第11話 空 異章(アリディア本来ルート)
★クラウスルート★
クラウスの言葉通り、彼は少しずつ距離を近づけていった。
それはとってもゆっくりで、まるで、人に触れるのを怖がっているようにすら思えるほどだった。
そうして、いろいろなことを経験し、お互いがお互いをまるで自分の一部のように感じるようになってきた頃。
既に王位を継いでいた彼は貴族の集まる場で私を妃に迎えると宣言した。
私もいろいろなことをして来たし、それなりに評価も受けていた。だが、政治の世界においてはそんなことは些細なことだったようだ。
王宮はその日から荒れに荒れ、今まで彼の悪口を言う人はどこを探してもいないほどだったのが、私への悪口を通して暗に責める声が毎日聞こえてくるようになる。
彼はその声を静めようと今まで以上に力を入れて政務に臨んだ。睡眠時間を削り、私と会う時間を減らし、そうして多くのことを為していった。
だが、人の心が関わる以上、誰もが納得する答えは出ない。
今までなら聞こえないほどに小さかった不満の声は、全く別のことを絡ませながら大きくなり、理不尽さと共に彼に襲い掛かった。
彼の心に闇が少しずつ降り積もり、蝕んでいく。
その光景を見ながら私は思う。
こんな素晴らしい人を失うわけにはいかない。まだ間に合う。だから、身を引こう。
恐らく私は、彼との別れを後悔するだろう。
だが、ここでやらなければそれもまた後悔を生む。ならば、彼を少しでも助けられる方を選ぶべきだ。
執務室をノックする。彼の声が聞こえたので入る。
無言の抵抗もあるのか、今までは多くの人が詰めかけていた執務室には彼しかいない。
「どうした、アリディア?」
書類に目を向けながら、彼はこちらに声をかける。
「今日は、別れを言いに来たの」
彼が顔を上げる。その顔には疲労はほとんど感じない。
だが、私にはわかる。彼の心は擦れきれようとしていると。
「何故だ。そんなことは許さない」
「貴方のためよ、クラウス。私のためにダメになって欲しくないの」
彼は立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。
「大丈夫だ。直に皆も理解してくれる。寂しくさせて悪かった。もう少し君との時間を取ろう」
彼は私を優しく引き寄せるとそっと抱きしめた。
そうではない。彼の努力だけではどうしようもないのだ。人は自分勝手な生き物なのだから。
「いいえ。寂しいからこんなことを言っているわけではないの。貴方は素晴らしい人よ。才に溢れ、優しい、理想的な王様。でも、みんな貴方のようにはいかない。どこまでいっても平行線よ」
彼も私もこれまで深い繋がりを持つ人を作ってこなかった。いや、作れなかった。
どちらも不器用なのだろう。助けてくれる人はいても、少数だ。この状況を打開できるほどではない。
四大公爵達はクラウスをあまり好意的に見ていない。特にギリアリア公爵は娘の婚約拒否を突き付けられているので非協力的だった。
その嫡男達ともほとんど学園で関りは無かったし。
ただ、フレイだけは私の実力を認めてくれているようで庇ってくれていたようだが。
それでも、今後上位貴族達が私を認めてくれる可能性は限りなく低いと思う。
「アリディア。約束したはずだ。共に歩んでいこうと」
私の意志の強さを感じたのだろう。
クラウスの顔に悲しみの色が浮かぶ。
「そうね。ちゃんと覚えてる。でも、私じゃダメなのよ。貴方の横には立てなかったみたい」
まだ間に合うのだ。私が身を引けば。
貴族達もクラウスが既にこの国の要であることは分かっているのだ。ただ、私を排したいだけで。
「………………わかった。だが、来週のパーティには出てくれ。そこで皆に考えを伝える」
長い沈黙の後、彼はそう言った。それでいい。
最後の晴れ舞台をせいぜい楽しませてもらおう。
そして迎えたパーティの日。
クラウスにエスコートされて会場に入る。多くの人が陰口をたたくのが分かる。
最奥の壇上へ上がり、椅子に座る直前クラウスが大きな声を出した。
「皆、聞いて欲しい。」
貴族達が彼を一斉に見る。注目が集まるのを待つと、彼は再び口を開いた。
「私は、今日お前たちに選択を迫る」
少し雲行きが怪しい。止めようとすると彼はこちらを見て首を振った。
覚悟が見えるその顔を見て、私は黙るほかなかった。
「アリディアを認めないなら私は王位を降りる」
ざわめきが広がっていく。近くにいる貴族が声を開こうとした瞬間、クラウスが魔法を使う。
空気が振動を止め、彼らは声を出せなくなった。
そして、声を出す気が無くなるのを見届けると魔法を解いた。
「それでもいいというなら私は王位を降りよう。
だが、想像して欲しい。しばらくの間、私はお前たちの助けを借りずに政務を行ってきた。私が抜けてそれがどうなるかを」
ざわめきは起きない。彼が声を聞くつもりがないのがすでに分かっているから。
「今まで、甘くしすぎたらしい。それが王の責任だと思い、無駄だと思うような意見も聞き入れてきた。だが、それはもうやめる」
「私は私のやりたいようにやる。それが嫌ならばそう言え。私よりも王に相応しいものがいるならばそいつを連れてこればよい。それを今日は伝えたかった」
彼は私の手を握ると、引き止めようとする貴族達を魔法で遠ざけながら会場の外に出て、外まで連れて行く。
庭園までくると、彼は手を放し、こちらを見た。
「アリディア。私はこれまで、自分の意見をあまり表に出すことは無かった。色々な意見を聞くには最初に私の意見を言わぬほうがよかったからだ。だが、大切なものを失うくらいならそんなことはもはやどうでもいい」
彼がこちらを見つめ、抱きしめる。
「王として失格でもいい。でも私は、君がいなくなるくらいなら他は何もいらない」
「これまで、何かに心惹かれることは無かった。だが、君は違う。たった一つの大切なもの、私が信じる唯一の人なんだ。愛している、永久に」
そう言うと彼は私の唇を奪う。そして、一層力強く抱きしめた。
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