シエル・エトワレの日常

水縹❀理緒

バースとポワソンの日常

暖かな陽に照らされた世界が、人々と共に眠る時

夜に輝く導きの子達は目覚めるのです。


ここは、シエル・エトワレ。

夜の空を守り、秩序を守り、平穏を保つ場所。

十二星座の導きの子達が集う場所。


そろそろ、ゆるりと星の子達が起きてきます。

いつもと変わらないような星々の日常

そんな、お話です



コツリ、コツリ

規則正しい靴音を奏でる影が、螺旋階段を上り壁をなぞっていく。

通った後に、何処か暖かく淡い蒼い壁紙に彩られた金箔の飾りが、彼らの目覚めを表しているように煌めいた。

影の主は長いブロンドの髪を結って止め、大きめの襟元はヨレひとつ見当たらない。そして、燕尾服にも関わらず、揺れる裾その先でさえ乱れる事は許さないと言わんばかりだ。

左右対称正確にメイクアップされたその顔は、凛々しく、まるで彫刻画のよう。

彼の名前は、バース。

シエル・エトワレにいる、十二星座の1人だ。


「さて…今日からはポワソンが担当になりますが、起きているのでしょうかね?起こしに向かった方が早かった…いや、とりあえず星屑を夜空に彩ってから考えましょう」


ピタリ足を止めたその前には、太陽の眠る世界に相応しい大きく金の装飾がされた深い蒼の扉。

金の装飾は、十二星座全てが描かれており、ひと目で誰がどれかが分かる。


「…おや。1つ足りない」


バースは扉の星々を数えた。

そこには十一正座しかない。


「ポワソンはもう来ているようですね。良かった」


ゆるりと頬を緩めた彼の顔は、きっと老若男女問わず森羅万象全てが惚れるであろう程に美しかった。

中央に星型の窪みがあり、そこへ手をかざす。

その所作でさえ見る者を引き込むだろう。


十二星座の1つが、光だし、星の窪みへ集まりだした。

窪みにじんわりと光が灯っていく。


ガチャリ


重厚な扉が、彼を招き入れる。

扉と同じ装飾の空間が広がっていた。

蕾のようなシャンデリアに照らされた漆黒の丸い机が、神秘的な雰囲気を纏っている。

椅子が12脚、均等に並べられている。

椅子と、その前にある机には、各々十二星座が刻印されていた。

そんな空間にそぐわない影が1つ。

机の上に大の字で寝そべっている。

バースはため息をついた。


「ポワソン。起きなさい。そこはベッドではありませんよ」


頬に鱗のある大人しそうな少年が、目をゆっくり開ける。

血色のない頬と唇、病弱そうな体をきっちりとした燕尾服に纏い、少し背伸びをしているように見えた。

指先しか出ていない裾で目を擦り、バースを見つめる。


「バース君か…僕、ちゃんと起きて来たんだよ。凄いでしょ…君に怒られるの嫌だからね」


彼の名前はポワソン。

十二星座の1人だ。

魚座の描いてある机の前へ、コロコロと転がり席に着いた。

カチャリカチャリと、首元の襟に付けられた、金色のチェーンで繋がっている2つの魚の飾りが、音を出した。

バースは少し目を細めたが、ふっと首を振り、天秤座の描いてある席に着く。

机の上を、スっと指でなぞった。

すると、机の真ん中にプラネタリウムのように星々が映し出される。

それをポワソンは不思議そうに眺め、バースを見つめた。

それに気づいたのか、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「さて……今から星屑の管理をしに行かねばなりません。先日はスコルピが騒がしくしていましたから、細かい星の子まで見ていられませんでした。」

「えぇ?!そんなの困るよ……夏の星の子達と関わりないし……むしろ仲が悪いっていうのに」

「すみません。私がついていながら……シエルの創造主であるコスモス様も頭を抱えていましたよ」


ポワソンは、また机に額をつけた。

手を後ろにして、意地でも動きたくないと言う気持ちが伝わってくる。

バースは、胸元のポケットから懐中時計を取り出した。

時刻は、既に闇が満ちきった時間だ。

始めなければ、スコルピの残した仕事とポワソンの仕事を今日中に終わらせる事は出来ないだろう。


十二星座の仕事は、己の星座の月日に、その世界に輝く星の子達を纏めるというものだ。

流れ星のように、勝手に動いてしまう子や、ポワソンのように寝坊したりする子もいる。

意思がある故に、喧嘩だって日常茶飯事だ。

正しい位置で正しく輝き繋ぐ。

バースの仕事はこれらの他にもあるのだが…

これは、またの機会にお話しよう。


夜の世界が壊れてしまえば、人々の世界も同じように壊れてしまう、共存関係に我々はいるのだ。


「やぁだよー…自分の星の子達の管轄も手一杯なのに…」

「私は十二星座全員と、夜の世界全てが管轄内なんですよ」

「うぅ……確かにバース君にはいつも手伝ってもらってる…僕達より大変って知ってる」

「今回は私の責任でもありますから、もちろん一緒に回りますよ。安心してください。」


ニコリとバースは微笑んだ。

懐中時計を胸元にしまい、席を立つ。

ポワソンはまだ不服そうにしていたが、ため息を1つつき、同じように席をたった。


「そういえば、他の十二星座は今何してるの?最近会ってないけど」


バースの手を握りながら、2人は歩いた。

入ってきた扉の反対側。

銀色の装飾があしらわれている扉を開き、進んで行く。

蝋燭の火が両側に灯っており、先を照らしている。


ちらり横に目をやると、もつれそうな足取りで隣をついてきているポワソンの姿が目に入る。

ブカブカで、ズルズルなその服。

今のポワソンに合わせて作られた物では無い為だ。


バースは、指を鳴らす。

すると、ポワソンの足元から雲が現れる。

一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに緩み、可愛く寝転がった。

フワフワとバースについていく。


「スコルピは相も変わらず暴れていますよ。他の星の子と喧嘩ばかり。サジテールは野次をとばしてますし、ヴィエルジュは化粧品ばかり買って借金をしました」

「ヴィ…ヴィエルジュさんは何してるの……」

「ジェモーとジェミナイは変わらず鏡ごっこをしてその辺彷徨いてますよ」

「あの双子、見分けがつかないから大変だね」

「アナタより分かりづらいですから」


ふふ、とバースはポワソンの髪を撫でる。

目を丸くして、固まった。

すると、ポワソンの体が段々と大きくなり

ブカブカだった服はきっちり身体にぴたり合って、

顔つきも大人になっていく。


そこに居るポワソンは、全くもって雰囲気も違う彼であった。


彼の寝そべっている雲が、プルプル震えだし

耐えられないとバースに寄ってくる。


バースは指を一振りし、ポワソンの足元の雲を消した。

ストンと足をつき、燕尾服をパンパンとはらって正す。

ニヤリと口元が歪むその顔は、小さい時のポワソンの影は無いに等しいだろう。


「そんなに分かりづらいか?顔が全く違うというのも、本人と当てるのは難しいと思うんだけど」

「ポワソン…いえ、フォーマルハウト。アナタは魚座と言えど、ポワソンと違う人間ですから。その考えは少し違いますよ」

「はは、そもそも俺をフォーマルハウトって呼ぶのはバースだけだからな」

「アナタが遊び半分で他の星の子をからかっているからですよ。名乗ってないのでしょう?」


フォーマルハウトはニヤリとまた口元を歪めた。


煌めく炎が揺れて、2人を照らす。

並んで歩いている姿は、まるで相棒のようだ。

しかし、どこか互いに探りを入れているような、

ライバル関係にいる気もする。


2人はとある扉の前に辿り着いた。

太陽の刻印と、月の刻印が対になって描かれている。

星々と、月暈、太陽、日暈が綺麗に繋がって、1つの刻印として成り立っている。

今は、太陽の刻印が、上にあった。


バースは、スッとそれに手をかざす。


「さて、仕事を始めましょう。いいですか?フォーマルハウト。今日は一段と忙しいですよ」

「ははっ。そんなこと分かってるよ。これでスコルピに貸しが出来る」

「いい趣味だね」


太陽の刻印が、陰り始める。

陽の暖かさを失っていき、ゴトンっと歯車が動き始める音がした。

次第に月の刻印が上へ昇っていく。

周りに散る星々が、キラキラと輝き、扉は姿を消していた。


目の前に広がっているのは、夜空。

彼らの世界だ。


近くにいた星の子達が、2人に挨拶をする。

「おはようございます、バース様、ポワソン様」

「今日もお勤めご苦労様です」

「さぁ、どうぞ私達に身を委ねてください」


キラリ、キラリ。

流れていくように揺らめき、先に続く星屑の道が現れる。

星の子達は、気がつくと居なくなっていた。


「行きましょうか。この夜空〈世界〉に」

「幸あれ、ってね」



これは、夜の世界のお話。

天秤座の星の子と、魚座の星の子

そんな二人の日常の1つ


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シエル・エトワレの日常 水縹❀理緒 @riorayuuuuuru071

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