レイラさん、降臨6
南門、俺達が入ってきた北門の反対の位置の門から街を出て、少し歩くと草原が広がっていた。緑色の鮮やかな草がさらさらと風に揺られる見晴らしのいい原っぱ。そこからさらに進むと森の入り口が見える。薬効植物ゴールドクレセントがよく生えているというポイントだ。
他の草より背が高く、青い花を咲かせているゴールドクレセントは目立って見つけやすい。点々と生えているそれを根っこから慎重に引き抜く。葉や花は先に言った通り鎮痛剤や麻酔薬の材料に、根は滋養強壮の薬になるのだ。植物を傷つけないように抜いたら白衣のポケットへ、それを何度も繰り返していく。
「せっかくだ。他の薬効植物も採取しておくか」
見た目や能力だけでなく、性格までレイラと融合してしまったらしい。ゲーム内で見たアイテムとはいえ植物を採取して頭に浮かんだことは、この植物からどう効率的に薬効成分を抽出して効果の高い薬を作り出そうかといったことだった。少なくとも前までの俺だったら植物を見てそんなことは思わなかった。そもそも植物に興味すら湧かなかっただろう。だけどレイラとなった俺の心には研究したいという欲が常にある。そんなに研究好きなキャラだったっけかな。
そんな理由もあり、研究の材料が欲しくなった俺は依頼のゴールドクレセント以外にも植物を集めることにした。ヨモギのようなギザギザの葉っぱをたくさんつけ、黄色い小花を咲かせる植物、ワームロット。雑草に紛れてやや分かりにくいが周りより少し背が低い緑色の植物、ラゴノン。小さいザクロのような赤い実をつけた、葉が八方向に広がった植物、シキ。などなど草原に見える知識のある植物は片っ端から採取した。
「…森の方にも行ってみるか」
もう依頼には充分な量のゴールドクレセントを採取した頃、森の入り口近くに来ていたので入ってみることにした。森というのは生物資源の宝庫、レイラからしてみれば宝の山である。非常に興味がひかれたのだ。
入ってみると案の定、多種多様な植物が自生していた。成分を抽出すれば薬になるもの、用法を誤れば毒となる危険なもの、料理のちょっとしたスパイスになる便利なものなど、心ゆくままに採集を楽しむ。
「フィー」
「ん?」
木漏れ日を浴びながら、木の根元に生えた白いキノコを採集していると、小さな動物の鳴き声が聞こえた。顔を上げると木の影からウサギが顔を出してこちらをじっと見ていた。普通のウサギではない。サイズは通常のウサギと変わらないが、全身の毛が黄色く、目が赤い。そして額に真っ黒い螺旋状の一本角を携えている。魔物か。
そのウサギはヒクヒクと鼻を動かし俺の方へ近寄ってくる。
「あっ、こら」
「フィー♪」
ウサギは俺の白衣のポケットに顔を突っ込んで、さっき採取したクロキャロットをくわえて出てきた。その名の通り黒い色をしたニンジンの形のその植物は、鎮静剤の薬になる他、他の薬効植物と調合することで食欲を刺激する匂いを発する薬となり、こいつのような動物をおびき寄せることができる。
俺から盗った戦利品を自慢げに見せつけたそいつは上機嫌にクロキャロットを食べ始めた。実際に栄養価の高い植物でもあるのでさぞ美味しいだろうよ。
「フィッ、フィッ」
「何だよ、もうやらねぇぞ」
俺が歩き始めるとそいつはトテトテとついて来た。なんだか知らないが懐かれてしまったようだ。追い返そうと思って手のひらをウサギの前にやると、そいつは俺の腕を上ってきて肩の上に乗っかった。フィーと嬉しそうに鳴いてスリスリと俺の頬に顔を擦りつける。
「…仕方ないな、一緒に来るか?」
「フィー♪」
ここまで懐いた動物を追い返す程俺は鬼じゃない。可愛さに屈して一緒に連れていくことにした。人差し指で額を撫でてやるとこれまた嬉しそうに鳴く。くっ、可愛い…。
「となると名前がいるな。何にしようか…」
「フィ?」
「…”ヒューイ”だ。よし、お前の名前はヒューイだぞ。分かったか?」
「フィー♪」
高校時代英語の時間に見た、とあるSFの洋画に出てくる作業ロボットから拝借した。俺の後をちょこちょことついて来る姿が似ていたものだからぴったりだと思った。あと鳴き声も似てる。
こいつがオスなのかメスなのか分からないけど、どっちであっても通用するネーミングだというのもポイントだ。本人も気に入ったようで、上機嫌に鳴いてまた俺の頬に擦り寄ってきた。
ヒューイを肩に乗せて森の中を歩く。元々この薬草採取の依頼は、街周辺の環境を知る目的で受けたものだから、せっかく入ったこの森もある程度歩き回ろうと思ったのだ。あてもなくウロウロしていると、ふとしてヒューイが俺の肩から飛び降りた。
「ヒューイ? どうした?」
「フィー」
辺りを見回したヒューイはぴょこぴょこと森の奥へ走っていく。何かを見つけたのか。
ある程度進むとこちらを振り返って止まった。俺がそちらへ向かうとまた走り出す。どこかへ連れて行こうとしているようだ。気になった俺は素直について行くことにする。
「おー…これは」
ヒューイについて来てガサガサと草むらを抜けると、木が密集しておらず、森の中の開けた場所に出た。木が少ないその場所は日の光を遮るものがなく、森の中だというのに明るい。
そしてそこに建っているものを見て俺は感嘆の声を上げた。まさに森の中の魔女の家というような、レンガでできた家だ。
一人用の家というにはやや大きい、屋敷の一歩手前のようなその家は、長年誰も使っていなかったのか緑のつるに覆われている。オレンジ色の屋根に白い壁、茶色い煙突まで付いているオシャレなデザインだ。その家の隣には、増設でもされたかのように茶色いレンガ造りのドーム型の建物がくっついている。
また、庭も広く、雑草だらけで荒れ果てているが何かを育てていたであろう畑の跡があり、家と同じように緑に覆われているが井戸もある。森という秘境の中にあるその空き家は、今の俺にぴったり過ぎる優良物件だ。
「フィッ、フィー!」
玄関の木の扉の前でヒューイが呼んでいる。俺が近づくとその小さな手でポンと扉を叩いた。
「この家、オレが住んでいいのか?」
「フィー♪」
クロキャロットをあげたお礼のつもりだろうか。そうだと言わんばかりにヒューイが鳴く。ウサギにニンジンをあげたら家を貰った。浦島太郎とか鶴の恩返しとか、昔話にありそうな話だな。
玄関の扉を押して開ける。つるが絡まってきて少々苦労したが、ギィーッという音を立ててゆっくり開いた。
長い間誰も住んでいないだけあって中は見事に埃まみれだった。扉を開けたことで外の空気が入り込み、溜まった埃が舞う。ヒューイがぷしゅんっ、とくしゃみをした。
汚れてはいるものの、テーブルがあったり暖炉があったりキッチンがあったりと住むのに必要なものは一通り揃っていた。井戸から水を汲んでくる必要はあるがトイレもあるし、風呂だってあった。寝室へ行くと寝心地の良さそうなベッドだってあるし、たくさんの本が並べられた書斎もある。至れり尽くせりだ。
家の中は見て回ったので、今度は外から見えた茶色いドーム型の建物の方へ移動してみる。書斎の奥の扉から行くことができた。
この家は昔本当に魔女でも住んでいたのだろうか。そこはキラキラと光る鉱石の結晶や、杖や箒といった魔法使いが使いそうな道具、フラスコやビーカーといった実験用具など、怪しげなものがあちこちにある部屋だった。戸棚を開けてみると、フラスコに入れられた薬品が所狭しと並んでいる。といっても長い年月の経過でどの薬も色が真っ黒に変色しているが。
見回ってみて、俺はこの家をかなり気に入った。生活するのに充分過ぎるほどものが整っているし、研究するための実験室まである。森の中にあるというのもいい。幻影魔法をずっとかけているのも面倒なので、家の中でくらいはゆっくりしたかったのだ。悠々自適に暮らせて冒険者をしながら研究もできる。こんなに俺にぴったりな家は他にないだろう。
「ありがとな、ヒューイ。ありがたく使わせてもらうよ」
「フィー♪」
俺はお礼の意味を込めてヒューイを胸に抱き上げた。ヒューイは嬉しそうに目を細める。愛い奴め。
「さて、そうと決まれば掃除だな」
「フィッ!」
家の中の埃は全部掃き出して布団なども洗濯するとして、家に絡みついているつるは見苦しくない程度に取っ払ってある程度残すことにした。グリーンカーテンというやつだ。
荒れ放題になっている庭だが、ここの掃除はあまり手間取らない。何せ
「そーれっと」
庭に魔力を流す。すると庭や畑、井戸まで生え放題だった雑草がすべて刈られ、ふかふかの芝生が生えてきた。井戸や畑の雑草も綺麗になくなり、どこかの別荘かと見違えるほどの庭になる。興が乗ったのでここへ来る時に抜けてきた草むらも整地して、地面から樹木を生やしてゲートを作る。ポツポツと白くて小さな花が咲いた樹木のゲートは我ながら庭園の入り口のようでいい出来だ。
「次は井戸の消毒か」
絡みついていた植物を取り除いて綺麗になったとはいえ長年放置されていた井戸だ。どんな微生物が繁殖しているか分からない。この身体に毒というものはあまり効かないが、気分的に日常的に水を溜めて使うことになる井戸は綺麗にしておきたい。
「んべ……」
白衣のポケットから空の試験管を取り出し、その中へ、舌を伝わせて唾液を入れる。ある程度溜まったら、人差し指からマッチの火程度の炎を出し、軽く底を炙る。すると唾液はコポコポと炭酸水のような泡を発生させる液体に変わった。上手く活性化したようだ。
ゲーム内で医療関係の研究をしていたレイラは、その過程で数種の微生物に寄生されることになってしまった。その微生物はレイラの体内で水と養分をもらいながら毒を生成するという危険な代物で、レイラの身体に毒が効かないのは彼らのおかげであるとも言える。普段から毒に侵されているようなものだからな。
レイラが普段吸っているタバコは彼らの毒生成を制御するためにレイラ自身が作ったものだ。生成される数種の毒を抑える薬であり、彼らに必要十分な栄養を与えて働きを鈍らせる効果もあり、さらにはタバコらしく精神安定作用もある優れものだ。
今回の場合はその彼らが役に立つ。今出した唾液には繁殖した微生物の子供達が含まれている。タバコによって働きを制御し、共生関係にあることから俺の意思で唾液に含ませることができるのだ。今出した微生物は生き物の細胞膜にあるリン脂質を溶かし、細胞を喰らうという恐ろしいもの。そいつらが入った唾液を井戸の中に落とす。これで井戸内の消毒は彼らがやってくれるというわけだ。ちょうど井戸全部の消毒が終わる頃に役目を終えて死んでしまうことだろう。非常に便利。
「ヒューイ、川に水を汲みに行くぞ」
「フィーッ」
桶を持って芝生で寝転んで遊んでいたヒューイを呼ぶ。さっき植物採集のために歩き回っていた時に見つけたのだが、この近くに森の中を流れる小川があるのだ。樹木や倒木、花、苔がある中を流れるキラキラとした透明度の高い水は何とも幻想的だった。水を汲むにはちょうどいい。
小川に行って、桶に水を汲んだ。ヒューイはちろちろと舌を出して川の水を飲み、満足するとまた俺の肩に乗ってきた。家に戻ると井戸の消毒は終わっていた。あいつらは反応性が極めて高いし、共生している俺には彼らの生死が感じ取れるから分かるのだ。綺麗になった井戸に小川の水を入れた。十分溜めるにはまだまだかかりそうだ。雨でも降れば溜まってくれるんだがな。何回か家と小川を往復して水を溜めた。
その後は家の中の掃除だ。庭の時のように魔法で楽をすることができないから大変だった。まず溜めた井戸の水を使って布団を洗って庭に干す。洗剤は早速家の実験室を使わせてもらって採取した植物から調合した。
次に箒を使って埃を掃いて、濡れ雑巾で家中を拭く。書斎の本とか叩いたら煙幕かと思うほど埃が出てきてびっくりした。ここまで本気で掃除をするなんて前世も含めてやったことがなかったな。
時間をかけてピカピカに磨き上げてキッチンや暖炉、風呂、トイレが破損なく使用できることを確認。すべてやり終えた時にはすっかり夕方になっていた。
「おっと、そういえば薬草採取の依頼中だったな。街へ戻るか」
「フィー」
帰りが遅いとルネス辺りが心配しているかもしれない。俺はヒューイを肩に乗せて街に向けて歩き出した。
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