探索者 2

 通りの端に、人だかりができていた。

 殺人事件があったらしい。近寄ってみると、そう話している声が聞こえた。

 皆で路地裏を囲うように半円の形で集まっている。そこが現場のようだ。

 騎士の恰好をした人たちが統制をとっていた。離れてください。と、アーサーの前にも、騎士が近づいてくる。

「ヘクター」

 騎士たちの中に知っている顔を見かけたので、アーサーは声をかけた。

「あれ、アーサーじゃないか」

 白く柔らかい髪が、ふっと吹いた夜風に揺れた。夜空をイメージした青紫色の装備は、彼の瞳の色と同じで夜の闇に溶け込んでいた。

 ヘクターは、騎士団の副団長だ。正義感が強く真っ当な人柄で、美しく魅力的な容姿も相まって初対面の相手からも好かれる好青年だった。

 アーサーも彼のことは信頼していた。だから聖剣の捜索を頼んでいた。

 しかし。

「殺人事件ってほんと?」

 アーサーが聞くと、ヘクターは頷いた。

「うん、トカゲが出た」

「トカゲ?」

「連続殺人鬼のことだよ。誰が名付けたのか、そう呼ばれるようになった。殺人は明らかになっているだけで十件以上ある。しかもまだ捕まっていないんだよ」

 これは聖剣どころではないなと、アーサーは思った。

 そもそも副団長である彼は多忙の身だ。この街のために日頃から様々な活動、任務、指導を行っている。いくら友人だからといって、個人的な頼みごとをして彼の時間を奪うのはよくないと感じてはいた。

「ヘクター。わかっているとは思うけど、無理に時間をつくってまで俺に協力してくれなくてもいいからね。君は君のやるべきことを優先してくれ。この街を守るのが、君の役目なんだから」

「でも、君だって困っているだろ?僕は困っている人の力になりたいんだよ」

「情報をくれるだけでもありがたいんだよ」

 わざわざ聞き込みをしてくれたりしなくても大丈夫だよ、と言う。

「それなら、僕より頼りになるかもしれない人を知っているよ。訪れてみるといいかも」

 ヘクターが、はっと思い出したように言った。無邪気な笑顔が、眩しかった。後ろにいる野次馬たちの、特に女性からの視線があつい。老若問わず、皆、発情した動物のように頬を赤らめている。というより、有名な歌劇団の舞台でも見ているかのように、心酔して魅入っている。

「その人は騎士?」

 もし騎士団の一員なら、断るつもりでいた。やはり迷惑はかけたくない。

「いいや、違うよ。今は西区にある宿屋で働いているんだ。あ、違うっていうのは、元騎士だったって意味で、昔、辞めちゃった子なんだ」

「物知りなの?」

「というより、君が知りたがっていることを知っているかもしれないってだけだよ」

 ヘクターは腕を組んだ。

「聖剣が盗まれたのって、十年前なんでしょ?」

「そうだよ」

「当時、僕はまだ騎士じゃなかった。でも彼女は、すでに騎士として活動していたんだ」

「女の人なのか」

「うん」

「で、ヘクターより先輩」

「頼りになるよ。人一倍、正義感の強い子だし」

「君が言うなら、まあ」

「何と言っても、我らが騎士団長の実妹だからね。名前は――」




 ————




 宿屋に向かう途中で、酒場に立ち寄った。

 ヘクターと出会った事件現場からすぐのところにあるので、宿屋へ行く回り道にはならないから、様子を見てみようと思った。

 タケミの情報屋が、西区の中でも南区から離れた繁華街方面にあり、酒場は南区に近い住宅街方面にある。ので、トカゲの事件は、タケミの情報屋と酒場に挟まれるような場所で起きていた。といっても、ほとんど酒場の裏道から繋がっている小道だったので近場ではあるのだが、とにかく、酒場まではすぐだった。

 酒場の入り口に、人が集まっていた。

 またかと、アーサーは思う。聞き耳を立ててみると、騎士を呼んでこいだの、誰かあいつを見なかったかだの騒がしくしていた。何か揉め事があったらしい。

 人が多すぎて中に入れそうにない。

 アーサーは去ることにした。タケミの情報屋を知っていた大男に話を聞こうかと思ったのだが、難しそうだ。

 衝撃が体を襲ったのは、その時だった。

 肩をつかまれ、路地裏に引きずり込まれたのだと、尻もちをついた後で理解した。

 起き上がろうとすると、「動くな」と低い声がした。

 ゆっくりと顔を上げる。

 相手はわからないが、複数人いた。できるだけ怯えた表情をつくり、逃げ腰の態度を取るのだと自分に言い聞かせる。いざという時にはナイフを取り出せるように、片手は見えないところで自由にしておく。

 背の高い男が二人。その二人に挟まれるようにして、ガタイのいい男が一人。そして彼らの後ろに、小太りの男が一人いた。

 手前の三人はボディガードのような役割で、奥にいる小太り男がボスだろうかと予想する。丸々とした腹にはマスコット的な可愛らしさがあったが、顔面が小汚いので気色悪いなと思った。少なくとも、アーサーの趣味ではなかった。

 小太り男が近づいてくる。しゃがみ、同じ高さに顔を持ってきた。

 アーサーは「誰ですか」と、わざと声を震わせて言った。もちろん、震えるほど恐怖を抱いているわけではないのだが、実際、知らない相手だった。

「正直に答えろ。酒場でのあれは、お前がやったのかどうか」

 小太り男の声には、威圧感があった。それと、酒臭さも。

「酒場って、どこにあるんですか?」

 アーサーは言う。間抜けな答えだとは、自分でもわかっている。が、こう切り出すのがいい。

「すぐそこのだ。人が集まっているだろ」

「え、そこ酒場なんですか?じゃあ、あの人だかりって、もしかしてお姫様が来てるんですか?」と、アーサーは興奮気味に声を上げる。

「はあ?何言ってんだ」

 小太り男は呆気に取られたような顔をした。まあ、そういう反応になるだろうな、とアーサーは心の中で呟く。

「母に聞いたことがあるんです。お城に住んでいるお姫様は国民に気づかれないように、こっそり街へ出てきて、酒場でお酒を呑むんだって」

 アーサーは、晴天の日に広場で走り回る子供のように、はしゃいだ声で言った。夢みたいだ、と。

「お忍びって言うんでしょ。すごい!ほんとに来てるんですか」

 変に知らないふりをして探ろうとしたり、動揺して勘繰る様子を見せたりするよりも、こういった話の通じない阿呆を演じた方が相手の警戒も解けやすい。とぼけているのかと疑われることもあるが、こういう駆け引きを多く経験している人間ほど、そのうち、変に勘をはたらかせる間抜けなのだと思い込んでくれる。

 そして、関係のない人間を渦中に招く危うさや面倒さも知っているので、何もなかったことにして解放する。その道の長い人間ほど、そうする。目の前の小太り男も、そのはずだ。と、アーサーは踏んでいた。

「……ああ、そうかもな。気になるなら、見てこいよ」

 そう言って、小太り男は三人の男たちに合図を出し、表の通りへと消えていった。

 アーサーは息を吐く。

 彼らは三流だ。本物なら、簡単に開放したりはしない。どんな些細な情報でも潰そうとする。たとえば、自分たちが何かを聞きまわったという事実でさえも。目撃者や聞いた相手は生きていないことが多い。

 そもそも本当に物騒な連中なら、こんな人の多いところで大胆な行動はとらない。夜の路地裏が暗いとはいえ、顔だって隠していなかった。それとも、顔を見られても問題のない人物、それこそ、表の世界でも裏の世界でも顔が広く、味方が多いのかもしれないが、どのみち開放されたのは幸運だったな、と思う。

「あんた、災難だったな」

 知らない男が話かけてきた。口ぶりからして、先のやり取りを見ていたようだ。黒ずんだ服を着て、頭には大きなふけを乗せている。

「誰ですか?」

「ただ、この辺りで生きているじじいだよ。まあ、家はないがな。それでも不幸だなんて思ってはいないよ。これでもけっこう幸せだ」

 一瞬、先の小太り男の仲間を疑ったが、そうではない様子だった。仲間にしては警戒心も緊張感もないし、あまりに無防備すぎる。

「彼らをご存じで?」

「ちっこい男は商会の会長だ。他にいたのは取り巻きだろう。そこの酒場で、何やら事件があったらしい。それに巻き込まれたんでイラついていたんだろうなあ」

「事件?」

「よくは知らんのだが、あの男は、これをかぶった男を探しているようだったぞ」と、男の手には薄汚れた亜麻色のハンチング帽があった。男は欠けた歯を見せながら、にっと笑った。

「どういうことですか?」

「さあな。たぶん、何かちょっかいでもかけられたんだろう。酒場から出てきた、それこそ、ちょうどあんたくらいの若いやつがこれを脱ぎ捨てて行ったんだ」

「そうなんですか」

「あんたもブロンドの目立つ髪色しているからな。間違われたんだろうよ」

 これは親譲りで、と言いかけて、やめる。関係のない話をする必要はない。そんなことより、ヘクターに教えてもらった宿屋に行く途中だったのだと思い出した。

「では、俺はこれで」

「ああ、気をつけろよ」

 ハンチング帽をぎゅっと握りながら、男は言った。

「その帽子、あなたが持っているつもりですか?」

 特に意味はなかったが、アーサーは去り際、気になったので訊ねてみた。あっさりと開放する甘さがあるとはいえ、髪の色と背丈が似ているからという理由だけで人目も気にせず路地裏に引きずり込み、詰め寄るような連中だ。目の前にいるホームレスの彼が、同じ目に遭わされるんじゃないかと想像して、胸糞悪く感じた。

「そうだな、質屋にでも売ろうかと考えている。いや、卑しいやつだと思ってくれて結構だよ。でもな、こうしてでも生きていたいんだよ、俺も」

「いや、わかるよ。みんな生きるのに苦労しているから」

「ああ、あんたもだろう」

 そう言って男は、ハンチング帽に視線を落とした。

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