下田社長

岩田へいきち

下田社長

 玩具店の下田社長はまるで大黒様みたいな顔と体型をしている。そしてパチンコが大好きだ。何時からやって来てるのか、店は息子さん夫婦に任せて、来ているのだろう。


 夜にパチンコ屋さんに行ってみると、毎日、自分の席の後ろにドル箱を何段も、多い時は10箱も20箱も奥さんの分と合わせて20も30も積み重ねている。


ぼくは、パチンコCR機を始めた頃、この夫婦を見る度にぼくもあんなに勝てるようになりたい。上手くやればあんな風に毎日勝てるようになるに違いないと思ったものである。


 ある日のこと、夫婦合わせて20数箱を換金する為に店員がそれを無理してひとりで台車に積み上げ運んでいた。案の定、ガシャーン、バラバラバラ。4.5箱落とし、パチンコ玉をその辺にばらまいてしまった。大抵の人なら俺がせっかく出した玉をなんてことしやがるんだと怒るはずである。怒らないにしても拾って集めても必ず減ってしまうということを想像し、不機嫌になるだろう。


 しかし、下田社長は違った。普段からたくさん勝っている余裕からか、「あらら」と言いながらニコニコして店員と一緒に玉を拾っていた。そんな気のいい社長だからぼくらとも気軽に話をしてくれた。もちろん奥さんもだ。


 ぼくもだいぶこのホールに通い詰め、少しドル箱を積むようになったので、下田社長をはじめ常連さんたちとも仲良くなった。だいたい『今日もやられたなあ』と話が盛り上がるのだが下田社長夫婦は余裕だ。バーのマスター、自動車修理工の夫婦の負けがかさんでいく中、写真館の社長がせいぜいトントンで、あまり勝っている人もいないのにだ。


 その負け組の常連に入ってしまっていたぼくは、ある日からこのホールに見切りをつけ、別のパチンコ屋さんに通うようになった。パチンコ屋の常なのだが最初の数日から数週間、数ヶ月は、ほどほどは勝たせてくれる。しかし、それがずっとは続かないのがパチンコの仕組なのだ。


 数ヶ月後、負けて珍しく早めに切り上げたぼくは、久々に下田社長たちが今もプレーするあのホールを覗いてみた。


  最新鋭の売り出し中の台がある島を離れて人もまばらな島の中央辺りに下田社長の姿があった。周りに奥さんや他の常連さんたちの姿は見えなかった。


 ぼくは懐かしくて下田社長にあいさつをしたが、なんだか前の下田社長と違っていた。そう、後ろにドル箱も積んでいなかったのだ。そしてぼくに言った。


「最近、いっちょん面白なかっさい」


 それは、パチンコがなのか、人生がなのかぼくには分からなかったが本当に面白くなさそうに話された。ぼくもそれを聞いて、その日はもうパチンコをすることなくそのホールを出た。そしてその後も再びそこへ行くことはなくなった。


1ヶ月ぐらい経っただろうか、ぼくは下田社長が自殺したという噂を聞いた。

そのニュースに当然、驚いたぼくだが、更に驚くことがあった。


 社長が亡くなったのは7月か8月というのだ。ぼくが最後に会ったのは、あの「いっちょん面白なかっさい」と社長が言った9月末なのにだ。


 社長、お疲れ様でした。安らかにお眠り下さい。玩具店はきっと息子さんが立派に勤められますよ。



終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

下田社長 岩田へいきち @iwatahei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ