第2話 お見合い狂騒曲 その1

 近未来の某国(とは言え以下の話からしても日本のようですが)福田県副田区の、福田警察的団体に所属している、中堅どころの桂木翔。今日は、予てから捜索中の指名手配犯、通称怪盗陽炎を追い詰めて、とある繁華街の裏通りでドンパチやっていた。陽炎は、警察がビルの裏口から入ってくるのを察して3階の小窓から、狙いをつけて、こちらに撃ってきているので、せっかく居所がわかったのに踏み込めずに、もたもたしていた。

「チーフ、相手はやはり一人ですよ。この弾の返しかたでは。このまま長引けば、こっちの、弾が底を尽いてしまいます。私が踏み込むので、みんなで、援護するように指図してください」

 桂木翔は、チーフ元山幸太郎にお願いしてみた。

「なーに、桂木。こっちが弾が尽きそうなんだから、ひょっとするとむこうだって弾が尽きているところかも知れんよ。そろそろ観念して白旗を振るころだ」

「ひょっとすると、横にでっかい箱いっぱい弾をおいてあるかもしれないよ」

 そばで聞いていた桂木のパートナーの川田創が、こんな場面でもチーフをひやかすように言った。内心、だからチーフには付いてきてほしくないんだよ。と思っていた。しかし、署にタレこんできたのが、チーフの電話だったのでこれはどうしようもなかった。

「なにおっ、川田。お前ワシに逆らう気か」

 と少し怒ったフリをして見せたチーフだったが、

「よっし、桂木、1,2,3だぞ。みんな、援護しっかりしろ。1,2,3でいっせいに撃て」

 と叫んだ。

「すみません、3で撃つんですか?3と言ってからですか?」

 今年の春、警察学校から配属されてきた小田行正が、昨日見た懐かしい洋画シリーズ、「リーサル・ウェポン3」のお決まりのせりふを吐いた。

「3だ」

「今日のチーフやけに素直ですね」

 創が翔に話しかけた。

「ウン、今日はみんな変な感じだな。」

「何が変だって」

「あ、後で後で」

「1,2,3!」

 かくして、翔は怪盗陽炎をとらえるべく、一人、アジトに踏み込んだ。3階の陽炎が居るはずのところへ言ってみると、陽炎はチーフの予想どうり弾丸が底を付いており、無抵抗で敢え無くつかまった。陽炎は指名手配犯の怪盗とは思えないほど美形で(これは偏見かな)一度見たら忘れられない。とは言っても顔を知っているのは翔だけだった。いつもはゾロのような覆面をしているのだが、先だって翔が追い詰めて格闘になった時、覆面が外れて陽炎の顔を見てしまっていた。そのときは逃げられていたのだが。そう言う訳で今日翔は休暇だったにもかかわらずチーフに呼び出され、本人かどうかの確認がてら捕り物も一気に任せられてしまった。陽炎は今日は覆面もせず抵抗もする気がないようだ。

「チーフの予想通りなんて珍しいこともあるもんだ」

 翔はつぶやいたが、珍しいことは本人は知らないだけで更に続く予定だ。

 後手に、手錠を掛けられながら、陽炎がにいっと翔に笑いかけた。

「捕まえられておいて、何かおかしいことでもあるのか」

「べつに」

 と陽炎は言った。しかし、翔はいやな予感がした。翔の予感は当たるほうなのだ。陽炎は小柄で並ぶと翔の肩の高さぐらいだ。いつもの陽炎のコロンの香りがした。このコロンの香りを嗅ぐたびに、妙な気分になってくる。白檀に似ているが少し違う不思議な木の香りだ。

 陽炎を引き連れて、階段を下りていると、手がピリピリと痛いのに気が付いた。見ると、あまり銃を撃ちすぎて、手の豆がつぶれていたし、シャツの袖口も焦げてよごれていた。げっ、この格好じゃあホテルに行きたくないな。ドタキャンの口実に陽炎を連行し、署で時間をつぶそうかなと、翔は考えた。実は今朝母親の桂木美奈から申し渡しがあったのだ。美奈の義理の兄弟であり、父英輔のいとこでもある、外国に住んでいる一家が旅行で来ていて、今晩ホテルの夕食に誘われている。こっちも一家そろって行かないと失礼だ。絶対来い。来ないときは当分夕食は作らない。と一方的に言われていた。こっちの都合も聞かずに横暴だと思ったが、なにせチーフから緊急呼び出しが来て居る時で、慌てていたのでいやだと言う時間も無く、黙って家を飛び出していたのだ。

 翔は会ったこともない親類との食事とか気が引けていたが、今はもう午後の四時半になっていた。五時に岡町駅前のロイヤルホテルロビー集合だった。今から行っても間に合うかどうか怪しい時間だ。遅れていくのも恥ずかしい気がする。

 そうこう思っていると、チーフたちの歓喜の声がしてわれに返った。

「おおっ、ついに捕まえたか。よくやった。もうお前はいいから帰れ。今日は、お前は休暇だったからな」

 翔はあきれて言った。

「何言ってるんですか、呼び出されたんだから、休日出勤扱いしてくださいよ」

「おお、もちろんだよ。ただせっかくの休日に呼び出して気の毒だから、早く帰ろと言ったんだよ」

「チーフどうしたんですか、熱があるのでは?」

 これには翔だけではなく、全員変だと思い、小田が代表して声に出した。

「ばか。どうもこうもなんでもない。とにかく桂木はとっとと帰れ。陽炎を俺によこせ。心配センでもお前が捕まえたと報告しておく。じゃあな。バイバイ」

「ちょっと待ってください。大丈夫ですか。私が署まで連行したほうがいいのでは」

 翔はいやな予感がして言った。陽炎は、捕まえてもすぐ逃げ出すことが再三あった。そこで、陽炎の監禁のためにわざわざ改造した脱出不可能な特別室と言うものの中に入れるまでは、油断するなというのが署内では常識だった。

「なにっ、おまえ、わしでは役不足(ちがうだろ?)と言うのか。わしの機嫌のいいうちに帰らんのなら、徹夜で見張らせるぞ」

 と、チーフにとんちんかんな事を言われた翔は、仕方なく気が進まないままにホテルに向かったのだった。

 陽炎を護送車に乗せるよう小田に指図するとチーフ元山は、ほっと呟いた。

「やれやれ、たぶんぎりぎりセーフで間に合うだろう。美奈に翔がまだ来ないと電話口で文句を言われたら金切り声で耳が痛くなるからな。それだけは勘弁だ」

「えっ、チーフ。翔は何に間に合うんですか」

 川田は、その呟きを耳聡く聞きつけ尋ねた。先ほどからのチーフの桂木に対する態度には興味があった。

「いやなに、なんでもない」

 元山は誤魔化そうとしたが、陽炎も捕まえた事だし(また逃げられるかもしれない事はさておき)ちょっとご機嫌だったので口止めされていたことを、まっいいかと思いしゃべったのだった。

「実はな、桂木はお見合いだ」

「ええっ、お見合い」

 皆一斉に叫んだ。今の時代、殆ど死語状態の言葉を言った後で、元山は自分から笑い出した。

「ぷっ、しかも本人は知らんで行きおった。奴の母親から必ず5時にロイヤルホテルに間に合うようにさせろと頼まれたんだ」

 それを聞いて、吹き出す者もいれば、にたにた笑い出す者もいた。小田と川田は顔を見合わせて後で見に行こうと目配せをした。

「へえ、今時お見合いとはねえ」

 川田は神妙に言った。チーフ元山から話を引き出すためだ。

「うん、本人に言ったら時代遅れと嫌がるだろうから、内緒で会わせるんだそうだ。ちょっと事情があるらしい」

「事情というと」

「翔の家はなあ、なんかの武道の家元ちゅうか、特殊能力の伝授ちゅうか、相手を選ばねばならんらしい」

「へえ、道理で普段はぼうっとしてるけど、やるときは一番やり手だったんだ」

 元山の説明に皆納得して頷いていたが、ふと思い出したように川田はあたりを見渡し、

「チーフ、陽炎は誰か確保してるんですか」

「何っ、お前に渡したろ」

「いいえ、さっきチーフがあいつらに駆け寄ってたじゃあないですか」

「うん、その後お前に車に乗せろと指図したはずだが」

「いえ、私が車に乗せたと思います」

 小田が言った。

「思いますだと」

 元山はどなった。

「だって、そう思うんだもん」

「ばかか。お前は。ハッキリしろ」

「ちょっと車の中を見てきます」

 川田は狐につままれたような気持ちで護送車の中を見た。案の定空っぽだった。

「居ません。また逃げられました」

「またとは何だ。またとは」

「だってまただもん」

 小田は生あくびをしながら言った。

「チーフ、小田は奴に何か嗅がせられたようですね」

 川田はハッキリしない頭を振りながら考えたことを言った。

「たぶんわしらもじゃあないかな。わしもあやつの母親に口止めされていたことを喋ってしまった」

「ということは陽炎も翔の見合いの相手を見に行ったんですかねえ」

 小田は能天気な事を言い出した。

「まさか」

 元山は笑って否定したが、川田はスマホを取り出して翔に連絡し始めた。

「おいおい、本人になんと言う気だ。わしはあやつの母親にきつく口止めされているんだ。ばらした事が分かるじゃないか」

 元山は止めようとしたが、

「しょうがないでしょ、また逃がしたんだから」

 と、川田に言われ、うなだれて好きにしろとそっぽを向いた。

 一方、翔はロイヤルホテルの駐車場に車を預け、上着の袖口から汚れたシャツが出てこないようにシャツの袖をまくっていると、スマホが鳴り出した。川田からである。翔は川田から話を聞きあまりの事に拳をプルプルと震わせて、

「ばかやろう」

 と叫んで電話をこっちから切ってやった。

「お見合いだとう。陽炎が見物にやって来るだとう。上等じゃねえか、ふん。来るなら来てみろだ」

 翔はお見合いの前に母親美奈に、一言文句を言ってやらねばと思ったが、ホテルのロビーに行くと皆おそろいで自分を見ていた。翔はがっくりしながら、そっちへ行った。どうせ知らないのは俺だけだったんだろうな、こうなったら皆がどんな芝居をするかとっくりと拝見するか、と思って翔は始めてのお見合いというものに臨むことにした。

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