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同日、同時刻。神江の、市街地。
その大通りを、神江ファイ・ブレイブスの司令塔、
彼は今、ブレイブスの練習場に向かっていた。現在はオフシーズンなので、チーム練習はなく自主練習ということになるが、彼がそこに向かっている目的はそれだけではなかった。
実は、彼は今日、チームから呼び出しを受けていた。契約関係のことかと思ったが、事務所ではなく、練習場の方へ来るように言われていた。
(……このオフシーズンに時間指定して招集されるとは、どういうことだ。俺は言われなくたって練習してるのは、チームも知っているはずだが)
彼の表情は、少し険しい。頭の上には疑問符が浮かんでいた。
バスケットボールはシーズンが六月最初に終了した場合、大体七月半ばから八月までがオフシーズンである。その間、選手は次に所属するチームとの契約交渉、更改に挑むことになるが、工藤は早々にブレイブスへの残留を表明した。ただ、他の選手はそうでは無いため、先にも言った通り、チームとして始動するまでは各々が個人トレーニングをしていくことになる。
工藤は契約更改後、オフもそこそこに、すぐに自主トレーニングを開始していた。そのことはチームの側も知っているし、メニュー内容の共有もできているはずだ。
だが、なぜ今回は呼ばれたのか。そのメニューに何か問題があるのだろうか。練習強度が弱すぎる、いや強すぎる? 何が目的で招集されたのか、工藤にはわからなかった。
前方の信号が赤になり、工藤はクロスバイクを止める。すると、すぐ横の歩道を歩いていた母親と子供らしき二人組が、工藤の方を見て声を上げた。
「……あ、ブレイブスのくどうそうへい! お母さん、そうでしょ!」
「え、あら、本当じゃない! 工藤さん! 残ってくれてありがとうございます! 今年も頑張ってください! 試合、見に行きますから!」
二人も近寄っては来なかったが、工藤に向かってどちらも大きく手を振っていた。ありがとうございます、と工藤も笑顔で手を振り返すと、きゃいきゃいと親子二人とも笑顔になって喜んでいた。
工藤宗平は、その様子を見てうれしくなる。ただ同時に、少しの申し訳なさも覚えていた。
去年、工藤達は、リーグの中でふがいない成績しか残せなかった。それこそ、声援ではなく石を投げられても仕方ないくらいの成績だ。
それなのに神江の人たちは、今もこんな風に応援してくれる。なればこそ、責任感は一層増すというもの。
工藤宗平は、日本のバスケットボール界においても人気選手だ。切れ長の瞳と整った顔のパーツから、眉目秀麗の美男子と評して少しも違和感はなく、一八八センチという日本人男性の平均から比較すると高身長、賑やかではないが誰にでも分け隔てなく接する真面目かつ優しい性格で、かつバスケットボールも抜群に上手いとなれば、人気が出ないわけがない。
ただ、その声援に、工藤は一切慢心していない。
(……今シーズンは、絶対に、負けられない。リーグ・Sへの一年での返り咲きは、最低限の目標だ)
工藤は、再びそう決意する。彼には、今シーズンのブレイブスを背負う覚悟がある。そして、前方の信号が青に切り替わると、先ほどの親子づれに再び手を振ったあと、また強くペダルをこぎだした。
自転車で走り始めて、一〇分ほど。工藤は、ブレイブスの練習場へ到着した。
ブレイブスの練習場は、神江の駅前から歩いて五分もかからぬ場所にある。バスケットボールが二面取れる広さの練習アリーナはトップチームの練習だけでなく、クラブが運営するスクールにも使われている。また、すぐそばにはスタジオも併設されており、そこは同じくクラブが運営するチア・スクールのレッスンなども実施されていた。
工藤はそばの駐輪場に自転車を停めると、すぐにアリーナの方へ移動した。すると、出入り口の前には、見知った二人の男が立っていた。
工藤はその二人に向かって挨拶をすると、男たちは振り返り、よう、と声を出す。
「おっす、宗平」
「おはよう、工藤」
「おはようございます、朋幸さんにアレン。こんなところで何しているんですか」
工藤が尋ねると、男二人の片方、一九八センチの大男、小林アレンは、あれを見ろと親指で練習場の中を指差した。一体なんだ、と工藤は言われたとおりに中を見る。
すると。開け放たれた体育館へと続く大扉の向こうに、一つの人影が見えた。
それを見た工藤は、ん? と首をかしげる。
「今日、スクール生の練習ってあったか」
工藤は、素直な感想を漏らした。
今現在、体育館の中には、見た目は十代半ばの少年と少女がいた。
バスケットボールを使って遊んでいる……いや、ドリブルをしたり、シュートをしている。
その光景自体は、別に不思議なものではない。ただ、ここはファイ・ブレイブスの練習場だ。スクール生やユースチームは使用するが、工藤は今日、彼が練習場を使うとは聞いていない。
「なんですか、あれ」
「さあな。俺らも知らん。でも小僧の方は左利きか」
アレンの言葉通り、少年らしき方は、左利きだ。見慣れないせいか違和感はあれど、シュートフォームは綺麗である。
「……上手いですね。素人じゃない」
「ああ。だから、なおさら中に入りづらい」
そう答えたのは、もう一人の男、一九二センチの
中学生か高校生だと思われるが、間違いなく経験者の動きだ。しかし勝手に入っているとなれば不法侵入である……と見ていると、「おはよう、みんな」と背後から声が聞こえて、工藤は振り返った。
「おはようございます、詩織さん」
そこにいたのは、ブレイブスの若きアシスタントコーチ、紙子谷詩織だった。身長百七十センチほどのモデル体型の女性で、今日はスラックスに白のチームロゴの入ったポロシャツという、気楽な恰好だ。
「詩織。中に誰かいるんだけど」
朋幸が詩織に言うと、それを聞いた詩織は、ん? と首を傾げなら体育館の中を見る。すると、ああ! と声を出した。
「アイツら! こんなところに! もう、駅で待っていろって言ったのに!」
「その言い方ですと、詩織さんはアレらのこと知っているんですか」
「知り合いも何も、次のシーズンから、君たちの仲間になる人だよ」
そう言って、詩織は体育館の中にさっさと入っていく。残った男三人も互いの顔を見た後、彼女に続いた。
「タマさん! それに君も! こっちに来て」
フロアへ続く扉を抜けると、詩織はすぐに大きな声を出した。すると、反対側のリングでシュートをしていた人物は詩織たちに気づき、ボールを拾ってすぐに傍へとやってきた。
ファイ・ブレイブスの三人の選手、その向かいに、一人の謎の少年と、少女が立つ。
すると、その間に挟まれた詩織が、ごほん、と咳ばらいをした。
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