第376話 友奈飛鳥2

飛鳥 視点


直ぐに鼻を塞ぎたくなるような鉄の臭い。

間違いない。

これは………血の臭いだ!



「!!」

居住区に人の気配は無かった。

ただ、居住区の壁には一面に赤黒いシミ。

これは時間にして四十八時間前くらいに前に付いたシミ。

それも一人や二人の血ではなく、もっと大人数の飛散した血液。



「……」

スタッスタスタスタッザザッ

ガチャンッウイィーンッ

私は辺りを警戒しながら慎重に進み、先にあったエレベーターに乗り込んだ。

メイン居住区は下層階。

私がそこに向かう理由は只一つ。

そこにはシェルターの中央制御室があり、緊急信号の発信機も中央制御室にあるからだ。


ゴトンッガチャンッ

エレベーターのドアが開き、辺りを警戒しながら中央制御室を目指す。

ピッ

「本部、旧日の出地区シェルター上層階に多量の血痕を確認。現在、生存者は未確認。此れより下層階制御室に向かう」

『飛鳥、待て?!BHC襲撃の可能性が高い。撤退しろ!』

「遺体は確認されてません。また、エレベーター内に血痕はありませんでした。生存者が居る可能性が高いです。任務を継続します」

『待て!飛鳥、あっ、プツン』



「………」

私は強制的に切ったスマホを仕舞うと施設内の通路を進み、居住区手前の制御室に入る。

生存者の可能性がある限り私は決して諦めない。



▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩

ガチャンッ

((待って、待って下さい。まだ外に家族が!ドアを開けて下さい!))

((駄目だ!外にはBHCがいる。奴らはこのシェルターを狙って近くに隠れているんだ。今はシェルターの皆の安全が最優先だ!!))

((そ、そんな?!))

ジジッ

『『飛鳥、大丈夫だ。父さん達は他のシェルターを目指す。逃げきってみせる。お母さんも舞も無事だ。他のシェルターにこれから向かうよ。お前はここで待ってなさい』』

((お父さん?!))

『『飛鳥、少しの辛抱よ。必ず迎えに来るから、ここで待っていて』』

『『お姉ちゃん!』』

((お母さん!舞!))

ジジッジジジジッ

『『……だ?!逃げっ……』』

((え?お父さん!?))

『『舞!逃げ……く』』

((お母さん?!何が起きて?))

『『きゃあああ、お姉ちゃん、助……』』

プツンッ

((あ、え?!舞!!お母さん!?どうしたの!?お父さん!お母さん!舞!返事して!お母さん、お父さん!!!))

プーップーップーップーップーップーッ

((嫌ぁ、お父さん!お母さん!舞!!ドアを、扉を開けて下さい!家族に何か!!))

((駄目だ!個人のせいでシェルター全体を危険に晒せない))

((開けて、開けてよぉ!!お父さん!お母さん!舞!!嫌、嫌、いやぁ━━━━━っ!))

ピカッ

ドカアアーンッ

▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩



……あんな事はもう二度とさせない!

誰も、見捨てさせはしない!



ガタンッ「!」

たった今私が開けようとした制御室のドアの向こう、確かに何かの動きの音。

BHC?!

私は体内のエネルギーを循環するイメージを作り、瞬時の力の発動に備える。

うっすらと纏わりつくオーラを展開。

ESP値を戦闘モードへ。


ピピッ【78・2】

「ESP覚醒値、78・2……」

スマホの測定アプリが私のESP測定値を表示する。

このESP測定アプリは安全装置。

私達、エスパー隊の平時と戦闘レベルを確認出来る唯一の指標だ。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

エスパーチルドレンExtra Sensory Perception Children

いわゆる超能力少年・少女達。

三年前の黒いガス体、通称 ブラックスモッグblack smogが日本を覆った前後、各地の小中に通う子供達の中にESP覚醒する子供が続発してニュースの話題をさらった。

その後、感情の起伏で起きたESP事故は人々の恐怖を呼び、ESP覚醒者は迫害対象となる。

事の重大さを理解したNG(ナショナルガード)は、エスパー養成所なる収容施設を作り、彼らを管理・監督する事に決めた。

事実上の強制収容施設である。

そうした中、新たに発生したBHCによる襲撃事件は瞬く間に全国に波及し、人々はその脅威に恐怖した。

BHC対策と治安維持に頭を痛めたNGは、エスパーチルドレンをBHC対策の主力と位置付け、エスパー隊を編成し日本の救世主部隊として発表した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


エスパー隊が救世主なんて嘘。

混乱した社会秩序を保つ為に、お荷物だった私達を救世主に祭り上げて対BHC主力対策部隊としただけ。

しかも戦闘覚醒値50以上がある子供は私を含め数人しか居ない。

後の殆どは一般市民と同じ程度のエスパー値。

なのにNGは、そういった非戦闘員の子達も無理やり部隊に編入した。

そこには最初から私達を厄介払いする思惑が見え隠れする。

「まったく、NGには反吐が出る……」


とは云え、非戦闘員である低ESP値のあの子達がBHCとの戦闘に駆り出されるのを防ぐには、私達、戦闘ESP値獲得者がより多くの任務を肩代わりするしかないのだ。




ザザッ

私は臨戦態勢で音のした制御室から数メートルの距離を取る。

相手がBHCなら中で待ち伏せくらいはやるだろう。

奴らは対人戦並みに戦い方が狡猾だ。

外見的見方で挑むのは余りに無謀というものだろう。

「…………」


暫く待ったが相手に動きが見られない。

私はBHCが飛び出して来なかったので、側面に回り込み慎重にドアノブを回す。

ドアは元々施錠されていたが先ほどテレキネシスで解除済み。

取り敢えずドアを開くしかない。


カチャッ

私は胸ホルダーから拳銃を取り出すと、サイコキネシスで制御室のドアを動かし開けていく。


キギッバタンッ

「!?」

ドアは開いたが中は静かだ。

私は警戒しつつ中を覗き込む。


ピーッピーッピーッピーッピーッピーッピーッピーッ

中には何も居ない?

制御盤のモニターは赤く点滅している。

これは緊急信号の発信を示しており、スイッチが入力されたままになっている様子。


カチッ

私は緊急信号のスイッチを切り辺りを見回した。

床は散乱する様々な書類。

その殆どはシェルターにいた住民の個人情報だ。

「誰もいない?」

私はもう一度辺りを見回した。

だが、生存者の姿は見当たらない。


シュッ

「?!」

今、何かが足元で動いた?

何か小さな反応を感じる。

これは??


ササッシュッ

「!!」

「フーッ!」

猫!

足元を過ったのは猫だった。

それも首輪付きの三毛猫。


「さっきの気配はアナタだったのね?」

「ニャーッニャーッフー!」

私はしゃがんで機材の間に入りこんだ三毛猫に手を伸ばした。

三毛猫は威嚇して私の呼び掛けに応えず奥から出て来ようとしない。

かなり怯えているようだ。


「アナタのご主人は何処にいるの?コッチにおいで」

「…………………」

私の問に猫が喋れるわけもない。

だけど三毛猫は、怯えながらも私から視線を離して別の方向を見たままだ。

そちらに何かある?


「!!」

私がしゃがんだ姿勢のまま猫の視線の先を見ると、そこにあるのは小さなダクト。

フタが開いた穴の奥、小さな手が猫を呼んでいた。



◆◇◇◇






ピッ

「本部、生存者1名を発見しました。これより救出作戦に移行、安全圏に離脱します」

『了解した。収容隊員を向かわせる。飛鳥はその場に待機してくれ』

「了解です。まだ他に生存者が居るかも知れません。引き続き捜索を継続します」ピッ


私はスマホを仕舞うと、再びしゃがんで猫を抱く彼女の目線に合わせる。

「あさかさぎりちゃんっていうんだ。もう喋れるかな?」

ブンブンブン

「駄目かぁ。お姉さん、困っちゃうなぁ」

「……………」


園児服のままの彼女。

年齢は4歳くらい、年中さんになるのかな。

出会ったばかりは警戒されてダクトから中々出てきてくれなかったけど、携帯してた水とパンを出したら手に取ってくれた。

かなりお腹が空いていたようだ。


名前が分かったのは胸に下がる名札のお陰。

保護出来たのは幸いだけど未だ彼女とは会話が成立しない。

首振りなどのゼスチャーは出来るので一方通行ではないけれど……。

とにかく彼女から情報を得るのは難しそう。

親御さんの消息も気になるし、まだ奥の居住区の捜索が出来てない。

さぎりちゃんには申し訳ないけど、もう少し制御室に居て貰おう。

「ニャーッ」

「貴女の猫?可愛いね」

「……………」

「お姉さん、もう少し先の居住区の捜索をしないといけないの。ここで待ってられるかな?」

「…………………」


私の言葉に彼女は俯いたまま返事をしない。

だけど居住区の捜索は優先事項、さぎりちゃんには悪いけど少しの間、待っていて貰おう。

「………じゃあ猫ちゃんにお留守頼もう。猫ちゃん、さぎりちゃんをお願いね」

「ニャー」

私は留守番の話を猫に振ると、立ち上がってドアに向かう。

制御室は密室でドアには鍵がかかっていた。

恐らく彼女の保護者が緊急事態に彼女をこの部屋に隠したのだ。

問題はその緊急事態が何だったのか。


ギュッ

「?!、さぎりちゃん?」

「……………」

「ニャーッ」

突然、さぎりちゃんは猫を手放し私の左足に抱きついていた。

目を潤ませて見上げている。

無言だが行くなと訴えているのだ。

どうしよう……




「さぎりちゃん、お留守駄目?」

ブンブンブンッ

「駄目かぁ…………」

「ニャーッ」

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