機転の玉座

如月姫蝶

第1話

 玉座を支える者には、機転が必要である。周到な根回しもまた必要である。もちろん、玉座に昇った王者に心酔する忠臣にとっては、そうした全てがやり甲斐のある仕事なのである。

 ヴァレスは、今日も今日とて、魔王ギルドナの外遊の下準備を行うべく、古代ミグレイナ大陸沖の竜宮城を訪れていた。

「大臣、一つ教えて頂きたいのです。竜宮城では、足を組んで着座することは、失礼にあたりますでしょうか?」

 白皙ならぬ青皙、種族的に青い肌をした魔獣の青年は、眼鏡をクイッと持ち上げながら相手方に尋ねた。

 人間との表向き友好的な外交を行う中で見えてきたことなのだが、ボディーランゲージを含む礼儀作法は種族ごとに、また同種族でも文化ごとに、意味合いが大きく異なることがある。

 例えば、ある国の人間は、足を組んで座ることによって「立ち上がって戦うつもりは無い」という意思表示を行う。しかし、異なる国の人間は、「足を組むことは尊大で失礼だ」と立腹するといった具合だ。たった一つのボディーランゲージが、開戦の切っ掛けや口実にされかねないのである。

 魔獣でも人間でもない相手を、ギルドナが魔王として初めて公式に訪問するのだ。双方の実務者同士で、礼儀作法についての確認を怠るわけにはゆかないだろう。

「はて、足を組む?それは……このようなことをおっしゃっておいでかな?」

 ヴァレスは、思わず二度見した。彼の眼前の空中に、東方の装飾品である組紐のごとき何かが、みるみる編み上げられてぶら下がったからである。それらは、大臣の足だった。

「……結構なお点前で」

 棒読みになってしまったことが、ヴァレスの反省点である。

 竜宮城の大臣は、地に足がついていない。そもそも人型ではないのだ。二足だの四足だのにはとても収まらない数多くの足を、顔面のすぐ下から生やしており、宙にふよふよと浮いている。

 人一人くらい内部に匿えそうな殻を背負った、大きなアンモナイトなのである。

 いや、いやいや……大臣はともかく、竜宮城を統治するオトヒメは、人型の女性である。そして何より魔王ギルドナは、玉座にどっかと腰を下ろして、腹筋も露に足を組んだ姿が最高にイケているのである。だからこそ事前に確認したかったのだ。思い掛けず破廉恥などと呼ばれてからでは手遅れなのである。

「ふぉっふぉっふぉ……定番の宴会芸をお褒め頂き光栄です」

 アンモナイト大臣は、泰然と笑い、足を紐解こうとした。ところが、途中で知恵の輪のごとくこんがらがってしまい、ヴァレスが手伝わざるを得なくなったところまでが宴会芸のうちだとでもいうのだろうか……

「ゼーッ、ハァハァ……ご親切、痛み入ります。

 ところで、足を組むとかどうとか、そんな瑣末なことは気にして頂かんでもよろしい。

 目的が親善である以上、我らが竜宮城への客人は、わーっと来て、がーっと飲み食いして、やんやと盛り上がって頂ければ、それで充分なのですぞ」

 嗚呼、出た、これまた文化の違いだ。竜宮城は、外来の征服者のお陰で、王位の流転を経験したはずだが、「宴会第一主義」とでも呼ぶべき文化にブレは無いらしい。

「どうじゃ、ヴァレス殿、そのように気楽な相手だからこそ、魔王様の初の外遊先にはうってつけなのではあるまいか?」

 年長のアンモナイト大臣は、存外、ヴァレスの狙いを見透かしていたようだ。

 まず、ギルドナが健在であることを周知すべきか否か、それが問題だ。

 ミグランス城における死闘の果てに、ギルドナは斃れた。多くの人間はそう思い込んだままでいる。まさか、蘇生したばかりか若返り、元はもっとモフモフ、フサフサしていたものがトゥルンとなった(主に眉やもみあげの話である)だなんて、そして、そうなった要因なんて、無闇に晒せば良いというものではない。

 そして、魔王ギルドナという呼称、これも問題となり得るのだ。ヴァレスにとっては、天使が奏でる進軍ラッパのごとく血湧き肉躍る理想の響きであるが、永らく魔獣と対立関係にあった人間には刺激が強すぎるかもしれない。

 だが、時空を越えた往来が可能であるとはいえ、直接的な利害関係など存在しない竜宮城が相手であれば、若き魔王ギルドナを堂々と親善外交デビューさせることができるのだ!

「ヴァレス殿、我らがオトヒメ様も、成長著しいとはいえ、竜宮城の皆で慈しみ育みつつある若き王です。どうか魔王様の胸をお貸し頂き、外交の研鑽を積ませてやってくだされ」

 どうやら、忠臣同士の利害は一致しているようだった。


 ギルドナとアルテナは、魔獣の村コニウムで落ち合った。アルテナは、コニウムでの素朴な農村暮らしを気に入っているのだ。そして、竜宮城への公式訪問の件について、兄妹間でも打ち合わせる必要があったからだ。

「ねえ、兄さん、どうしてフィーネを竜宮城に連れて行ってはいけないの?」

 民家の中で兄妹二人きりとあって、アルテナは、あからさまにむくれていた。

「どうしてというのは、こっちの台詞だぞ。おまえがフィーネを伴いたい理由は?」

 ギルドナは、淡々と返す。

「だって、私たち親友だし……」

「魔王の公式訪問なんだぞ、アルテナ。異種族である人間を伴うというのであれば、何かもっともらしい理由付けが必要なんだ」

 言われてアルテナは、窓辺で腕を組んだ。窓の外では、子供たちが、「カブト鬼が出たぞーっ!」と大はしゃぎで鬼ごっこに興じていた。

「そうだ、兄さん、こんなのはどう?

『魔獣は戦闘に秀でた種族だが、近年は異種族と友好的な関係を構築することに力を注いでいる。魔王の妹が人間の親友を持ち得たことこそが、その証である!』……なんて感じでフィーネを紹介して、宴にも参加してもらうの!」

 ギルドナは、小さく二度頷いた。

「そんなところだろうな。おまえも今後は、魔王の妹として、公の場に出ることが増えるだろう。心しておいてくれ」

「そうだ、アルドはどうするの?」

 それは、フィーネを誘えば当然彼女の口から出るであろう質問だ。

「連れてゆく。あれは足だからな。アルドを巻き込んだほうが、時空を超える旅はよほど容易い」

「そんなのが理由になるの!?」

 兄の即答に、妹は目を丸くした。

 ギルドナはクツクツと含み笑いする。アルドはかつて、竜宮城の危機を救うべく大活躍したと聞き及んでいる。魔王の武者修行の仲間として紹介するのに、これ以上の人間はいないだろう。

「今度はウサギ鬼だぞーっ、がおがおーっ」

 窓の外では、どうやら役者が交代したらしかったが、楽しげな鬼ごっこが続いていた。

 

 


 

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