134:冬コミ一日目!(後編)

 抽選で決まった人の為に持ってきていたスケッチブックに絵を描き始めた薫お姉ちゃん。


 それと、由良お姉ちゃんは気になるサークルが出来たからと言ってどこかへ行っちゃったから、暇になっちゃったボクは薫お姉ちゃんの絵を描いている姿をじーっと見つめていた。


「⋯⋯?」

 薫お姉ちゃんがボクの視線に気が付いたのかボクの方を向いた。


「ゆかちゃん、どうかしたのかな?」

『う、ううん!その絵を描いてる所が凄いなーって思って』

 そう言いながらもボクは薫お姉ちゃんの握っているペンの先から描かれるものに目を奪われていた。


「ふふっ、ありがと。

 結構上手に描けてると思うけどどうかな?」

『凄く上手だよ!ボクはそこまで描けないから、本当に凄いと思うな!』

「そう言って貰えると今まで頑張ってきたかいがあったなって思えるよ」

『やっぱり、大変だったの?』

 絵が上手くなる方法なんてボクは知らないから興味本位で薫お姉ちゃんに聞いてみた。


「うーん⋯⋯大変って言うか、毎日コツコツと絵を描き続けてどこがダメだったとか、あれが良かったとか、そう言うのを何度も何度も繰り返していたらいつの間にかって感じかな?それに上手い人の絵を見たりとかも欠かしてなかった覚えがあるかな?」

 ペンの先をおでこに当てながら、うーんと考えながら薫お姉ちゃんはそう言った。


『十分大変そうな気がするけど⋯⋯』

 ボクがそう言うと、そんなことないよ、と言いながら薫お姉ちゃんは首を横に振った。


「私の場合、こうやって絵を描くのは凄く楽しいし、大好きなんだよ。だから苦に感じた事はない⋯⋯うん、ごめん嘘。〆切ギリギリは結構辛かったな⋯⋯」

 苦笑いしながらそう言った薫お姉ちゃん。


『ボクも自分の決めた日に編集終わってなかった日は辛かったからそれに似た感じなのかな?』

「それの凄いやつって思ってくれたらいいかも」

『凄く胃に悪そうだね⋯⋯』

「胃がキリキリするよ⋯⋯?」

『ひぃっ!』

 想像しただけでその感覚を思い出してしまった。受験の時とか、ね?


 そんな話をしていたら隣のスペースから突然悲鳴が聞こえてきた。


「ふぇぇぇぇぇぇ!!」

 この声は⋯⋯?


「あ、あれ?今の声ってゆかちゃんのクラスメイトの子だよね?」

『う、うん⋯⋯この声はそうだと思うんだけど⋯⋯』


「な、何この列⋯⋯」

 横を向いてみればそこにあったのは長蛇の列。


 しのんちゃんがあたふたしながら一人で本を頒布しているみたい。


 ⋯⋯って一人で!?


『だ、大丈夫じゃ無さそうだよね!?』

「ゆかちゃん、私は気にしないでいいから手伝ってあげたらどうかな?」

『う、うん!行ってくるね!』

 そしてボクはしのんちゃんのサークルに入ってしのんちゃんに声をかけた。


『ねぇ、しのんちゃん、ボクも手伝うよ!』

「えっ!?しのんちゃんって!?あっ、ゆ⋯⋯ゆかちゃん!?」


『大変そうだからお手伝いにきたよ!』

「あ、ありがとぉ⋯⋯お手伝いに来る予定の人が急に体調不良になっちゃったみたいでもうだめかと思ったよぉ⋯⋯」

 あわあわと聞こえて来そうな素振りでお礼を言ってくるしのんちゃん。


 ボクはとりあえずお客さんを捌くことを優先した方がいいと思いまず隣にお会計出来るスペースを作った。

『と、とりあえず横にスペース作るね!』

「う、うん!」


 そして頒布を手伝う準備が完了した。


「すいません新刊1冊くださ⋯⋯えっ?」

『ありがとうお兄ちゃん、500円になるよ!』

「え、えっと、500円⋯⋯です」

『うん!ありがとう!これがしんか⋯⋯ん⋯⋯』


 その瞬間、僕は正気に戻った。

 いや、戻ってしまった。


 僕の手の中にあるこの新刊。

 表紙には白姫ゆかと、僕とコスプレしていた時の服を着た薫さんによく似た人が描かれていた。


「(こ、これって⋯⋯!?)」


「(ぼ、僕と薫さんの薄い本だああああああああ!!!!!!??????)」

 表紙だけは健全に見えるこの新刊。

 よく見ると見えちゃいけない物が右下に書かれていた。

 そう、成人向けの文字が⋯⋯


「(な、なんて物描いてるのさ花園さん!!??)」


 僕は思わず花園さんの顔を見てしまった。

 そして、僕の目線に気付いた花園さんも僕の視線の意味に気が付いた様子だった。


 少し気まずい空気になったけれど、一応お手伝いするって言って来たんだから、頒布頑張らないと⋯⋯


 それからてきぱきとお客さんを捌いていると、途中で他のサークルを見に行っていた由良さんが様子を見に来てくれた。

「た、大変そうだね?」

「かなり忙しいよ⋯⋯!」

「良かったら私も手伝おっか?」

「あ、ありがとうございますぅ⋯⋯」

「ゆ、由良お姉ちゃんありがとう⋯⋯」

 僕達だけでは手が回る状況じゃなかったから由良さんにも手伝ってもらうことに。


 ただ、この頒布の手伝いをするにあたって少し気になることが。


「(み、皆の視線が気になるよおおおおおおお!!!!)」

 そう、何と言っても頒布物は成人向けの本。

 それを本人が売るなんて、普通じゃないよね。


 何この羞恥プレイ⋯⋯


「(は、早く完売して⋯⋯)」

 僕の願いが通じたのか通じなかったのか2時間もするとようやく完売の兆しが見えてきて、少し余裕が出てきた。


 そこでお客さんを捌いているとふと気付いた事が。


「(あれ?この人さっき僕達のサークルに来てた人だったような?)」

 そう、本を買いに来た人達の多くの顔を見た事がある気がするんだ。


「もしかして⋯⋯」

 考えが思わず口に出てしまい、そう呟くと花園さんが反応した。


「ど、どうかしたかな?」

「えっと、何だか皆の顔見た事があるなって思って!」

 出来る限り白姫ゆかとして振る舞いながらそう言うと、列に並んでいた人達がビクッと反応した。


 や、やっぱりそうなんだ⋯⋯


 中には口笛を吹いたり顔を背けたりする人もいたけど、並んでる時点で同じだからね!?


「(僕は白姫ゆか、白姫ゆか⋯⋯)」

 無心で白姫ゆかになり、頒布を続けるボク。


『(よしっ、残り少しみたいだし頑張っていこうっ!)』


 それから出来る限り笑顔で対応して頒布を続け、ついに完売した。


「お、お疲れ様優希くん、ゆら先生⋯⋯」

「は、花園さんこそ⋯⋯」

「お、お疲れ様⋯⋯流石にキツいね⋯⋯」

 ぐでーっと今にも溶けそうなポーズを取りながらお互いを労った。


「ここまで売れたのは優希くんのおかげだよ!本当にありがとう!それにゆら先生もありがとうございました!」

 本当に嬉しそうな顔をして花園さんが僕と由良さんにお礼を言った。


「うんうん、気にしないで!困った時はお互い様だよね!」

 由良さんも笑顔でいい仕事したーって顔をしながらそう言った。


「それは良かった!それで、一つ聞きたいんだけど、いいかな?」

 僕は花園さんの顔を見て言った。


「は、はひっ!」

「今回の新刊、どう言う事かな?」

「あ、あの、あのね、優希く、いやゆかちゃんとゆるママさんの二人のてぇてぇ絡みを⋯⋯ね?」

「?」

 あれ?なんか僕の思ってる事と違う想像してる⋯⋯?


「僕が聞きたいのはそっちじゃないよ?」

「へっ?」

「成人向けの本なのに、花園さんが頒布していいの?」

「⋯⋯サークル主に年齢制限は無いからね」

 どこか安堵した表情を浮かべ僕の質問に答える花園さん。


「えっ、そうなの?」

「うん、でも買うのは制限あるけどね?」

「それは分かるよ!」

「でも頒布する側にそう言う制限はあるって聞いたこと無いから大丈夫だと思ってるけど。」

 確かに、そんな制限は聞いたことない⋯⋯かも。


「と言うか、その、私が優希くんとかをネタにしてこんな本描いてて怒らないの?」

「だって、前僕に聞いたよね?だから気にしてないよ?ただ、あれを売るのは死ぬほど恥ずかしかったけど⋯⋯」

 描かれるのと売る側に回るのでは全然違うからね。見るのはちょっと、あれだけど。


「そ、それはごめんね⋯⋯」

「ううん、大丈夫。とりあえず落ち着いたみたいだし、僕は戻ろうかな?」

「本当にありがとう!あっ、そうだ」

 花園さんはそう言いながら、テーブルの下から紙袋を取り出した。

「紙袋?」

「これ、ゆるママさんに渡しておいてくれないかな?」

「うん、分かったよ!

 あっ花園さん、言い忘れてたけど良いお年を!」

「うん!ありがとう!優希くんこそ良いお年を!」


 そして僕は花園さんから紙袋を受け取り、年末恒例の挨拶をして薫さんのいるスペースへと戻っていった。



「薫さん戻りました!」

「お姉ちゃんただいまー」

「あっ由良、優希くんおかえりなさい」

 スケッチブックに絵を描きながら薫さんが僕達を出迎えてくれた。


「あれ?まだ絵を描いてたんです?」

「うん、もうすぐラストの1個が描き終わる感じかな?」

 薫さんはチラッと隣に置いてあるスケッチブックを見ながらそう言った。


「け、結構沢山描いたんですね⋯⋯」

「時間的にこれが限度かな?いくらラフとは言え、描き慣れたゆかちゃんでも1つに1時間は欲しいけど、会場だとそこまで時間がかけられないからね」

 そう言いながら時計を確認した薫さん。


「⋯⋯あれ?もうすぐ閉場の時間?」

「そうですよ?だから僕達も戻って来た感じです!」

「うわっ、結構やばいかも⋯⋯」

 僕がそう答えると薫さんは少し慌てた様子でスケッチブックに再び絵を描き始めた。


「一気に描いちゃうから二人とも待っててね!」

 そう言って更に集中してスケッチブックに絵を描いていく薫さん。

「オッケー!お姉ちゃん頑張って!」

「はい!頑張ってください!」

 僕に出来るのはただ応援することだけなんだけど。


 それから10分ほどするとようやく絵は完成し、丁度いいタイミングでスケッチブックを取りに人がやって来たので薫さんは取りに来た人にスケッチブックを渡していた。


 そしてスケッチブックを渡し終わった後に僕達は片付けを始め、片付けが終わると帰る為に更衣室へ向かい、私服に着替えた。


 そして僕は着替え終わった時に花園さんから渡された紙袋の存在を思い出した。


「お待たせしました!」

「優希くんおつかれさま!」

「お疲れさま、優希くん!」

 二人と合流した僕は忘れないうちに薫さんに紙袋を渡すことにした。


「そういえば着替えた時に思い出したんですけど、花園さんからこれ預かってたんです」

 僕はそう言いながら紙袋を薫さんに渡した。


「あっ、ありがとう。今度会ったらお礼言わなきゃだね」

「はい!今度会ったら僕からも言っておきますね!」

 無事に紙袋も渡せた僕は安心してホテルへと帰り、明日に備えてゆっくりと眠った。



「由良、これを見て」

「何々?どうしたのお姉ちゃん。」

 そう言って私は由良に今日貰った本を見せた。


「今日貰った私と優希くんが題材の薄い本」

「あっ、今日わたしが手伝ったあの子の本?」

「そうそう、私が新刊セット渡した時に頼んでみたんだけど、本当に貰えちゃった」

「そ、それって成人向けの⋯⋯だよね?」


「う、うん」

 私は少し震えながら答えた。


「それ、読むの?お姉ちゃん。」

「う、うん。だ、だって?貰ったやつだし?捨てちゃうのも勿体無いと思うでしょ?」

「お姉ちゃん?目が泳いでるよ?」

「そ、そんな事ないよ!?」

 私はそんなツッコミをされながらもおもむろに本を開いた。


「⋯⋯」

 ペラペラとページをめくる私。

 後ろでそれを見る由良。


「「!!!!!!!!」」

 衝撃的な物を見てしまった私は気付けば鼻血を垂らしていた。


「お、お姉ちゃん!?血が出てる!血が出てるよ!?」

「えっ?」


「あわわわわわわわ」

 私は慌てながらも鼻にティッシュを当てて血が落ちるのを何とか防いだ。


「あぶなかった⋯⋯」

「お姉ちゃん、これはホテルで読むの禁止!」

 由良に止められて私は渋々本を読むのをやめた。


「⋯⋯うん」

 サークル名は白百合の園、私は覚えたよ。

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