「誰そ彼に海は泣く」 微糖

@Talkstand_bungeibu

第1話

 妹の子守りにスライム作りに行かされた。子ども科学館、という場所だ。出来上がったスライムは5日間溜め込んだ精子みたいな触り心地だった。


 曇り空に向けて紫色の煙を吐き出した。私は友達との会話を思い出していた。

(なぁ、この話知ってる?今ネットで流行ってる話なんだけどー)

(え、なになに?)

(本当にあった話らしいんだけど、道端である女の人が歩いてて、ナンパしたらしいんだけど、そいつ顔がないらしいんだよ。で、家に帰ってきて家族に話そうとしたらその家族も顔がなくなってたんだって!)

(うわ、ちょーこわいねー)

 屋上のフェンスの向こう側では運動部が校庭を回っている。私はその話を思い出した。友人は知らないかもしれないが、昔からある「のっぺらぼう」の設定を現代に変えただけだ。そういうこともできたが、しなかった。なぜだかは分からない。

 なんでその話が妙に心に残ったんだろう。私は灰色の空の間に見える空を眺めた。


 図書館で借りてきた本をぱらぱらとめくる。図書室の本は使わない。市立図書館で借りている。図書室に入り浸ってるやつ、と思われたくなかった。

 作品は優秀な学生だったが、周囲のプレッシャーに押しつぶされ、酒を飲んで自殺するという話だった。私は優秀な学生とは言えないけど、憂鬱な気分は同じだった。今から百年前に自分と同じ気分の人がいて、少しの間生きそして死んだ、ということがわかるだけでも小説は偉大だ。


 ブレザーの内ポケットに脇腹へ当たるものがある。バッタの死骸だ。小学校、いやそれより前からだったろうか。虫を捕まえて、そして殺す。そんな遊びをしていた人は珍しくないかもしれないが、私はまだ続いていた。

 よくカブトムシが死んだから電池を交換してほしい、と言ったという子供の話題が出る時があるがまさにそれだ。残酷だったり、命の重さというものが掴みきれないまま今の歳になってしまった。結果私はこの悪癖に取り憑かれている。

 異常な事も分かっているから、友達や家族にももちろん話せない。が、この癖に取り憑かれてしまっている。普段は嫌っている、薄っぺらい感覚が合わないと思っているやつらですら、この癖に取り憑かれているときにはすがりたいと思えてしまう。

よるべない。


「こんな所にいたんだ、探したよ?」

 ツーブロックの男が近づいている。タバコの火を床で消し、手のひらに隠す。便宜上(というのか?)私の恋人ということになっている。

 バスケ部で比較的顔も良く、優しい彼に告白された時は戸惑った。そして諸々考えた末、OKと言った。理由はめんどくさかったからだ。ステータスが高い彼を振ると、自分の価値が周りと違うと思われてしまう。だから付き合って4ヶ月になるが、つくづく自分と合わない事が分かった。

 自分とは鍵穴が合わないのだ。話す度に悲しい気持ちが膨らむ。一人でいるよりも孤独に感じる。

 確かに優しいかもしれない。だが私に優しいならコンビニの店員だって私に優しい。ヨーグルトを買ったらスプーンをつけてくれる。

 整った横顔を見ながらこんなことを考えるのはおかしいだろうか?


 彼氏に途中まで送ってもらい、頭痛がすると言い訳して逆方向の電車に乗った。家まで届けると言って聞かなかったが機嫌の悪い風を装ったら素直に引き下がった。

 港町は、ここらで唯一都会と言っていいような場所だ。おしゃれな街並みに飲み屋街、観覧車まである。

煌びやかだが灰色が色濃くのしかかる空と海を眺めた。海は不定形の形をしていた。


子供の時に雲を見て、あれは犬みたい。あれはハートマーク。と名付けてたことを思い出す。

人間にはパレイドリアという心理現象があると、なにかで見たことがある。視覚や聴覚の刺激をこれまでのパターンを思い浮かべるということらしい。簡単に言えば3つの点を見て顔のように見えるということのようだった。

 夜に人が星を見上げ、星と星を繋いで星座を作ったのもそんなことが原因かもしれない。

 形がないものは優しい。それは恋人へ向かってする優しさとは違う。ありとあらゆるイメージを送り、それを自由に解釈していいという優しさだ。

 変化する波の形を私はずっと見ていた。

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