に座る栄人に、俺は今日無難な回答を口にしていた。

 まったく、やっと一息つけるかと思いきや今度は文化祭の話かよ。模擬店なんて適当で良いんだよ、皆が楽しく出来りゃあな。


 とりあえず楽しければいい。そんな考えの俺とは打って違って、何やら真剣な表情の栄人。その様子は何かいつもとは違っているように見えた。


 ……こいつ、話聞いてんのか?


「おい、聞いてんのか?」

「あっ、あぁすまない。それで?」


 はぁ? お前が、文化祭の模擬店は俺達学級委員が早めに動いた方が後々楽だろ? って俺に振ったんじゃねぇか、それを何ボーっとしてんだよ。


「だから……喫茶店、まぁメイドカフェとかも有りかな? あとはお化け屋敷とかがベターだろって」

「なっ、なるほどなぁ。ありがとう」


 ったく話はきちんと聞きやがれってんだよ。それにしても……やっぱこいつ様子が変じゃないか? いつものクソイケメン委員長じゃない気がする。歯切れの悪い返事に、人の話がまるで耳に入っていない様な反応。なんだ? 具合でも悪いのか?


「おい、栄人お前具合でも悪いのか?」

「いやっ! そんな事ないぞ? いつも通りだ。さっそく文化祭の中身だけでも内々で案出しておきたいよな、ははっ!」


 ……分かりやすい奴だな。明らかに様子が違うじゃねぇか。まぁ深く詮索する気はないけど……むしろこの位が丁度良いかもしれないな。



 ガラガラ


「おはよう!」

「おはようー」


 よいしょっと、イケメン委員長も静かな事だし今日は1日何事もなく過ごせそうだな。まっ、仕方ないから他にも模擬店の案、何個か考えとくか……ん? 早瀬さん……か。なんだ朝からイチャイチャか? なんてね、おそらく文化祭の事話してんだろうな、とりあえず学級委員で案を煮詰めて置きたいって言ってたのは栄人本人だし。 


 ん? 早瀬さん、なんかムスっとしてるような……マジか? 早瀬さんのあんな顔初めて見たかもしれん。そういえば、今まで怒った所とか見た事ないしな。

 んで? 栄人は……なんか頼りない顔してんなぁ。こんな顔も今まであんまし見た事なかったけど、あっ……席戻って行った。ムスっとした早瀬さんに、頼りない顔の栄人か……いつもの2人からは考えられない光景だけど、思い当たるのは1つしかないよな。栄人の奴なんかやらかしやがったな。


 ピロン


 ん? 誰だ朝っぱらからストメ送ってくる奴は……


【おはよう、朝からこっちゃんの様子が変なんだ。今の見たでしょ? 多分片桐君絡みだと思う。なんか知ってる?】


 あぁ、朝からあんたか日城さん。それにしても……やっぱり早瀬さんも朝から様子が変なのか。てか、あんな顔してたら誰でも気付くよな、普通。


【いや、特には聞いてない。けど、朝から栄人の様子も変だった。心ここにあらずって感じ】

【やっぱり? 私もまだ直接話とか聞けてないから、ちょっと聞いてみる。こっちゃんがあんな感じになるの初めて見たからさ……】


 だろうな。それにしても日城さんも案外優しい所あるのか、まぁこっちゃんって呼んでる位だし、友達が変だったら気になるのは当たり前か。


【それには同意見だな】

【でしょ? だからさ、月城君も片桐君にそれとなく聞いてみてくれない?】


 はっ? なんでだよ、日城さんが仲直りの間を持てばいいじゃねぇか。


【聞くって言っても……】

【お願い。こっちゃんのあんな姿見たくないんだ。それに片桐君と1番仲良いのは月城君でしょ?】


 そうでもないと思うけど……いやいや、ここは当人同士に任せた方が良いんじゃね? 


【俺達が首突っ込まなくても大丈夫なんじゃないか?】


 中学からの仲だろ? ちょっとした痴話喧嘩だって……はっ! 一瞬で体を突き抜けるこの寒気、まさか! それを感じながらゆっくりと視線を上げていく。今の状況に、まさしく症状であろう寒気、その正体が誰なのか大体は予想がついていた。


 あぁ、多分あの人だよな? そうだよな? おもむろにその人が座っている席の方へ視線を向けていくと、その予感は確信へ変わっていく。ぼやけた視界が段々と鮮明になってくるけど、それを待たずとも分かる……その人が俺の方を凝視してるって。


 はっ! やっぱりそうですよね……。

 視界の先、そこで俺を凝視していたのは予想通り日城さんだった。しかも、ただ見ているだけじゃない、明らかにこっちを睨みつけてて、いつも以上に恐ろしく感じる。


 やべぇ、なんかめっちゃ睨んでるんですけど?


 ピロン


 ん? ストメ?


【秘密】


 ひっ、日城さんからだ、秘密? 秘密って……まさか女恐怖症の事か!?


 ピロン


【パンツ】


 はっ! パっパンツって、入学式の時の話か!? おい待て、まさかその事を誰かに言うつもりじゃ? あいつ!


 焦るような気持ちのまま、もう1度日城さんの方を向く、そこで俺を見ていたのは、


 なんつう嫌らしい笑顔してんだ、あいつ……

 わざとらしくニヤニヤした表情を見せつける日城さんだった。

 断ったらバラすよ? いいの? いいの? 言葉に出さなくてなんとなく分かる。その表情からはそんな考えがヒシヒシと伝わってきて、俺の精神を蝕んでいく。


 くそぉ……あの憎たらし笑顔、まるでヨーマを思い出す。さすが同じ新聞部だけの事はあるな。しかし困った……と言っても弱みを握られている以上、従うしか生き残る道はないかぁ。くそぉめんどくせぇ。


【わかったよ。なんとなく聞いてみる】


 不本意だが、こうするしかあるまい。あんまり見てるとムカつきすぎておかしくなりそうだから、もう日城さんの顔は見ない事にしよう。精神がイカれる前にね。


【さすがっ、ありがとう。とりあえず同じ学級委員なんだから、仲良くしないとね】


 なにが同じ学級委員だからだよ、白々しい嘘付きやがって……ったく、まぁ俺も早瀬さんには色々とお世話になってるからな、主にボケ担当のお世話と盛り上げ担当の付添いって部分で。そういう意味でも何とかしたい気はある。


【とりあえず、なにか分かり次第連絡する】


 まぁ、俺にできそうな事位はやるさ。


【ありがとう。よろしくね】


 ふぅ。まさかこんな事に巻き込まれるとはなぁ。断ったら何されるかわかったもんじゃないし……とりあえず本人から話を聞くのが1番だよな。次の休み時間にでも聞くか。




 て事で、休み時間になった訳だが……次は移動教室だから、上手くあいつを誘って一緒に移動するか。


「おい、栄人行こうぜ」

「はぁ……あっ、蓮かちょっと待ってくれ」


 ははっ、分かりやすすぎだろお前。


「お待たせっ! 行こうか」


 ったく、お前もある意味正直な奴だよな。いっつもあんなポジティブ思考だから、なんかあった時の落差が激しすぎんだわ。一目でなんかあったって分かるぞ? クラスの連中だってそんなお前の様子に気を使ってっていうか、なんて声掛けていいか分からなくて困惑してんぞ? まったく、ここまで影響力が有る奴ってもすげぇけどな。生まれ持った天性ってやつか? まぁ、そんな状況俺には関係ないから、ちゃちゃっと探り入れますけどね?


「おい、栄人。早瀬さんとなんかあったのか?」

「はっ! 琴と!? なっ、なんにもないけど?」


 分かりやすぅ。


「あのな、仮にも中学時代からの付き合いだ。お前がいつもと様子が違うのは、登校の時点で感じてた。それに、とどめにあの早瀬さんの反応。言われなくたって分かるだろ」

「はぁ……やっぱりバレてたかぁ。さすが蓮だ」


 いやいや、俺じゃなくても誰でも分かってると思うよ? 原因が早瀬さんだってのが分かってるかは別として、3組の皆は多分分かってるぞ?


「んで? お前何やらかしたの?」

「やらかしたっていうか……」


 なにモジモジシしてんだよ。早く言いなさいよ。


「その……」


 なんだじれったいなぁ……ん? もしかして本当に重い感じの事やらかしたのか!?


「恥ずかしいんだけど、笑わないでくれよ?」

「わかった……」


 恥ずかしい? お前まさか……早瀬さんの前で他の女の事イチャイチャしたとか!? 普通に話す位なら早瀬さんあんなにムスッとする訳ないし! あっ、それともお前早瀬さんの着替え覗いたか!? 待てよ? まさか早瀬さん告白とかされて返事延々と待たせてたとかか!? それは最低だぞ!?


「実はさ……土曜日に琴と買い物行く約束してたんだけど、行けなくてさ。約束破っちゃったんだよね」


 はっ、はぁ? 買い物の約束を……破った?


「ん? 買い物の約束を破った?」


 あっ、あれ? なんか意外と小さくね? 俺の壮大な先読みはなんだったの?


「あぁ、それで琴の奴怒っちゃってさ、おかしいだろ? たかが買い物の約束破ったぐらいであんなに怒って」


 いや……確かにそうかもしれんが、普通は約束破られたら怒るぞ? しかも気になるのが、早瀬さんとあろう優しい心の持ち主、3組の仏の様な人が、1回約束を破った事であんなにも怒るのか? 原因はもしかして違う所にあるんじゃ……


「確かにそうとも考えられるけど……約束を破られたら誰でも怒るだろ。ちなみにそれだけか? 他に何か思い当たる節は? 例えば……実は約束破るのはこれが初めてじゃないんですぅとか」

「あっ……実は……」


 おっ、やっぱり他に思い当たる節が有るんだな? やっぱり早瀬さんが怒るって事は相当な事だぞ?


「買い物の約束破ったの今回だけじゃないんだ」


 えっ? そっち?


「と言うと?」

「実は……これで3回目なんだ」

「3回!?」


 はぁ……こいつ、生粋の馬鹿じゃないか? いやいや、初犯ならお前がさっき言ってた理屈も分かるよ? だがなぁ、それでもそれはない! むしろ、早瀬さんだからこそここまで許してくれてんじゃねぇか。理由がどうであれ、それだったら早瀬さんがあんなに怒るのも分かるし、100%いや、1000%お前が悪い。リアル仏の顔も三度までだわ。


「そっ、そうなんだ。ははっ」


 笑ってんじゃねぇよ! 


 マジかぁ、思ったよりこいつのせいだぞ? これ、日城さんに伝えたらどうなるかな? 詰め寄ってこないか? それより、早瀬さんが日城さんに話してくれてたら話は違ってくると思うんだけど……


 嫌だなぁ、嫌だな。なんでこんなバカイケメン委員長の為に俺が動かなきゃいけねぇんだよぉぉぉ。



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