第5話 火、風、土 続章

あれから、孤児院の手伝いをしているうちに、近所のおばさんや、男性職員も戻ってきて私達はお役御免になった。






 孤児院の手伝いは確かにしていたが、夕方を過ぎ暗くなる頃には私達は帰っていたので勉強にもそれほど支障は無かった。






 あそこには明かりを灯しておく燃料が無いので、子供達は早めの夕食をとるとすぐに寝る。






 そして、起きると朝から国の教育施設に向かう。その上、朝昼兼用にはなるが、簡単な食事も食べさせてくれるのだ。






 この国はテストが張り出されるように実力主義がある程度まかり通っている。このため歴代の王も優秀なものが多かった。それに、国の制度も周辺諸国に比べ整っている。






 そして、将来への投資を積極的にする傾向も強いのだ。子供は種、育ててみるまでわからないというのが教育の方針らしい。






 テストの結果を見て中位貴族の子達がアリアちゃんをイジメまでしようとしていたのはその実力主義的な面も関連していると思っている。




 上位貴族は別だが、中位と下位は下剋上が起きることがたまにある。だから、育つ前に芽を潰そうという考えもあったのだろう。イジメていた子達のほとんどは中位貴族の中でも下位の方だったし。




 まあ、それでも、並大抵の結果では覆らないのでそれほど皆が気にしているわけでは無いのだが。






 話は変わるが、私は今回のテストを以前ほど本気で頑張っていない。




 生徒会で顔を頻繁に会わせてもフレイとアリアちゃんはお互いに興味はなさそうで、今後の急接近はあまりなさそうだと結論づけたからだ。












 そして、迎えるテストの日。




 フレイは珍しく何も言ってこない。淡々とテストを終えると、そのまま何事もなく終了した。




 不思議には思うが、そちらの方が楽なので、こちらからも何も言わない。




 肩透かしなほど静かに時は流れていった。



















 第三回目のテストの結果の発表日。






【評価結果】




 一位:クラウス・フォン・ロゼッタ、フレイ・ディ・グレンドス




 三位:コーネリア・ディ・ギリアリア、アリディア・クローゲン








 アリアちゃんと私は少し点数を落としていたらしい。まあ、多少は仕方ないか。




 だが、フレイがついにクラウス王子に並んだ。恐らく、今度は王子に何か言いに行くのでは、とフレイの方を見ると目が合った。






 不思議に思い、そのまま見ていると彼はこちらに近づいてくる。








「コーネリア・ディ・ギリアリア、お前に言いたいことがある」






 なんだろう。勝ったマウントでも取りに来たのだろうか。彼はいつもの如くこちらの話は聞いていないようで一方的に話始める。






「生徒会でのお前の仕事を一通りやった。この私ですら手こずらせるものがあったのも事実だ。 


 そして、今では、既にテストの結果などどうでもよいものと感じている」






「俺は、お前を……コーネリアを認めている。私を高めてくれるものとして、火を更に燃え上がらせてくれるものとして。それだけ言いたかった。ではな」








 え、なんで。このセリフって……フレイルートのやつじゃ。呆然とする私を残して彼は振り返ることもせず去っていった。





















 そのまま私は、生徒会室には行かず、ぼーっとベンチに座って空を見上げていた。




 ここは木陰になっていて涼しい風が吹く。




 そして、風が一瞬強く吹き、耐えられずに目を閉じた。






 風が去り、目を開けると最初の時と同じようにウィリアムが木に腰かけているのが見えた。




 神出鬼没とはまさにこのことだな、と相変わらずぼーっとした頭で考える。










「今日は生徒会室には行かないの?」






 彼がこちらに問いかけてくる。






「行くつもりよ。でも、重要な決裁は昨日のうちに済ませたから、急がなくてもいいかなって」






「そうなんだ。そういえば、なんで昨日、白学賞の推薦断ったの?殿下がせっかく言ってくれたのに」






 それは、この学園にある五つの賞の一つだ、四大公爵家の各分野に関連して著しい成績を収めた場合には各公爵家の推薦により青、赤、緑、茶の賞が与えられる。




 そして、白学賞とは国にとって、大きな恩恵を与えると判断された場合に王家が推薦する形で与えられるものだ。




 私は貴族の小さな勢力図とも呼べる学院に、初めてそれを統治する組織を作ったということで推薦される予定だったらしい。






 だが、私は断った。自分の意志で始めたものじゃない上、多数の協力のもとになりたっているものを自分の手柄だというほど私には名誉欲は無い。








「そうね。別に欲しくなかったからかしら。そもそも私だけの手柄じゃないし」






「そっか。君はやっぱり変わってるよ。人の上に立ちたいわけじゃない、名誉が欲しいわけじゃない、人に尽くしたいわけでもない。なのに、こんな面倒なことをやってる。


 君がこれからどう動くか読めない。まるで風を掴もうとしているかの如く」






「そう?でも、人間なんて混沌とした感情をみんな抱えてるのよ。そんなわかりやすいもんじゃないわ。貴方だってそうじゃない」






 考えの読めない代表格が何か言っている。だらけた様子で私は彼にそう言い放つ。






「確かにそうだ。でも、僕は僕のことは全部わかってると思ってたんだ。それなのに、最近前と違うことをすることが増えた。そして、それは恐らく君が原因だと思ってる」






 冤罪だ。私が彼に何かを強制したことは一度も無い。






「勝手に人のせいにしないでよね。好きにしていいって前から言ってるでしょ?」








「そうだね。僕は僕の意志でこれからも自分の行動を決めていく。それは変わらない。


 でも、今の僕はね、その時吹いている風の方向くらいは、気にしてもいいかなと思ってる。


 それだけさ、じゃあねコーネリア」






 ぼーっとしていた頭が少しずつはっきりしてくる。


 あれ、このセリフ……ウィリアムルートのやつじゃ……声をかける寸前、再び風が吹く。




 目の前には誰もいない。再び私の頭は混乱した。















 あれから生徒会の部屋に行った。フレイとウィリアムの二人はいない。そのまま、私は心ここにあらずといった感じで作業をする。




 そして、そんな様子を殿下は見抜かれていたのだろう。心配して早退させてくれた。






 早退したはいいものの、どうにも部屋に戻る気にはならず、街の外をゆっくりと、とりとめもなく歩いていた。






 そして、無意識にその足は慣れ親しんだ孤児院の方に向かっていたらしい。






 今日はアリアちゃんのシフトの日では無いので引き返そうと振り返ると、アレンが目の前にいた。








「コーネリア嬢?早退したはずでは。顔色があまり良くない。大丈夫ですか?」






 彼は心配そうな顔をしている。だが、体調自体は悪くないのだ。予想外のことが続いて咀嚼が間に合っていないようなものだと思っている。






「ええ、大丈夫。ちょっと考え事をしているだけだから」






「そうですか。でも無理はしないでください」






「そうね。まあ、すぐに元に戻るし心配しないで」






「…………」






 大したことは無い風に伝えたのだが、彼は無言になる。アレンはシナリオでも優しい性格だから気にしてしまうのだろう。もう一度伝えようとすると先に彼が口を開いた。


 いつものゆっくりした口調ではなく、少し早口で。




 




「コーネリア嬢。短い時間ではありますが、私は様々な貴方を見てきました。貴方は賢い、そして、強く、優しい。まるで大地のような人です。でも、私は知っています。大地ですらも調子の悪い日があると」






「私の体は大きく。か弱い女性を抱きしめるのには向かないでしょう。


 ですが、逆に大地を育むのは得意です。慈しみ、育て、守る、これだけならば誰にも負けない。そして、願わくば、その先に美しい花を咲かせたいと思っています。」






「……申し訳ありません。恥ずかしいことを申しました。ではまた、コーネリア嬢」












 あーもうどうにでもなってくれ。




 これでアレンルートのセリフも揃ってしまった。






 私の頭は既に許容量を超え、開き直りの境地に達していた。

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