106 変態な妖精

 マサキが左手で掴んだゴミの正体は妖精だった。ルナのもふもふに魅力されたのだろう。掴まれてもなお眠っている。

 マサキが感じたゴツゴツした部分は枝のように細長い体だ。そしてぷにぷにと柔らかい部分はお尻やおっぱいだろう。その証拠にマサキの人差し指は妖精のおっぱいをしっかりと触っている。

 感触を楽しんでいるわけではないが胸のぷにぷにとした柔らかさを人差し指で感じているのである。


 この眠っている妖精が案内役のサバドかリンゴのどちらかの可能性は高いがマサキは違うのではないかと思った。

 なぜなら服装が違うからだ。

 サバドとリンゴは食品展示会の案内役にふさわしいスーツ姿だったが、マサキが左手で掴んでいる妖精は獣の毛皮のようなもふもふもこもこの服を着用している。

 この服のせいでルナの背中に妖精がいるということをすぐに気付けなかったのである。


「ぬぅ……っ……ん?」


 妖精は目を覚ましてパチクリと瞳を開けた。

 その瞬間、マサキの黒瞳と妖精の薄水色の瞳が交差した。

 すぐさま状況を理解した妖精は顔を赤らめ恋する乙女のような表情になる。


「に、人間族様。わ、私を……私の体を好きにもてあそんでくださいぃ」


「い、いきなり何言ってるの!? 変態なの!?」


「だ、だって私が寝てる間にこんな、こんな……えっちっちな事を……」


「ご、誤解だって! たまたま指がマフマフじゃなくて、胸に当たっちゃっただけだって!」


「だ、だからもう私の体は……ア、アナタのものです!」


「話を聞けー!」


 妖精はマサキの手の中で体をクネクネと動かしながら恋する乙女のように恥ずかしそうにしている。

 そして妖精の薄水色の瞳は下を見ていた。視線の先にはマサキの人差し指。その人差し指はちょうど妖精の柔らかいおっぱいがある部分。

 マサキ自身も人差し指にぷにぷにと柔らかい感触を味わっている。

 妖精は寝ている間におっぱいを揉まれてマサキに体を弄ばれていたと勘違いしているのだ。

 しかし妖精は嫌がることもなくこの状況を受け入れている。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


 むしろ息を荒くして喜んでいる。変態妖精だ。


「ちょ、ちょっと息を荒くするなって」


「え〜どうしてですか〜? 今からえっちっちなことが始まるっていうのに〜ハァハァ……」


「な、何が始まるんだ。何も始まらないよ!」


 マサキは妖精を布団の上に置いた。ルナの背中に乗せなかったのは妖精が変態でルナに何をするかわからなかったからだ。


(まさか妖精のおっぱいを揉んでしまっていたとは……どんなラッキースケベだよ。それ以前にこの妖精、変態過ぎて怖いんだけど…………でも待て。恐怖心は感じてるのに俺の体、震えたりしてない……な、なんでだ? ルーネスさんがかけてくれた精神を安定させる魔法の効果は切れてるはずなのに……)


 マサキはじーっと妖精の事を見ながら思考を始めた。

 見られている妖精は自分の体を抱き寄せてクネクネとしている。


「目で犯そうとしているのですか? それとも焦らしプレイですか? ハァハァ……どちらでも最高ですね。ハァハァ……」


「そ、そんなつもりで見てたわけじゃないから! 何もしないからもうやめてくれー!」


 変態の妖精の前ではマサキの思考はすぐに止まってしまった。


「え〜、残念。一番は大きいのになー」


「……おっぱっぱ?」


「興味あります? 妖精族の胸のことですよ〜」


 自分の豊満な胸をぼよんぼよんと動かしてアピールをする妖精。

 そんな妖精の台詞から止まっていた思考が再び動き出した。


兎人族とじんぞくはマフマフって言ってるけど、妖精はおっぱっぱって言うのか……って注目ポイントはそこじゃない! おっぱっぱ発言の前にって言わなかったか? もしかしてこの変態はあのしっかり者のルーネスさんの姉妹ってことか? サバドさんとリンゴさんがあんな感じだったからあり得なくはない。あっ、だからこの妖精に恐怖を感じても俺の体が震えたりしないのか! ルーネスさんがかけてくれた精神が安定する魔法をかけてくれたってことだよな?)


 マサキの思考が終わるのとほぼ同じタイミングでオレンジ色のボブヘアーの美少女ダールが口を開く。


「そこの妖精さんは案内役だった二匹の妖精さんのお姉さんッスよ! 気絶した兄さんと姉さんに魔法をかけて応急処置してくれた妖精さんッス!」


「や、やっぱり! ルーネスさんの姉妹だったのか!」


 マサキの思考した通り、タイジュグループ代表のルーネスの姉妹だった。そしてルーネスと同じように魔法をかけて助けてくれたのだ。


 もふもふの獣の毛皮を着た妖精は布団の上で羽を羽ばたかせながら上昇した。そしてマサキと同じ目線の高さで止まり胸に手を当てたまま頭を下げた。


「挨拶が遅れました。私はタイジュグループ幹部のフェ・ビエルネスです。妖精の魔法では精神や肉体に直接関与する治癒魔法のようなものを得意とします。その魔法の影響か人体実験をするのが好きでして……あっ、もちろんされるのも好きですよ。だから人間族様、いえ、マスター! 三千年以上生きている私の体で人体実験をしてくださいませ〜ハァハァ……」


「自己紹介の後半部分、狂気しか感じられないんだが! 怖いから! 怖すぎるから!」


「でもでもでも恐怖心は体には出てないですよ〜」


 恐怖心を感じてもマサキの体は小刻みに震えることはない。


「た、確かにな……さっきからそのことも気になってて頭がこんがらがっちゃってる」


「うふふ。実験成功ってことですね。うふふふ」


「そ、その笑い方怖いんだけど……お、俺にかけた魔法ってちゃんとした魔法なんだよな? 不安すぎるんだが……」


「もちろん普通……いいえ、魔法ですよ。ハァハァ……これで私を受け入れる耐性はできましたね。ハァハァ……マスターよろしくお願いします。ハァハァ……」


 ビエルネスの呼吸はさらに荒くなっていく。


「い、いやだー! この状況、体が震えない方が異常だろ! 俺の体どうなってんだよー逆に怖いんですけどー! それにマスターじゃないから!」


「ハァハァ……これで気絶することなく妖精族の私と朝までえっちっちなことができますよ〜ハァハァ……」


「だ、だからしないって! もうやめてくれー! 頭が狂いそうだよ」


 拒むマサキに迫る妖精。妖艶な表情でマサキに近付くが途中で止まった。


「拒絶されるのはゾクゾクしますがこれ以上やるとマルテスに怒られますからね〜。えっちっちなことはお預けですね。残念。本当に残念です」


「よ、よかった……どこのどなたか存じませんがマルテスさんありがとう。本当にありがとう」


 マサキは、狂気的なビエルネスの行動を止めてくれたマルテスという見知らぬ人物に感謝をした。

 そして安堵し下を向いた時、青瞳と目が合った。ネージュの青く澄んだ瞳だ。

 マサキとビエルネスが騒がしくしていたせいで目が覚めたのである。


 ネージュはマサキと目が合うとプクーっと頬を膨らませてしかめっ面になる。


「マサキさん。妖精さんに興味があるって言ってましたけどそう言うことに興味があったんですね」


「ち、違う。誤解だって!」


「おっぱっぱとか……えっちっちとか……」


「それはこの変態妖精が勝手に言ってたことだから。俺は被害者なんだよ」


 誤解を解こうと必死になるマサキ。しかしネージュのしかめっ面は戻らず頬はさらに膨らむ。

 そんな中、ビエルネスが口を開きさらに誤解が広がる。


「変態妖精だなんて。今度は罵倒プレイですか? ハァハァ……マスターは様々なプレイがお好きで。ハァハァ……」


「ちょ、もうやめるって言ってただろ! そ、そうだ。マルテスさんに言うぞ!」


「そ、それだけは……」


 機転を聞かせた発想でマルテスという大きな後ろ盾を手に入れたマサキ。ビエルネスの欲情を抑えることに成功した。

 しかしネージュの機嫌は損ねたままだ。


「そうですか。様々なプレイですか」


「ああーもう。誤解なんだってー」


「別にマサキさんの趣味ですから私には関係ありませんよ。でも私が気絶してる隣で妖精さんとあーんなことやこーんなことして楽しんでたなんて……」


「ち、違うんだってー! そ、そうだ。ダール! ダールなら最初から見てただろ! 誤解を解いてくれー!」


 マサキは自分の言葉だけだと信じてもらえないと思いダールに助けを求める。


「ニタニタヒッヒッヒ」


(ああダメだ……俺がネージュに怒られてるのを楽しんで見てやがる……)


 ダールはマサキを助けようとはせずに、ニヤニヤとしながら見物をしていた。


「ほら。ダールは何も言ってきませんよ。変態さん!」


「変態は俺じゃなくて妖精の方だって!」


 マサキはダール以外に助けを求めようと、辺りを見渡した。

 透明状態のクレールは、ぷかぷかと浮かぶ参加証の位置が変わらないのでダールと同じく見物しているのがわかる。そもそも透明状態なのでクレールが発する声はマサキたちには届かない。

 そしてイングリッシュロップイヤーのルナは、鼻をひくひくさせて無表情のまま遠くを見ていた。助ける気ゼロだ。


 肝心のビエルネスは、何事もなかったかのようにルナのもふもふの背中にしがみついて落ち着いていた。

 そんなビエルネスの体をマサキは掴んだ。


「マ、マスター。こ、こんなところで乱暴はダメですよ〜」


 ビエルネスは体を掴まれながらも頬に手を当ててクネクネと動いている。

 そんなビエルネスにマサキは耳打ちをするかのように小声で話しかける。


「そういうのはいいから誤解を解いてくれよ」


「誤解を解けって言われましても……う〜ん。まっ、二人とも元気になったからいいんじゃないですか? 兎人族とじんぞく様の方はちょっと魔法が効きすぎちゃったみたいですね。自分の感情に素直になってるんですよー。つまりマスターのことがということです。なのでこのままでもいいじゃないですかー」


「ちょ、声が大きいって……でも好きで好きでたまらないなら怒ったりしないだろ!」


「まったく……マスターは乙女心がわかってらっしゃらないな〜」


「な、何!?」


「見てくださいよ」


 ビエルネスは雪のように白い肌の美少女の方へ向けて指を差す。

 マサキは反射的に指が差す方を見る。


「……ぅっ……ぬうぅ……」


 マサキの黒瞳には雪のように白い顔を真っ赤に染めたネージュの姿が映った。

 なぜ顔を赤らめ恥ずかしがっているのか無知なマサキには理解できない。


「なあ、今度はめちゃくちゃ恥ずかしがってるように見えるんだけど、なんでだ?」


「それはですね。先ほども言いましたがだからですよー。魔法の効果のせいでいつもより当たりがキツくなるかもしれませんが、それは全てマスターへのです。マスターが取られちゃうと思ったのですよ。それで不安になったのです。なので兎人族様の愛情を受け止めてあげてくださいね」


「そ、そういうもんなのか」


「恋する乙女はそういうものなのですよ」


 ビエルネスはマサキに向かってウインクと投げキッスを飛ばした。


「恋する乙女か……」


 ビエルネスの言葉に納得のいかないマサキは、ビエルネスのウインクと投げキッスを首を捻って避ける。


(こ、恋する乙女だなんて……す、好きだなんて……愛情だなんて……わ、私の感情がバレバレで恥ずかしいです。もっと落ち着くべきでした。は、恥ずかしい。ど、どうしましょう。マサキさんのことが好きってことがバレちゃいました。わわわわ。マサキさんこっち見てますし、ど、どうしましょう)


 ネージュは、ビエルネスの強調する言葉が聞こえて我に返り恥ずかしくなってしまったのである。

 顔を赤らめあたふたしているネージュはこれ以上マサキを責める事はなかった。

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