1‐2「俗に言う天職ってやつなのか」

この世界になんやかんやで転生した私は、最寄りの街に向かうことにした。

女神様の慈悲じひというか自費じひなのか。手元には、何枚かのコインが入った袋もある。

まずは魔王を倒すための手段…ゲームでいうところの「職業」につかなければ。


街の人の話を聞く限りでは「冒険者ぼうけんしゃギルド」という場所にいくといいらしく、

私はそのギルドに向かった。


入口をくぐると、沢山たくさんの人で溢れかえっていた。

酒を飲む人、談笑だんしょうをする人、貼り紙を見る人…とにかく大勢いた。

こういう時は受付にいくのが一番だろうか。


「すみません、冒険者ギルドの登録ってここですか?」

受付の人は…なんというか、私が嫉妬しっとするような体格をしていた。

「ええそうです。では、ちゃちゃっと登録しますね。」

そういうと受付のお姉さんは、奥からくすんだ水晶玉を取り出した。

「ここに手を置いてください。それであなたに最適な職業がわかるはずです。」


スッと手をかざしてみる。

受付のお姉さんはその水晶をまじまじと見つめて、こう言った。

「全体的にステータスは低めですね…攻撃力、防御力、運気も最低ですね…。その他も強いとは言えませんが…。」

マジか。こんなんで戦う職に就けるのか?


「…このスキルは…ええっ!なんですかこれ?!」

やっぱり凄いスキルはあるのか!希望を捨てそうになっていたけど、案外やるじゃん私_

「あなた、名前はなんと?」

「ふっふっふ…私はサナダ・チトセ!どうです?私はどんな職業が向いているんです?」


「チトセさん!素晴らしいです!」

そうだろうそうだろう。私は転生してきたし、スキルの力で無双が…!


「あなたには『ギルドの職員』として非常に価値があります!是非ぜひ一緒に働いてください!」


…?

…??


「…ん?」

「ですから、今ここに書類を持ってきますので、是非!『ギルドの職員』になってください!」


…やっぱり、希望とかいうものを信じてはいけなかったのだろうか。



_それから一ヶ月が過ぎた。

所謂いわゆる天職てんしょく」だったのか。私はギルドマスターすら認める程の天才職員と化していた。


…ちなみにギルドマスターというのは、ここの社長みたいなもので。

名前は「ギルフェンド・コーデリア」。いつもは「ギルマス」なんて呼べるほど親し気のあるおじちゃんだ。

そして、私をここで働くように言ってきたのは「セリカ・マンテル」さん。

面倒見の良いお姉さんで、後輩の私にあめむちの特訓をつけてくれた。

おかげで金銭面の心配はなく、充実した日々を送っていた。多分だけど、あと一年もすれば家が買えるんじゃないか。

一つ不満があるとするなら…冒険者にも満たないステータスのせいで、魔王討伐なんて絵空事えそらごとでしかないことだろうか。


さて、私は今。

夜遅くにギルドの掃除を終えて、一息ついていたところだ。

この世界じゃあ労働ろうどう基準法きじゅんほうなんてないわけでして、夜中になっても明け方になっても、冒険者が来ることがあるのです。

…ここは二十四時間空いているコンビニかってくらい。


「ふぅ…。仮眠の時間まで、あと一時間はありますね。…この書類を片付けて待ってようかなーっと。」

自分で言うのもなんだけど、良くも悪くも職業病って発症するんですね。


「あっ、チトセちゃん!遅くまでお疲れ様。」

「セリカ先輩じゃないですか。…もしかして、今から仕事ですか?」

「そうなのよ。討伐依頼部から『レッサーキャベツの報酬資料を、至急まとめろ』って言われちゃってね。」


数日前に発生した、空飛ぶキャベツの急襲。

私はその時、タイプライターとにらめっこして書類を書いていたから知らなかったが、後から何があったかを教えてもらった。

『毎年春になるとが飛んできて、その報酬は参加した冒険者毎に配られる』そうだ。

その時は信じられなかったが、その後配られた資料と冒険者たちが持ってきたキャベツを見て、ようやく理解した。


「…あの冒険者の人数分書類作成しろなんて、討伐依頼部長も無茶苦茶ですね…。」

「まあお給料は出るらしいし。それより、チトセちゃんこそこんな時間まで何を?」

「似たような経緯けいいですよ。三十分くらい前にきた冒険者が、見事にシュワシュワをぶちまけやがりましてね…。たまたまいた私が掃除する羽目になったんですよ。」


お互い苦労してるな…なんて思いながら、セリカ先輩と談笑していると。

突然、スティールカメラ…防犯カメラの映像が映し出される。


「こんな時間に…いったい何が_。」

映像を見たセリカ先輩は、急ぐように町内放送のマイクの電源を入れる。

サイレンが鳴り響く中、先輩は冒険者に呼びかけた。


「全冒険者に報告、直ちに正面門にて戦闘態勢せんとうたいせいを取ってください!!」

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