邂逅

遂古いにしえはじめにして、たれかこれをつたいけるや。

 あめつちいまあらわれぬに、なにりてかこれをかむがえしや。

 くらしともあかしとも瞢闇わかたれぬに、たれくこれをきわめしや。

 馮翼ただようこともかたちあるとて、なにてかこれをりしや。

 あかくらあかくらく、かれこれなにをかせしや。

 たびとつぐとて、なにをかもととしなににかりけるや」

 そうみんいっかんしょもつひらいて、そのぼうとうかまませた。かまはこうんだ。そうみんはそれでかまひとった。かまそうみんきわめて、そうしていえかえることにした。

 、ふりかえると、ほうこうじゅうしゃとうがそびえているのがえる。ほうこうは、とうひがし西にしきたみっつのこんどうがあり、そのまわりをかいろうかこんでいる。そのかいろううしろにこうどうがある。きたこんどうには、かままれるよりまえのことだが、ほんぞんたるべきじょうろくぶつぞうとき、そのよりもおおきかったので、くらつくりノこうみょうふうをしてなかれたといういつがある。

 このらんばれるもの、やまとノくにでんとうほかからけんちくを、このましくおもう。しゅっをしてほとけみちはいれば、そこにはうじかばねというものからはなれたかたがある。

 ぶっきょうが、くれノくにてんのうより、百済くだらノくにしょうおうかいして、わがひろにわノおおきみつたえられたのは、いまよりひゃくねんちかまえのことであった。ひろにわノおおきみぶつぞううつくしさにりょくかんじて、そのあつかいの奈何いかんちょうはかった。しかるにおみむらじどもはきゅうしゅうまもってせいおもむところらず、なかでももののべノむらじもっとがんめいであった。そこでがノおみだけがひとりぶっきょうあがめてつたえた。

 ひろにわノおおきみんでみこおさだノおおきみち、おさだノおおきみぬとおとうとたちばなノおおきみいだ。ひろにわノおおきみみこたちのなかで、かしきひめノみことこそはぶっぽうものであった。たちばなノおおきみぬと、かしきひめノみことがノうまこノおおおみをしてもののべノもりやノおおむらじたせた。はつべノおおきみったが、かしきひめノみこととくがあったので、ひとびととうとばれた。はつべノおおきみぬと、かしきひめノみことっててんのうしょうし、やまとノくにはじめてぶっきょうおこさかえしめた。このてんのうだいかままれた。

 たしかに、ぶっきょうはこのくにふるちつじょどうようさせつつある。しかしそれはまだれつしょうじるほどにはいたっていない。うじかばねというものは、まだひとびとかたしばっている。しかもおおくのものはこのせいやくうたがわずかんじゅしている。このそくばくそくばくとしてかんじているのは、

おもうにわれあるのみか)

 と、さびしくひとごとをする。


 がノいる鹿かノおみには、

なかとみノむらじかま

 というまえは、それまでおぼえがなかった。あるいはどこかでいたかもしれないが、そんざいかいれるべきようなあいではない。姿すがたところではない。

 がノうまこノおおおみまごであり、がノえみしノおおおみである、この入鹿いるかにとって、そうみんしゅさいするこうかようというのは、べつひつようのないことであった。いえひととおりのがくもんおさめて、よわい、このうえなにくわえなくても、おおおみしょうらいやくそくされているのだ。

 入鹿いるかもとめられたやくわりひとつは、そうみんならわかおうぞくをすることであった。もともとこのきょういくぎょうは、たからノ王女みこがその王子みこたちにたかがくもんあたえたいとほっしたことからている。たからノ王女みこおかもとノてんのうとのあいださんにんんでいる。そのちょうなんなかノおおことかづらきノ王子みこでもまだはちさいである。きのほんからおしえねばならないもののために、はんであるそうみんがそうそうわずらわせてもいられない。そうかといって、ぶんぴつしょくのうとするようないやしいうじものなどは、王子みこにはけられないというわけだ。


 かるノ王子みこは、たからノ王女みこ同母弟いろどで、もとよりがくもんこのこころがあり、またおいたちのいんそつしゃとして、ほうこうかようこととなった。そうみんこうがここにひらかれると、ほとけまえではぞくけんぶんこだわらずともいとのたてまえで、せんさまざまうじうじものたちがあつめられた。このやまとノくににはぜんれいいことで、ぶんちつじょみだしかねぬものと、こころよからずおもきもすくなくないなかで、かるノ王子みこはただがくもんさかんになろうことをよろこんでいる。

なかとみノむらじかま

 というを、かるノ王子みこっていた。なかとみノむらじおうつかえて、さいつづきなどをこととするしょくのうから、みやおくはいってはたらくこともゆるされている。それでちち弥気子みけこっている。かまがここにていることをこのましくおもう。むしろがノおみのようなだいぞくこわいようながするのだ。


 がノいる鹿かノおみ、その姿すがたかまはここでひさしぶりにた。としに、なにた、たしかにあのこうである。ぶっきょうこっこうりゅうこうしんであるおんぞうで、大臣おおおみあとりとされるじんぶつ。このくににあってこれじょうゆうないたちはあるまい。

 ほうこうもんひらかれて、ほとけまえにはびょうどうであるとはいえ、おのおのがそのぶんおうじて、みずかえんりょをし、まえゆずうしろへとせきりつつある。

(どうかしてまえたし)

 かまだけがそうかんがえている。

 まえまえに、ふたちいさい王子みこれて、かるノ王子みこすわっている。かるノみこには、ちちのことならかおられているはずだ。いまばかりはそれをえんとして、そばちかくをゆるされることがないものだろうか。すくなくともあいさつをしにすいさんすべきゆうくもないだろう。

「これ、いずれのうじなるや」

 おぼえず、かま入鹿いるかせっきんしていた。はじめてぢかにそのかおると、としかっこうおのれよりじっさいばかりうえらしい。いままでとおきにのみしていると、ぶんとはことなるまばゆこうとはおもっていたけれども、こうおなどうがってみると、そうでもない、なあんだ、ただのにんげんじゃないか、とおどろく。そしてはらつ。

なかとみノむらじかま

 のれば、このがノおみところとなる。かるノみこにもられることになる。

「どこにかすわるつもりなるや。身分きわこそわきまえよ」

 入鹿いるかがそうしかけるのはともかくとして、こえさせたことをひとまずのまんぞくとして、このがった。

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