レイラさん、降臨5












 さあ、冒険者ギルドにやって来た。正面に剣と盾を組み合わせたデザインのエンブレムが描かれた看板が取り付けられている大きな建物だ。周辺はやはり鎧を着てたり武器を持った冒険者達で賑わっており、ギルドの周りにはポーションなどを売っている薬屋や、武器屋の出張店がある。


 正面の木の扉を押して開き、中へ入る。クエストの依頼書が貼られている依頼板や、食事を提供してくれる食堂にテーブル、そして奥に受付カウンターと凡そ俺達ゲーマーが想像するファンタジー世界のギルドといった内装だ。中も冒険者達で賑わっていて、テーブルで酒や食べ物を飲み食いして騒いでいる人もいれば、依頼板の前をウロウロして受ける仕事を探している人、一緒にクエストに行く仲間をギルド内で探している人もいた。皆それぞれ大剣や太刀、弓、杖といった思い思いの武器をぶら下げている。


 うん、如何にも冒険者ギルドって感じだ。少々騒がしいけどこういう空気は嫌いじゃない。


「おい、誰だあれ」

「さあ、見かけない奴だな。新入りか?」

「ねぇ見て! あの人すごい綺麗!」

「エルフ族か? 珍しいな」

「着てる服も見たことないわ。魔導士か治療士なのかしら」


 よそ者の登場に皆俺を注目していた。あちこちから俺に関する話し声が聞こえてくる。綺麗だとか可愛いだとか、俺が長年時間を費やして育てたレイラを褒められると素直に嬉しい。注目の視線を浴びながらギルド内を歩く。


「あ! レイラさん!」


 受付カウンターから声をかけられた。見るとカウンターの受付嬢の位置に座ったルネスがこちらに手を振っていた。そのルネスは、緑と白を基調としたメイド服のような制服を着ている。俺は彼女のいるカウンターの前に立った。


「ルネス、お前の仕事ってもしかして…」


「はい! ちょうどギルドの人手が足りなかったようで、ここで働かせてもらえることになりました!」


「そうか、良かったな」


「はい! 仕事が落ち着いたら村へ弟を迎えに行くつもりです!」


 俺とルネスが話していると、ギルドの奥の部屋から女性が出てきて俺達に声をかけた。


「ルネス、仕事中のお喋りは感心しないわよ」


「あっ、ごめんなさいスタリア先輩」


 明るい茶髪をポニーテールにまとめた女性だ。背はルネスより少し高いくらい、優し気なタレ目の女性でその水色の瞳から穏やかな雰囲気を感じ取れる。受付嬢の先輩らしく、彼女もルネスと同じ制服を着こなしている。


「貴女がルネスが言っていたレイラさんね。街に一緒に来てくれたんだって?」


「まあ成り行きでな」


「山賊からも助けてくれたそうじゃない。ありがとね」


 そう言ってスタリアは優しく笑う。ぽわぽわとしたルネスと相性が良さそうないい先輩だ。


「礼には及ばないさ。オレが勝手にやったことだ」


「…綺麗で優しくて格好いい、ルネスが言った通りのお姉ちゃんね」


「ちょ、ちょっと先輩っ!」


 スタリアが俺をお姉ちゃんと呼んだことでルネスがわたわたして慌てる。こいつ、人前で恥ずかしいとか言っておきながらもう話したのか。まぁスタリアの穏やかな雰囲気にあてられたら思わずぽろっと話してしまいそうではあるが。

 俺がジト目でルネスを見ると、顔を赤くして俯いてしまった。それを見てスタリアがクスクスと笑う。あぁ、これからルネスはスタリアにいじられてからかわれることになるんだろうなぁ。


「こ、こほんっ。レイラさん、ご用件は何ですか?」


 仕切り直そうと咳払いして仕事に戻るルネスだが、その頬はまだ赤い。仕事を頑張ろうとしてる彼女のためにツッコまないでおこう。


「オレも仕事が欲しいからな。冒険者登録をお願いしたい」


「はい、承知しました。先輩」


「はい、では私が手続きを行いますね」


 まだ受付嬢見習いのルネスはこういった事務手続きはできないようだ。俺の仕事をきりっとした仕事モードに切り替えたスタリアが引き継ぎ、その横でルネスはスタリアの仕事を見て覚えようとしている。


「まず冒険者の注意事項をお話しさせていただきます」


 そこからスタリアが話してくれた内容は、このギルドで冒険者をする上での心構え的なものだ。普通に利用していれば気にすることはない。

 冒険者同士のいざこざにギルドは一切責任を持たない、ただし、殺人を行った場合は警備隊に引き渡すなどを処置をとる。クエスト中の怪我や生死についても自己責任とする。違反行為を行った冒険者は、場合によっては冒険者としての権利をすべて剥奪することもある。大体こんな感じの内容だ。

 また、冒険者のランクについても説明してくれた。

 ギルドへの貢献度や実力などを評価してポイントを加算していき、一定以上になると次のランクへ昇格する仕組みらしい。ランクは下からE~Sまでの6段階、ランクによって受注できるクエストも変わってくる。


 他にも諸処の細かい説明を受けて同意すると手続きの方へ移った。


「ではレイラさん、登録料として300ルラいただきます」


「……え」


「はい?」


 そして俺は思わず固まった。

 まずい…金なんてまったく持ってないから登録料を払えない。まいったな。


「…レイラさん、もしかしてお金を持っていませんか?」


「…お恥ずかしながら、な。一文無しだ」


 こうなったら何か手持ちのものを買い取ってもらうしかないか。何か良さそうなものを持っていただろうか。

 換金できそうなものを探して白衣のポケットを漁ってみる。ふと良さそうなものを見つけた。


「スタリア、これを買い取ってもらうことはできないか?」


 俺はそれを取り出し、コトリとカウンターテーブルに置いた。手のひらくらいの小さな瓶に入った青色の液体だ。

 『セクト・ストーリー』にて、レイラが戦場で傷ついた仲間を治療する際に使用していた回復薬だ。煮沸消毒した水と抽出した薬効植物の成分を混ぜ合わせて作っている。簡単に調合できるがその効果は高く、多少の怪我ならすぐに治して戦線復帰することができる。


「レイラさん、これは?」


「オレが作った回復薬だ。効果のほどは保証する。戦いの多い冒険者に役立つだろうさ」


「えっ! レイラさんポーションを作れるんですか!?」


 俺の言葉に驚いたスタリアが、落ち着いた彼女らしくもなく大声を上げた。それだけでなく、カウンターから乗り出して俺に顔を詰め寄っている。そのスタリアの反応にギルド内の人達がこっちを注目した。ハッと我に返ったスタリアは「すみません…」と小さく呟いて、恥ずかしそうにすすっと席に戻る。


「本職は研究だからな、むしろこういったものを作るのが得意だ。冒険者ギルドでは買い取れないか?」


 この街には医療ギルドがあった。もしかしたらこういう薬系のものはあちらでしか買い取ってくれないのかもしれない。


「いえ、ポーションの買取は冒険者ギルドでも可能です。しかし、医療ギルドに登録されていないポーションにつきましてはこちらで効果や安全性を確かめる必要が生じますのでその分の手数料をいただきます」


 なるほどな、医療ギルドに認可されたポーションなら効果も安全性も立証されているから皆も安心して使えるが、そうでないものはいちいち確認しなければならないわけか。冒険者の命が掛かったことだから納得できる話だ。

 加えて言うと、その確認の過程があるから換金には時間がかかるらしい。つまり売ることはできても今すぐお金をもらうことはできないということだ。


「あの、もし本当にポーションを作れるのでしたら医療ギルドに薬師として登録された方がいいと思いますよ。あちらで登録されればポーションの確認の手間がかかりませんし、手数料も払う必要がありません」


 スタリアがそう提案してきた。俺は少し考えて、タバコを口から離して煙をふーっと吹きながら答える。


「…いや、オレは冒険者でいい」


「いいのですか?」


「ああ、このギルドの雰囲気が気に入ったんだ。働くなら冒険者がいい。それにオレは戦えないわけじゃないからな。こっちの方が役に立てると思う」


 医療ギルドには入ったことないから完全に偏見になるのだが、行ってみた時に何となく堅苦しい印象を受けた。ひたすら研究室に籠って薬を作ったり、治療室で患者を診たり、後は作った薬を売る…。ひたすらそれを繰り返しているように見えたのだ。

 もちろん街のために医療ギルドは必要なのだろうが俺の性に合いそうにない。研究もいいけど、せっかく見知らぬ世界に来たのだから冒険したいし、のんびり暮らしたいという気持ちがあった。

それに、俺は悪魔族だから人間より身体能力が高い。戦闘についてもそれなりに役立つはずだ。


 とはいっても、回復薬は買い取ってもらえることになったが登録料の問題は解決していない。どうしたものか。


「登録料は後払いにすることもできますよ」


「後払い?」


「はい、今はお支払いされなくても大丈夫ですから、レイラさんが冒険者となり、依頼を達成した時にその報酬から天引きさせていただきます」


「おー、そういうことができるなら是非頼む」


「フフッ、ではそのように進めますね」


スタリアはA4くらいの紙を俺に差し出した。


「こちらに必要事項を記入してください」


カウンターのペン立てから羽ペンを取って用紙を記入していく。羽ペンなんてお洒落なものを使うのは初めてで地味に感動する。

一通り書き終えてスタリアに手渡す。


「はい、確認いたします…………ね?」


今度はその用紙に目を通したスタリアが固まった。首を上下に素早く振って用紙の俺の顔を確認している。


「? どうした?」


「……………男の方なんですか?」


あ~、性別欄の"男"の記載が信じられなかったわけか。横のルネスが、分かる分かる、と頷いていて、スタリアは俺の顔のみならず身体もじろじろと見つめている。


「ああ、そう書いたろ?」


「そんなっ……信じられない……! こんなに綺麗な人が男……!? 腰も細い、足だってこんなに長いっ…! なのに、男っ……!? 」


スタリアはわなわなと震えて悲痛の声を上げると両手で顔を覆って俯いてしまった。その背中をルネスがポンポンと叩いて励ましている。

さっきと違って大声を出したわけじゃないけど、相当ショックみたいだな。  

レイラの造形は俺がこだわりにこだわり抜いて、なんなら比率まで計算して作ったものだから、我ながら悪魔的な美しさと自信を持って言えるが、男。本物の女性からしたらあってはならない存在ということか。


「あ~、手続きを進めてもらっていいか?」


「……はい、手続きはこれで終わりです。こちらがライセンスカードになります 」


元気がなくなってしまったスタリアから一枚のカードを受け取る。免許証くらいの大きさで、ギルドのエンブレムと俺の名前が刻まれた白いカードだ。


「それに血を一滴垂らしてください。カードに刻まれた魔方陣が貴方の情報を記録し、ギルド所属の冒険者であることを証明してくれます」


「なるほどな」


 右手の親指をガリッと噛み、その傷口からポタポタと血をカードに垂らす。するとカードにぼわっと丸い形の魔法陣が浮かび上がって淡く光り、消えた。


「はい、登録完了しました。今後はこのカードを持ち歩き、身分証明の際に提示するようにしてください」


「分かった」


 できたカードを白衣のポケットに仕舞う。


「また、カードの色が冒険者のランクを表しています。Eランクの白色から始まり、Dランクが黄色、Cランクが赤、Bランクが青、Aランクが紫、Sランクが黒です」


「了解だ」


 さて、登録も済んだことだし、早速クエストに向かうか。

 俺はスタリアに礼を言って依頼板の前に向かう。何を受けようか…。


「やぁ、君。登録は終わったかい?」


「ん?」


 茶色い短髪の、軽薄そうな男が話しかけてきた。他の冒険者と比べて軽装で、背中に弓を背負った男だ。


「どのクエストを受けるか悩んでるんだろ? 良かったらこの俺、ガイルが教えるぜ」


「そうか、オレはレイラだ。よろしく頼む」


 ガイルは依頼板に貼られているクエストの種類を教えてくれた。大きく分けて3種類。下級、上級、そしてS級だ。

 下級がEとDランクが受けられるクエスト、上級がCとBとAランクが受けるクエスト、S級がAとSランクだけが受けられる最上位クエストだという。当然ながら下級が比較的簡単な依頼で、S級になると成功率も低い難易度の高い依頼になる。


「なるほどな、参考になった」


「いいってことよ。初めての仕事ならこの薬草採取のクエストをお勧めするぜ。採ってくる薬草の種類さえ間違えなければ一番簡単なクエストだし、冒険者ならまず周辺の環境を把握しておかなきゃな。これなら歩き回って覚えられる」


「そうか、ではそうさせてもらうか。ありがとう、頼りになるな先輩」


「なに、可愛い後輩が困ってたら手を差し伸べるのは当然だろ」


 パチンとウィンクするガイル。これは後輩を助けるという善意半分、もう半分は俺を女と見て好意を持ってもらおうという下心といったところだな。俺が男だというスタリアとの会話は聞こえていなかったらしい。今ここで訂正して騒がれるのも面倒なので誤解させたままでいく。レイラさんは美形だからね、仕方ないね。


 ガイルに紹介してもらった薬草採取の依頼書を持って再び受付カウンターに戻る。


「この仕事を受けたいんだが」


「はい、薬草”ゴールドクレセント”の採取依頼ですね」


「……ゴールドクレセント?」


 依頼対象の薬草の名前を俺は思わず聞き返した。その名には聞き覚えがあったのだ。


「? はい、そうですけど」


「その植物は、背が高くて淡い青色の花を咲かせる植物であってるか?」


「はい、そうですよ。街近くの草原や森に自生しています。できる限り採ってきてください。その量に応じて報酬をお支払いします」


 どうやらその植物は、俺が知っているものと同じのようだ。

 ゴールドクレセントは『セクト・ストーリー』に登場した薬効植物のアイテムだ。草原や森のマップによく生えていて、採取しておくと後で麻酔薬や鎮痛剤の材料になる。魔王軍の医療班で、研究者でもあったレイラはよく目にする機会もあって、薬の調合に重宝していた。何なら植物魔法でその辺の地面から発芽させて栽培することもできる。

 念のため、他の種類の薬効植物も知りたいとスタリアに伝えたところ、ギルドが所有している植物図鑑を見せてくれた。パラパラと眺めると、ゲームで見知った薬効植物達がいくつも見つかる。さすがにまったく同じというわけではなく、少し色や形が違っていたり名前が変わっているものもあったが、十分見分けられるレベル。何の因果かこの世界の植物の生態系は『セクト・ストーリー』のものと似通っているようだ。


「じゃあ行ってくる」


「はい、お気を付けて」


「レイラさん! 頑張ってくださいね!」


 スタリアとルネスに見送られ、俺は初めてのクエストに出発した。












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