目覚め

@akiretak

第1話

雨がぽつぽつ降っていた。まるでナオの代わりに大量の涙が降っているかのようだった。ナオは

(最後に泣いたのはいつだろう。)

と心で思っていた。

いつからか泣くことがなくなったのだ。人は、辛さや悲しさ、喜びや怒り、すべてがなくなり空っぽになったとき、どうやら涙は出ないのである。



ナオはキコと一緒に食堂で空いてるテーブルを見つけて、昼食をとっていた。

「今日も寒いね。」

何気ない会話から始まる。

「そういえば、皆遅いね。授業が長引いてるのかな。」

キコはよそよそしながら周りを見渡す。

「科学の宿題終わってないんだよね。ナオは終わった?」

ナオは

(まただ。)

と思いながらも小さく頷いた。

「ちょっと見せてくれない?昨日、バレーで疲れちゃって、すぐに寝ちゃったのよ。」

(単なる言い訳でしょ)

とナオは心の中で思った。

(いつもこの繰り返しだ。宿題をしている最中も電話をかけてきて、教えてと言ってくる。分からなくても自分で調べようとする気がないのか。人に聞いてばかりで結局自分の頭で考えてないし、何一つ自分のためにもなっていないというのに。)

ナオは笑顔で

「いいよ。」と言って、自分のノートを見せた。キコは嬉しそうにご飯を勢いよく食べきり、ノートを開いて端から端まで書き写す作業を始めた。


しばらくすると、淳太がナオたちのテーブルにやってきた。

「何してんの?あ、宿題?」

「うん。」

キコが必死にノートをとりながら、めんどくさそうにかえす。

「俺もさぁ、終わってないんよね。後で見せてくれない?」

「いいよ。」

キコが素早く言う。

(いやいや、すべて私が書いた答えなのに、皆まねなんてしたら先生が怪しむに決まってるじゃない)

ナオはむすっとしていた。文章問題は一人ひとり違うと思っていたからだ。だが、ナオはそのまま心の声を素直に話すことができなかった。

(やめて。と一言言えたらどれだけ楽になるだろう)

「ノート借りるね。」

淳太はキコが書き終わったあと、ナオのノートを持って自分のテーブルに行き、ノートを写し始めた。

(別にいいよね?ってこれくらい聞いてもいいのに、何も言わないんだ・・。)

ナオは苛立っていた。

「ちょっとトイレ行ってくる。」

ナオはそのままその場を立ち去った。


**


会社帰り、ナオは二件の着信履歴に気づいた。

(ユミからだ。何だろう。ここ最近話してなかったのに急に連絡くるなんて・・)

ナオは不思議に思い、すぐ左側にあった花壇前のベンチに腰を下ろし、電話をかけ直すことにした。

「・・・もしもし?」

ユミが出る。

「あ、ユミ?ナオだけどどうしたの?」

「ナオ、急でごめんね。」

「さっき聞いたんだけどね、キコがひどい交通事故に遭ったんだって!」焦った口調でナオに話す。

「今は病院意識不明の状態なんだって。」

「え、そうなの?」

特に驚く様子もそれほどなく、気持ち少し高めのトーンでナオは聞いた。

「それで、それで、一緒にいたキコの彼氏さん、婚約者だったっけ?即死だったらしい・・。」

一瞬沈黙になったが、その後すぐにナオが答える。

「そう・・。」

「とにかく、病院にはまだ行けそうにないけど、何か状態が変わったらキコのお母さんが教えてくれるって。いきなりびっくりしたよね・・。一応伝えとこうと思って。」

「わかった。連絡ありがとう。ユミもくれぐれも気をつけてね。」

「うん、ナオありがとう。じゃあちょっと行くね。」

「うん、またね。」ナオは電話を切り、数分間そこから固まる。

近くの信号を渡る高校生たちの明るい声で、ふっと我に返り、スッと立った。それから何事もなかったかのように立ち去った。

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