第14話 アダム創造
僕の名前はアダム。
この世界に生まれ落ちた初めての人間だと神様から聞いている。
生きろと神様に言われた僕は今、荒野を一人彷徨っている。
幸いながらも、神様からもらい受けた最低限の知識と、このリンゴと言われるいくら食べても減らない赤い果実があるため、僕は死なずに生きてこられている。
もう何日もこの荒野を彷徨っていると、ふと寂しさという感情が自分の中に芽生えているのがわかる。
神様とあの天使達と別れてからも、景色が変わらない荒野を見つめる。
そうだもう誰かと話しをすることもしていない。
ふと、自分が持っている袋の中の、赤い石を取り出す。
これを使えば、1度だけ、神様が僕のことを助けてくれるという。
しかし、恐らく今ではないだろう。
僕はぐっと寂しさを堪え、赤い石を再び袋の中へしまうと、
目の前の荒野を真っすぐと歩み始める。
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数日前のこと。
「うん。人っ子一人どころか動物や虫までに至って、何もおらんな」
魔法が使えるようになった俺は、早速いつもの家から離れ、下界へと降りてきた。
そのまま俺の後を着いて来ていたある1人の天使に当たり前のことを言われる。
「だって神様が何も生みだしていないんですよ。当たり前じゃないですか」
ぶーと口を尖らせるその生意気な青髪の女はすぐに、黒髪の凛とした態度をとるわがままボディの女に、捕らえられる。
「主様、このガブリエルの処罰は私目にお任せを」
俺はその黒髪の女に一言やめろと言うと、青髪の生意気少女はほっと一息つく。
「景色はとても美しいのですが、ガブリエルの言う通り、何もいないですね」
もう一人のわがままボディを持つ女が今度は、発言をする。
まあ皆の言う通り、あのマップに書かれてある設定ではこれが限度だったんだろうな…
そんなことを一人で思いつつ、俺はあることを思いつく。
「風もないし、香りを感じることもできないな。とりあえず風でも作るか。あとなんか動物とかその辺も創ろう」
独り言のように、唱えると、どんどんと世界の設定を書き出していく。
そのままに創るのもつまらないので、思いつく限りのファンタジー生物を頭の中に思い浮かべる。
しかし、思い浮かべたものは、絵で描くには時間がかかりすぎるため、本に雑多に設定を書き足すと、俺は本を閉じた。
「やっぱり外に出れば色々アイデアが沸くもんだ」
俺は近くにあった木の葉っぱを毟る。
そんな様子を少し離れたところから見守るミカエルとルシファー。
しかし、一人は俺の傍まで近づくと、小さな声で耳打ちをする。ガブリエルだ。
「ねぇ…ルシファーとヤったって本当ですか?」
「ぶほぉっ!?」
俺は思ってもみないことをガブリエルから耳打ちされると、そのまま噴き出してしまう。
「な…な、な、何を言っているのかなぁ?ガブリエル?飴ちゃんがほしいのか?そうなんだろう。ほれ。あっち行っときなさい」
俺はポケットから苺飴を取り出し、ガブリエルに渡そうとするもガブリエルはそんな賄賂を物ともせず、続ける。
「ルシファー本人から聞いたんですって!ねぇ…オレにもしてくださいよぉ!」
「わかったわかった今度な。落ち着け。盛るな」
「ちぇっ…もうわかりましたよ!約束ですからね!」
ガブリエルが天使2人の元へ帰るところを見ると、俺はほっとし、
手に持った葉っぱの手触りを確認する。
まったくルシファーはなんでそんなことを同僚に報告したのか…
後で叱っておかねばいけないな。
そんなことを考えつつも意識をきちんと本題に移す。
「うん。普通の葉っぱだな…。ただランダムに生えるようになってるからか、種類の違う木がちらほらあるなぁ…外観が悪い…」
俺は森を見渡しながら思う。
群生するようにしたほうがいいな…あとで書き足しておこう。
俺は葉っぱをポケットに入れ、違う場所へ行こうと合図を3人に出す。
すると、ミカエルが自分の背丈ほどある長い杖を振り、
他の場所へ行くためのゲートのようなものを開く。
ミカエルが手招きすると俺はその中へと向かう。
中に入ると一面の砂浜と海が見える。
この場所は、かなりしっかりした作りとなっていたので、特に文句は見当たらなかった。
「ちゃんと海だし、日差しも暑く感じるな。ここは…」
俺はしゃがんで砂を手で掬うとサラサラと地面に落としていく。
「これも主様の手腕でございます」
ルシファーがしゃがみ込む俺に声をかける。
たぶん砂がキレイなのは、この世界に来たばかりの時、観察しまくっていたせいだと思う。
そんな俺達2人を後目に、ガブリエルがはしゃぐ。
「泳いできてもいいですか!?」
キラキラ目を輝かせながら海を指差し、期待の眼差しを俺に向ける。
海の温度や、深さも確かめたかったので、そのことをガブリエルに確かめるよう伝えると、走って海のほうに行ってしまった。
俺は、いつの間にか海辺で全裸になって海に入ろうとするガブリエルを見て、ミカエルに伝える。
「今、水着創ってやるから、この水着を渡して着るように言ってきてくれ。あとミカエルもついでに一緒に海の感じ確かめてきてくれないか」
俺は本に記入し、現れた水着をミカエルに渡す。
水着を受け取ったミカエルは俺に軽くお辞儀をしたあとガブリエルの元へと向かって行った。
「いいんですか。あの2人に任せて」
「いいんですかも何も俺は海浸かる気分でもなかったし、丁度いいんじゃないかな」
「そうですか…」
どこか2人のことを羨ましそうに見るルシファーに同じく海に入るよう提案するが、
断られてしまった。
2人のことを眺めているのも暇なので、少しルシファーと話をすることにする。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、この前のことガブリエルに話したのか?」
「はい。いけませんでしたか?」
「いけませんでしたかって…あれは2人の秘密というかなんていうかさ…」
俺は、乙女のような発言をしてしまったことに自分で恥ずかしがる。
なんだ2人の秘密って…気持ち悪いにもほどがある。
海ではしゃぐ2人はいつの間にか水着に着替え水の掛け合いっ子をしていた。
あいつら仲悪いはずじゃなかったか…?
「主様、私は主様と夜伽を行えたことを誇らしく思っております」
堂々と言うな…太陽が照ってるだろうが…
凛とした態度を崩さないルシファーは、仁王立ちのまま、堂々と答えている。
「なんで誇らしく思うんだよ…」
そんな俺の小さな呟きも拾い、ルシファーは淡々と続ける。
「私は…天使としては3人目です」
「そうだな」
「その私が主様の1番を貰えたのです。これほどの喜びはありません」
そういうものなのだろうか…。
だから、みんなに自慢したってことか…?
俺は砂場に座り、はしゃぐ2人の姿をぼーっと眺めいる。
「そっか…まあそれならいいか。ごめんな。変なこと言って」
「そ…そんな!?謝罪など不要でございます…」
思わず慌てるルシファーに苦笑いを浮かべる。
こうルシファーを見ていると、最初の設定に後悔の念を覚える。
こいつはいつか堕天するはずなんだよな。こいつもあの自由な悪魔達のように、いつか俺の元を離れていくんだろうか。
「俺を放ってどっかいかないでくれよな」
俺は、無意識に呟く。
自分の発言が海の彼方へと消えて行く。
いつしかその発言はなかったかのように、ミカエルとガブリエルの楽しげな声にかき消された。
(なんでこんな変なこと言ったんだろう)
自分の顔がだんだんと赤く染まっていくのがわかる。
何か弁解しようと俺はルシファーのほうを振り返らず、何か話題を考えていると、
後ろから覆いかぶさるようにルシファーが俺のことを抱きしめる。
俺は慌ててルシファーに呼びかけようと振り向こうとするも、俺が話しかけるよりも先にルシファーが俺の口を塞いだ。
なんだろう…なんかこういうのって俺のほうがやるべきなんじゃないか…?
弱っている女の子を優しく包み込んでさ。
あれ?今、俺、弱ってるヒロインに見える?俺がヒロインなの?
そんなことを考えるも、どこかにその思考がぶっ飛ぶような唇の柔らかい感触に、俺は思わず、ルシファーを押し倒しそうになるのをぐっと堪える。
唇を離したルシファーは俺のほうに向き合い、トロンとした表情を見せる。
「主様は…私の主様です。片時も傍を離れません」
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
俺の思考は鈍る。
「い…いや充分わかってるって…、ごめんな心配かけて」
もう童貞は卒業したはずなのに、今のこのルシファーにときめいている俺はなんだろう。チョロインか。
しばらくの間見つめ合っていると、異変に気付いたのか、いつの間にかミカエルとガブリエルが目の前にいた。
「お…おおふ…お前達、海の感じはどうだった?」
「いい具合でした。そちらはずいぶんと楽しそうですね」
ほほ笑んでいる口元の先がぴくぴくと震えているミカエル。
一方、ガブリエルのほうは、羨ましそうに指を咥えて見ているだけであった。
「まあ待てミカエル。せっかくだ。いつも頑張っている君たちにプレゼントを用意しよう」
俺は襲われることはないだろうが、標的になるのはルシファーであろう。
仲間同士が争うのはとてもよくない。
設定上、ミカエルはルシファーに勝てないだろうが…。
俺は臨戦態勢をとるルシファーを後目に、急いで本を開き、白紙のページに書き込む。
「ほら…これお前達にあげるよ」
急いで作った女の子に似合いそうなアクセサリーを咄嗟に渡す。
アクセサリーを受け取り、ミカエルは最初の時に出会ったような大袈裟なリアクションを取る。
機嫌が直ったのにほっと一息つき、ガブリエルとルシファーにも同じようにアクセサリーを渡す。
それぞれに渡したアクセサリーは、全て宝石がついたペンダントのような簡単なものだった。もちろん宝石の色はそれぞれ違う。
ミカエルには、ダイアモンドのような白い宝石をあしらったペンダント。
ガブリエルには、サファイアのような深く青い宝石が特徴のペンダント。
ルシファーには、俺の頭の中に唯一浮かんだ黒い宝石ヘマタイトがあしらわれたペンダント。
まあ色々とペンダントに、機能として、設定は仕込んでおいたが、今は省略しておこう。
ミカエルほどではないが、ペンダントを受け取ったガブリエルとルシファーもそれぞれで喜んでいるようで何よりだ。
人一倍喜んでいるミカエルは、ペンダントを天に掲げるように喜ぶ。
そんなミカエルを見た俺は、苦笑いを浮かべる。
ミカエルが単純なやつでよかった。
「まあとりあえずここはいいとして…いくつか見て回ろう」
俺がそういうと、ミカエルははっと気が付き、次の場所へとゲートを開く。
俺達は、その後も火山、氷山、地界など見て回り、細かなところ以外特に気になる場所はなく、あっという間に夜になってしまった。
「そろそろ帰宅致しましょうか?」
何もない荒野を最後に見て回っている途中に、ミカエルが俺に言う。
確かに気になる所は見て回ったからもういいんだけど…
水着とアクセサリーだけ創って他は何も創らないなんて味気がないと思いつつ、暗い中、本を開く。
見にくそうに眼を細める俺を見かねてガブリエルが魔法を使い、光で本の周りを照らす。
こういう気遣いもできたんだなぁとガブリエルのほうをちらっと見ると、
ガブリエルは見られたことに反応しなければ、と言った感じでアホみたいにニヘラと笑顔を見せる。
(ミカエルもそうだけど、ガブリエルも初期の頃と比べると若干性格が変わってきた気がするけど気のせいかな…)
俺はそんなことを思いつつ、ペンを取り出すと、さらさらっと若い男性を描いていく。
「今度は何を生み出すのでしょうか」
ルシファーが興味本位で俺に聞いてくる。
「なんか動物とか魚とかそういうのいなかっただろ?後でそいつらは追加するとしても、このままじゃ寂しいなと思って…とりあえずこの下界に住んでもらう第一号を描いてるわけよ」
「なるほど…流石で御座います」
ルシファーは俺のすることは全て褒めてくるな…
YESマンは嫌いじゃないけど、よくないことはよくないってたまには言ってほしい…
俺は軽く人物を描き終えると、設定を書いていく。
(んーまあ一番最初の人間なんだから、アダムとイヴだろ?有名だしな…まあただ、イヴはまだ描いてないし、こいつはアダムでいいか)
名前を書いたあと、大まかな設定を書き終えると、本を閉じる。
すると、目の前に、光の柱が立つ。
いきなり現れた光の柱に驚き、飛びのくと3人の天使は臨戦態勢をとる。
それを見て、俺が慌てて説明をする。
「みんな待て待て。いきなり現れるとびっくりするから、こういう登場のさせ方を設定しただけだから武器はしまってくれ」
俺がそう説明すると、3人は見合い、武器をどこかへとしまう。
光の柱はやがて、小さくなっていき、その中心には、腰に布1枚撒いた男性が俺の前に跪いていた。俺はその男性に極力神様っぽく声をかける。
「んんっ…アダムよ。面をあげたまえ」
「はっ」
返事と共に、アダムは俺達4人のことを見上げる。
体勢は崩さない。アダムは俺達を一通り見渡す。
俺はこの格好じゃ神様の威厳が出ないと考え、アダムにそのまま待つよう指示を出す。
俺は、本を手に取り、神様っぽいヒゲとローブを作り、
自分の口元に装着し、ローブを羽織った。
本を閉じ、アダムのほうに目をやると、跪いたままじっと俺の様子を伺っている。
(こいつ結構イケメンだなぁ…。男を描くのは苦手なんだけど、本の補正って結構やるもんだな)
俺は話を続けた。
「私はアダムを創った神であるよ」
「承知しております」
「…お前に与えたのは最低限の知識とその横にある袋に入ったものだ」
「この中身は今、確認してもよろしいでしょうか」
俺はアダムに対して頷くと、アダムは早速横に置いてあった袋の中身を凝視している。俺は、今の自分の恰好に不安を覚え、後ろに控えていた天使達に耳打ちする。
振り返ると、天使達は俺の恰好と顔にぎょっとし、目を丸くさせる。
俺は不思議に思うも、天使達3人に話しかけた。
「こんな感じ?威厳出てる?」
「出てますよ、そのちょび髭で威厳が増しましたね…」
ガブリエルは今にも笑い転げそうになりながら俺に口を開く。
そんなに似合ってないのか?いや普通だと思うんだが…
俺の顔を見ていたガブリエルは、目元から涙が溢れそうになっている。
(こいつあとで絶対お仕置きしてやるわ。家帰ったら覚えておけよ。)
「いつも通りの喋り方でもよろしかったのでは、ないでしょうか?
いえ…なんでもありません」
ルシファーは小刻みに震えながら、俺に意見をぶつける。
え…?何?今の俺ってそんなにおかしいの?
いつでも自分が変な自覚はあるものの、俺の中の神様像にもやがかかる。
「私は、大丈夫です」
ミカエルは、そう言うと、目をどこか遠くへと追いやっている。
(ミカエルも笑いそうになってんじゃねぇか…)
俺のことをバカにする3人の天使達に初めてのムカつきを覚えた瞬間であった。
ガブリエルの光も相まって雰囲気は出てると思うんだけどなぁ…
笑いを堪えれば堪えるほど、面白くなっているのか、3人の天使達の口元はぴくぴくと震えている。
そんな俺達のことなど気にせず、アダムは袋の中身の確認を負えると俺に質問する。
「僕…いえ私はこれで何をすればいいのでしょうか?」
「ん…あーえっと…おほんっ。この世界で生きてほしいのだ」
「生きる…ですか?」
「この荒野を真っすぐ歩いて行くと、草原が広がり、時期に森、海と様々なものが広がっているだろう」
俺はアダムの後ろに続く荒野を指差す。
「お前は、旅をし、どこへでも好きな場所に行くがいい」
「好きな場所に…」
少し不安げな表情のアダムに俺は神様っぽく両手を広げる。
「そう…ここはお前が自由に暮らしていい世界なのだ」
ぶほぉっ!?
後ろのほうで誰かが噴きだしている声が聞こえた。
しかし、アダムはその俺の演説に感動したのか。顔を明るくさせた。
「おぉ…誠に感謝します。神よ…」
「礼はよい。私はいつでもお前を見守っているからの。
もし困ったことがあれば、袋の中に入っている赤い石に話しかけるといい。
一度だけ、お前を私が危機から救おう」
「ありがたき幸せ。では、私は、神様の命に従い、早速荒野を歩いてきます」
「無理をするでないぞ」
俺の言葉を最後にアダムは振り返らず、真っすぐと荒野を進んでいった。
これで一安心だろう。バッグの中身の説明はしてなかったけど、あれがあれば大抵のことじゃ死なないだろうしな。
俺は、3人天使達に振り返ると、3人は俺の顔を確認し、再び笑いを堪えている。
なんだか恥ずかしくなってきた俺は、ヒゲを外し、髪型を整える。
「そろそろ帰りましょうかぁ…」
まだ遠くを見ているミカエルが再びゲートを開く。
ルシファーとガブリエルが先にゲートの中へと走って行く。
俺はひとつ溜息をつくとこう思ったのであった。
(お前らの笑いの沸点はどこにあるんだよ…)
俺は、荒野を振り返り、アダムが歩いている後ろ姿を眺めると、ミカエルが開いたゲートをくぐった。
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