風を誘う少女
執筆師炙りカルビ
プロローグ
回顧
幼い頃、魔法というものに憧れたことがある。
本の影響なのだろう、剣と魔法に彩られた小説を沢山読んだことがある。
時には自然の力で強大な悪を打ち破り、時には人の心をも癒すほどの光で照らす。
杖を振れば守護霊が守ってくれる、というのは幼心にとても憧れたものだ。
いつからかそんなのはただのファンタジーでおとぎ話であるということに気づいたのは、そんなものは存在しないということに気が付いた時だろうとは思う。
それは老いて枯れていくと言えるかもしれないし、大人になっていく過程でもあるのかもしれないと思った。
しかしそんな私でも中学生の頃に出会ったサックスについてはまるで魔法のように感じられた。
単純な興味で入った吹奏楽部で触ることになったのがきっかけだけど、音楽というものは人を笑顔にする魔法なのだと今でも思う。
音楽は生きる上で必要ではないかもしれないが、必要ではないにせよ心を豊かにしてくれる。
みんなが顔見知りのような小さな町では学校帰りに演奏会で元気をもらっているとよく声をかけてもらう。
私にはそれが嬉しくてまた演奏しようと思える動機にもなっていた。
それくらいしか今は楽しみがないが、それくらいなのが丁度いいと思える、そんなありふれた日常の世界だ。
そんなあの日々が少しだけ懐かしく感じているからか車窓から見える景色に私は少し奇妙なホームシックのようなものを感じていた。
あれからどれくらい経ったのだろう、私がこの列車に乗った時から。
随分と経ったようにも感じるけど刺激のある時間というのはどうしてか早く感じるものだとも言うし……あとで聞いてみることにしよう。
窓の向こうに見える景色に対して私は思いを馳せる。
色んな物を見て、触れて、聞いて、知った私は前の私と比べてどうなのだろう。
きっと首が痛くなるほど見上げるのか、それとも目が痛くなるほど眩しく映るのか……。
今の私にそれを知る由があるわけでもないけれど、帰ったらおばあちゃんに胸を張って土産話を聞かせてあげたいとは思う。
おばあちゃんは元気なのかな……ふと思えば切ない気がした。
甚爺のいない今、一人にしているのは心苦しさもあるけど……いづれ帰るのだから今は旅を楽しむこととしよう。
その昔、おばあちゃんも乗ったことがあるというこの機関車できっと私はどこまでも行けるはずだから。
そんな風に窓の外を見ていたら私は旅の始まりのことを思い出した。
多分これからもぼんやりと窓の外を見ている時に思い出すんだろうなとは思う。
私にとっては忘れることのできない沢山の記憶の中の始まりだから。
あの”いつもの帰り道”から始まったのだ。夕焼けが綺麗だったあの道だ……。
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