火刑前夜

和泉 沙環(いずみ さわ)

火刑前夜

 私は異世界転生というものをしてしまい、レガトゥス帝国の皇女クラウディア・フォン・レガトゥスになっていた。

 それを自覚した瞬間──私は絶望した。

 何故なら、クラウディアは少女漫画『アドラステアの乙女』に登場する悪虐皇女と呼ばれるラスボス的な存在だったからだ。

 クラウディアは伯父であるレガトゥス帝国皇帝ガイウスに溺愛され甘やかされて育てられたので、見た目は天使なのに傍若無人で残虐非道なヤバいものへと成長する。

 黙って微笑んでいれば、天使なのに。

 そのギャップがいいのだとクラウディアを崇拝している特殊な性癖な人もいたけれど、それは置いておいて。

 悪虐皇女クラウディアは漫画の終章で、ヒロイン率いるレガトゥス帝国ラステア領独立派──クラウディアたちは彼らを旧ラステア陣営と作中で呼んでいた──の勢力に捕らえられ、火刑で爆死する。

 火刑で爆死ってパワーワードすぎるけど、クラウディアは毒杯かギロチンの二択を迫られて「毒杯を仰ぐより火刑の方がマシよ」と火刑を要求するのだ。

 ……悪虐皇女サマは、斜め上すぎます。

 クラウディアを溺愛している筈の帝国の皇帝は何しているの? とお思いでしょうが、この頃の皇帝ガイウスは何らかの陰謀によって病に臥しており、クラウディアにとって従兄弟の皇太子ルキウスが皇帝代理として全権を掌握。

 その皇太子ルキウスは実子である自分より姪であるクラウディアを愛する皇帝と、溺愛されて甘やかされたクラウディアを憎んでいたので、クラウディアが囚われの身になっても介入しないばかりか、水面下ではラステア領独立派であるヒロインと政治的に手を組んでいたので、クラウディアにとっては完全に敵だった。

 皇族のクラウディアの死刑が確定なのもきっと、皇太子の意向なのだろうと今となってははっきりわかる。

 そんなこんなで、孤立無援のクラウディアは火刑執行時に高笑いして「レガトゥス帝国に栄光あれ!」と叫んで爆死する。

 ……散り際がロックすぎるので、周りの迷惑考えてくれと言いたい。

 だって、を考えると、ねぇ。

 悪虐皇女の公開火刑を見に行ったらが飛んで来てびしゃあとなったりしたら、普通嫌でしょう? 後片付けも大変だろうし。

 クラウディアに出された二択も極端といえば極端だけど、いきなり死刑じゃなくて数多の罪状を列挙された後に簡易裁判も行われた後に死に方を選べるのだから、斬新すぎる世界です。

 ちなみに、クラウディアの懲役は53万年。戦闘力じゃないですよ。

 それだけ悪虐皇女クラウディアは、罪を犯し数多くの人を傷付け殺めてきたとも言えるわけですが──。

 そんな未来になるのが事前にわかっているのなら、普通はバッドエンドを回避しようと行動するでしょう? でも、私にはその回避行動さえ許されませんでした。

 漫画に出てきた場面になると、私の意志を無視してオートモードで展開されていたので。

 漫画に出なかった行間の場面でも【悪虐皇女】になっている時もあったので、この世界の強制力、ホント怖い。


 なので私は、火刑で爆死する最期を迎える悪虐皇女クラウディアの人生を、諦めモードでクラウディアの中から眺めることしか出来ず──現在、旧ラステア王国の王城だった場所の高貴な人を幽閉する目的で作られた塔に抑留されている。

 二月ふたつき前、クラウディアが従者の一人に裏切られて旧ラステア王国の関係者に捕縛されたからだ。

 裁判は本人不在で行われた上で、53万年の刑期が弾き出されたものの、クラウディアの死刑は最初から確定していたので、例の二択を提示されたクラウディアが火刑を要求したのが三日前。

 死刑執行の日は普通、執行当日に言い渡すそうだけど、この世界の司法関係は不勉強なのでなんとも言えない。

 けれど、クラウディアの刑の執行はきっと、明日の正午に行われるだろう。

 何故予想できるのかといえば、クラウディアが幽閉されている塔の格子付きの小さな窓から見える広場で火刑の準備がされていたからで、急ピッチで用意されたそれらは、いつでも火刑が執行できる状態になっていた。


(ようやく終わるんだ……)


 変に感慨深い気持ちにもなる。クラウディアが火刑で爆死すれば、この罰ゲームみたいな人生を終えることができるのだから。

 クラウディアは収容された簡素な部屋のベッドに横になった状態で、天窓の向こうに広がる夜空を眺めていた。今日は満月なのか柔らかな月明かりが差し込んで来ている。

 とても静かな夜だった。

 差し込む月光を眩しく思いながらも、睡魔に誘われるままクラウディアは目を閉じる。

 そのままクラウディアが眠りに落ちようとした時、それを邪魔する者がいた。

 コンコン──と、硬質な何かを叩く音がして、目を開ける。


「?」


 唯一の出入り口である扉を叩く音ではなかったので不思議に思っていると、天窓から差し込んでいた月光が翳り室内が暗くなったので思わず視線を天窓に向ける。

 ──誰かが窓の向こうからこちらを見ていた。

 逆光になっていて誰だかわからなかったものの、ここは塔の最上階なので、特殊な手段を用いらないとそこには立てない事から、思い浮かんだ人物の名を呟く。


「ヒースクリフ……?」


 その声が聞こえたのか、窓の向こうの人物が頷いた。

 ヒースクリフは一番長くクラウディアに仕えている従者だった。原作ではモブ扱いだったが、世界でも希少な魔術師でもあったので、逃亡中のクラウディアは彼に何度も助けられていた。

 クラウディアが捕らえられたのもヒースクリフが不在の時だったので、彼が側にいたら旧ラステア陣営に囚われることもなかったのかもしれない。

 そんな事を思い巡らせている間に、ヒースクリフと思われる人物の掌が光り──クラウディアに向かって大ぶりな真っ白な羽根が一枚ゆっくりと落ちてきたので、それをキャッチするべく身じろぎして起き上がる。

 ひらりと舞い落ちてきたそれを右手の掌に受け止めると、羽根は一枚のシンプルな便箋に変化した。

 室内が薄暗くても、便箋が仄かに発光していたので書かれている文字は読めたので目を走らせる。


『親愛なるクラウディア様

 貴女様を長期間、不自由な環境に置いてしまい大変申し訳ありません。

 貴女様が旧ラステア陣営に攫われ、お会いできない間、慚愧の念に堪えませんでした。

 旧ラステア陣営に貴女様を売った主犯と関係者は始末しましたのでご安心下さい。

 明日の正午、クラウディア様の火刑が執行されますので、刑の直前に司祭に扮した私がお渡しするものをお受け取りください。

 必ずお救い致します。

 貴女のしもべ ヒースクリフ』


 神経質そうな文字だったが、必要最低限のことが書かれた文章だった。さらっと物騒なことも書かれていたけれども。


「私を助けに来たというの……?」


 便箋から視線を天窓に移して呟いたクラウディアの声に応じるように、高窓の向こうのヒースクリフは頷き──片手を胸に当て一礼し、姿を消した。

 気が付けば、手の中にあった便箋も消えていた。

 悪虐皇女クラウディアが火刑で爆死するのは確定なものの、逃げる算段が書かれた便箋が残っていれば、クラウディアの爆死を不審に思った人間に追跡される可能性もあったからだろう。


(そういう事だったの……)


 ヒースクリフが来た事で、クラウディアが火刑で爆死する理由が解った気がした。

 そもそも、火刑で爆死する事自体がセンセーショナルすぎて、クラウディアらしい最期だと思っていたけれども、火刑で爆死するには爆発するような何かを身につけていないと実行できない。

 便箋に書かれていたように、司祭に化けたヒースクリフがクラウディアに渡すものがキーなのだろう。

 詳しくは書かれていないかったものの、「必ずや」と書くからには何かしらの手段がヒースクリフにはあり──明日、悪虐皇女クラウディアは火刑で華々しく爆死したと世間には思わせて、姿を晦ますのだ。

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