在りし日の慣性
人生
第1話
速く、遠く――ゆっくりと、遠く――
どこまでも伸びていく。どこまでも飛んでいく。
それはどこにも届かない。
パン、と。ミットを打ち抜くのが願い。
キンと、甲高くヒットを告げてもいい。
指先を抜けた白球はいつまでも飛び続ける。
どこにもたどり着くことはなく。
――野球中継が嫌いだ。
観たかった番組は中止になるし、今では滅多になくなったが、試合が延長になれば楽しみにしていたドラマが延期になったり、時間が押したせいでビデオの録画に失敗することもあった。
……ビデオの録画、か。うちにはレコーダーもないのだが。
今では番組タイトルで録画できるから、試合が押したところで問題はないものの、それでもやっぱり、昔から変わらず、俺は野球中継が嫌いだ。
うるさい。騒々しい。
憎らしい。
……どうして俺はそこにいないのだろう。
他人がやってる試合を見て、何が楽しいんだか。
憂鬱な思考をクソまずい缶ビールで濁して、騒々しく始まった野球中継からチャンネルを切り替える。どれもつまらない番組ばかりだ。テレビの電源を切る。黒い画面には、狭いアパートの一室で平日の昼間から酒を飲んでいる二十代男性の姿が映っていた。
……これではまるでニートのようだが、一応コンビニバイトの夜勤明けなのだ。そのため酔ってこそいるが身なりはちゃんとしているし、スーツでも着て外に出れば一介のサラリーマンに見える事だろう。いやまあ、さすがにこの時間だとスーツ姿でも社会人感は薄らぐか。酔ってるし。
別に、好きで酔ってる訳ではないのだ。ただ飲まなきゃやってられないような気分だっただけで。
というのも昨夜、バイト先で高校時代の同級生と再会した。バイト先というのはもちろんコンビニで、レジに立っていた俺は手際よく商品の会計をしていて客の顔など見ていなかったのだが、そいつは俺の胸元の名札に気付き、声をかけてきたのである。
そいつは大学で野球をしているなどという聞いてもいない近況を報告し、一緒にいた女といちゃつきながら、付き合ってるなどと見ればわかることをわざわざ丁寧に教えてくれた上に、
「それで? お前、今なにしてんの?」
見て分からんか。バイトだよ。嫌味かよ。ちなみに独身だよおひとり様だよ文句あるか。
ともあれ、そんなことでお客様に腹を立てるような奴はバイト失格で、俺は曖昧なスマイルと共にその場をやり過ごした。
バイトを終え、帰って寝て、夢を見た。
――それは炎天下、夢にまで見るマウンド――
俺はピッチャーだ。
ピッチャー、だった。
ピッチャーとは不思議な立場だと俺は思う。
守備をする側でありながら、ボールを投げる――攻めるのだ。少なくともボールを放つ俺にはバッターを打ち取るという攻撃的な意志があって、対するバッターは俺の攻撃を迎え撃つ側だ。
俺には「守る」という感覚が薄く、俺にとっての野球は「攻める」スポーツで、「観ているだけ」が性に合わないのもそれが理由かもしれない。
ずっと、強い意志を持って俺は球場に立ち続けてきた。
たぶん、他の奴らよりずっと。
だから――今も、やりきれないのだ。
夢を見ることさえ許されない、そんな夏があった。
今年こそはと思った三年の夏は、幻と消えた。
それが、今こうして「飲まなきゃやってられない」理由である。
何年経っても消えることはない炎。
あの時、燃え尽きることが出来たなら。
勝つことも、負けることも、投げることさえ許されず、夢想の中で放った投球。
俺は、あの夏に投げそこなった白球だ。
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