廿楽ヶ丘伊朔の無謀なる初恋

真名瀬こゆ

第1話 すべてのはじまり

 異性に惹かれるのは、種の保存のために子孫を残そうという本能でしかない。生きてる以上は避けられないこと。

 僕は動物学者ではないけど、人間というものは他の動物と比べても、伴侶の選定に異様なこだわりを持っているではと思う。誰しも己の好みというものがあるだろうけれど、容姿の美醜や性格の傾向、金の稼ぎ具合、コミュニケーション能力、――伴侶に求める条件を挙げたらきりがない。

 どんな人間にも自我があって、性格の相性と体の相性は別問題で、それぞれがそれぞれの理想を追い求めている。


 恋の落ち方は十人十色。だからこそ、信用ならないというのだ。必要な条件があって、定義された工程が決まっているシステマチックなものだったなら、納得もできるというのに。


 恋をして幸せになる奴なんていない――、なんて斜に構えるつもりはないけれど、不幸になる奴が零じゃないのは事実だ。


 少なくとも、僕の目の前にいる女は不幸になるだろうなと思った。


「ねえ、本当に秋桐あきぎりの家で同居じゃなくていいの?」

「父さんが余計な心配するなってさ。新婚生活に巻き込むなー、だって」

「お義父さんはそれでよくても、秋桐はお義父さんと一緒じゃないと心配でおろおろしちゃうんじゃない?」

「するかよ」


 僕がよく訪れる近所の洋菓子店兼喫茶店。僕の前の席で仲睦まじくタブレットを覗き込み、あれでもないこれでもないと住宅情報を眺める男女はどこからどう見ても幸せそうだ。


「式場見学の予定も立てないとな」

「ふふ、そうだね」

「楽しみ?」

「もちろん! 秋桐は私が幸せにしますってお義父さんに宣言したんだから!」


 人の会話に耳を立てるなんて下世話な行為だろうけれど、どうしても意識がカップルから外れていかない。いや、外れるわけがなかった。

 女の方はどこの誰か知らないけれど、男の方は知っている。


 僕の姉の彼氏だ。

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