第38話 頭派?尻尾派?それとも……

 



 ふぅ。今日も何事もなく終わったなぁ。

 何事もなく学校へ来て、何事もなく授業が始まり、何事もなく放課後になる。なんて最高の日なんだろうか。そんな日がここ数日続いているだけで、こんなにも嬉しいものだろうか。


 ここ3日間、ヨーマがいきなり部活休みっ! なんて言うもんだからますます最高だったよ。でも、そんな日も昨日で終わりなんだよなぁ。

 はぁ……行きますか。部活。


 ガチャ


「お疲れ様で……す?」


 ドアを開けた瞬間、漂う嫌な雰囲気。それを感じ取るのにそんなに時間は掛からなかった。


「むー」

「むむむ」


 テーブルを挟んで、ヨーマVS桐生院先輩&日城さん? ちょ、どんな状況? しかも組み合わせレアじゃない? ヨーマと日城さんがいつものパターンなんだけど……


「これだけは譲れないわ」

「僕だって譲れないね。そうだろ? 日城さん」

「もちろんです」


「へぇ、ずいぶん強気じゃない」

「2対1なんだ。多数決でこちらの勝ちだからね」


 おいおい、いつもは笑ってヨーマの話を許容している桐生院先輩が、今日はヨーマに楯ついてるぞ? なんだなんだ? 痴話喧嘩か?


「シロ丁度いい所に来たわ、あんたに聞きたい事がある」

「聞いたって無駄だよ。答えは決まってる」

「そうですよ」

「それはどうかしらね。シロ? いい?」


 なになに? 何なんですか? 部室来て早々、何に巻き込まれようとしてるんですか俺。


「いい!?」

「はっ、はい?」

「あんた……」


 あんた……? なになに? 頼む! まともな事聞いてくれっ!


「たい焼き食べる時、頭と尻尾どっちから食べる?」


 へっ? たい焼き? たい焼き? それをどっちから食べるかだって?


「えっと……」

「早く答えなさい!」


 うわっ、なんでそんなに殺気立ってんだよ。たっ、たい焼きだろ? 俺どっちから食べてたっけ? でも、どちらかというと餡子の入ってる頭から食べて、最後尻尾でさっぱりって食べ方が多いかも。だったら……


「えっと……頭からですかね?」

「よし、ほら見なさい? 尻尾から食べる人なんて早々居ないのよ。あんた達はただ運よく2人揃ってるだけなのよ」

「嘘だろ月城君……」

「ありえない」


 おいっ、なんだその反応! ダメなの? 頭からはダメなんですか!?


「これで決まりね」


 えっ、なんですか? なんで近付いて来るんですか!


「これで2対2の同点よ。全くのイーブンね」


 はぁ? ちょ、ナチュラルに横に立たないでくれます!?


「だけど……」

「えぇ……」


「これだけは譲れないね」

「これだけは譲れないわ」


 うわっ、メチャクチャ火花バチバチじゃんか! なに? どうしたの? 何でそんな事でこんなになってんですかぁ。


「じー」


 はっ! いやいや日城さんは何俺を睨んでんだよ。寒気が止まらないんですけど?


「大体ね、尻尾から食べる意味が分からないわ。頭から食べ初めて餡子の甘さを堪能しつつ、最後に尻尾でサッパリするのが最高じゃない」

「ふっ、甘いね。最初に尻尾のカリカリを味わい、そして徐々に餡子を食べて甘みを感じていく。そのまま最後まで楽しみ、口の中にほのかな甘さを残す……それこそ至高じゃないか」

「さすが采先輩! その通りです!」


 ははっ、同調しやがった……


「ふん、お互い引く気はないみたいね」

「その通りだね」


「だったら……」

「ふっ、決着をつけるには……」


 あぁ……止めません? それ以上言うの止めません? 嫌な予感しかしないんですけど?


「全学年全生徒アンケートよ!」

「全学年全生徒アンケートだ!」


 はぁぁ? マジですか?


「そうこなくっちゃ!」


 おぃ、お前はなんでそんなに乗り気なんだよ!


「決まりね、早速アンケート用紙作ってちょうだい。あと、公平さを保つために各々の個人的感想は一切載せない事。促すような文面も無しよ。あと、ネットやSNSでの情報戦も禁止よ。破った場合はその時点で負けよ? いいかしら?」

「もちろんさ、そんなセコい事しなくたって、結果は変わらないからね。それじゃあ早速作るよ、彩花も確認してくれ」


「わかったわ。恋? シロ? あんた達にはアンケートの回収をお願いするわ。いい? 高等部の生徒と教職員皆が対象よ?」

「もちろんです! 任せてください!」


 あぁ、やっぱりだぁ。嫌な予感的中じゃねぇか。てか、日城さん二つ返事で引き受けてるけど、大体生徒及び教職員ってかなりの人数だぞ? それを回収すんのか? かなり面倒くさいじゃないか……。


「あの……全生徒全教職員ってかなりの人数ですよね? 俺達2人じゃかなり時間が掛かるんじゃ……」


「その辺は大丈夫よ。各クラスの担任の先生に配ってもらうわ、もちろん回収もね。回収の際にクラスの人数分用紙が有るかも確認してもらうし、書いていない生徒が居たらその場で書いてもらう……だからあなた達は放課後に先生方の所に行って回収するだけでいいわ」


 うわっ、なんかめちゃくちゃ用意周到じゃない? そもそも担当の先生方がこんな事に協力してくれるんだろうか?


「担任の先生には後で私が直接お願いに行くわ。だから心配しないで。それに学校側としても面白いと思うしね? 学園内の全ての人達を対象としたアンケートなんて今までなかったもの……」


 あぁ、本当にお願いなんだろうか? なんかヨーマの事だから……いや、何も考えないようにしよう。それにしても、どうしても紙じゃないといけないのか? 今はネット社会なんだから……


「あの……別にアンケート用紙じゃなくても、学生証とか使ってネットでクリック式にした方が楽なんじゃないですかね? 複数回の回答は無しにして。そういう事も桐生院先輩なら出来るんじゃないですか?」


 おぉ、我ながらなんて素晴らしいアイディアなんだろう! 渡すのもだし、回収するのだって明らかに時間かかるの分かるじゃん。ネットなら集計も楽だし、動かなくてもいいしね。


「却下」

「同意見だね」


 はっ、はぁ? なんでだよ! いやいや、あんたらは動かなくていいからそんな事言ってんでしょ?


「なっ、なんでですか?」

「簡単な話よ。それだと友達の学生証使ったりして、人為的に票が獲得できるじゃない」

「誰が出してないかを割り出せるのはいいけど、それをお願いした所で早急に対応してもらえるかは別だからね……だったら直接担任の先生に言ってもらった方が効果はあると思う」


 いやっ、理屈は分かりますけど……アンケートだって代筆とか出来るんじゃないか?


「でも、アンケートだって代筆できるんじゃ……」

「その辺は大丈夫。采のパソコンには筆跡鑑定ソフトが入ってるから、アンケートは全てスキャンするわ。同じ筆跡だったらその時点で分かるし、クラスごとに調べるからそれがどこのクラスなのかも分かる」


 ひっ、筆跡鑑定ソフト? なにそれ、どうやってそんなソフトを? なんか怖っ! そこまでするのか? たかがたい焼きの食べ方で?


「そういう事だから、2人とも頼むわね」

「はい!」


 うわぁ、嫌だぁ。日城さんが乗り気なのもあいまって、最高に嫌だぁ。てかさ、本人が友達の意見に流されて書く状況だって有るんじゃないの? それだったら、筆跡自体は本人の物だし。


「あの……」

「なんなのシロ?」


「すいません。アンケートの事ですけど、やっぱり友達に書いてって頼まれる事はあり得ると思うんですけど……やっぱりダメじゃないですか?」

「まぁ、その可能性はあるわね。けど、今まで言ってきた問題よりは大分確率は低いんじゃない? それにさっき采が言ったけど、アンケートなら回収日を決めて回収できるけど、ネットだと必ず締め切りを守らない人も出てくる。その人達1人1人に声を掛ける方が面倒じゃないかしら?」


 いやいや、確率が低いかどうかは分かんないじゃん。でもまぁ、回収の部分については分かる気がする。


「さぁて、采? アンケート用紙今日中に出来上がるかしら?」

「うん。大丈夫」


「なら、善は急げね。早速明日の朝のホームルームで配ってもらうわ。回収日は明後日、締め切りは早い方が印象に残るしね。2人は明後日の放課後に各担任の先生から用紙を回収してちょうだい。クラスごとよ? 混ぜないように注意しなさい? わかった?」

「はい! わかりました」


 まじかよ? 物事の決まるスピードと実行されるスピードが尋常じゃないよ! なに? 今日決めた事明日実行するって馬鹿なの? てか、桐生院先輩もアンケート用紙今日中に出来るってサラっと言ってんじゃないよ! それに日城さん! あんたこんな展開の速さに良く付いて行けるね? すげぇよ! 感心するよ!


「それじゃあ、私今から校長室行って話してくるから。その後担任の先生方に協力のお願いとアンケート説明するから、その辺は任せといて、じゃあ采頼んだわね」

「はいよー」


「あんた達も頼んだわよ?」

「はい!」

「ワカリマシタ」


 ガチャン


 あぁヨーマが行ってしまった。

 正直俺は忘れかけていたのかもしれない。ヨーマの行動力の高さと、そこに桐生院先輩と日城さんがハマった時の爆発力を。そして鳳瞭ゴシップクラブという新聞部の恐ろしさというものを。



 この時俺は、余りの展開の速さに驚いてばかりだった……だから知る由もなかったんだ、このアンケートを巡って学園内が大変な事になるなんて。



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