3.光、新たに 〜穏やかな終焉〜
街を歩いていると、ある日突然更地になっている一画に気がつくことがあります。
実際は「突然」などということはなくて、前から兆候はあったはずです。
考えればしばらく違う道を使っていただとか、更地になったから気づいたけれど実は無関心であっただとか、そういう理由で「突然」と感じるのでしょう。知り合いの家や普段から利用するお店でもない限り、街の建物ひとつひとつに注意は払わないですから。
その証拠に、そういう「更地」を見ても何があったのか思い出せないことがほとんどです。また、思い出せたとしても、なくなってしまった理由がはっきりと分かることなんてまずありません。
そこが住宅だったのなら住人が引っ越してしまったのか、お店だったのなら移転したのか、何かの理由で閉めざるを得なくなったのか。
無くなるまで気付かなかったくせに、ないと分かれば急に気になって、SNSなんかで調べたりして。何があったか判明し、それが一度でも行ったことのある店だったりすれば、移転先だの閉めた理由だのをさらに検索したりする。
下手をすればそこに行ったとき以上の興味の持ち方です。なんと薄情なことか。
そんな僕が、前に一度、知り合いでもなんでもない店の「無くなる」気配に気づいたことがあったんです。その時は、その場所の前を通るたび「無くなる日」に向かう変化を感じとるほど感傷的になりました。
閉店するとその直前の状態のまま放置され取り壊される例が多い中で、そのお店は静かな儀式のように「おしまい」に向かっていったからでした。
ここに載せるのは、おしまいの頃のそのお店を撮った写真に自分の感じたもの悲しさまでもが写っている気がして書いた文章です。
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ある日、近所の材木店が閉店した
小川沿いの遊歩道に面したところに
割と広い敷地で構えていた店だった
その区画から、木材の立ち並ぶ光景が消えた
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トタンで囲われた幾棟かの家屋はすべて木造だった
作業場の観音開きの入口の一抱えもありそうな閂も
風通しのための跳ね上げ戸を開けておく支えも
店前の「ご希望に合わせて木材を加工します」の看板も
当たり前のようにすべてが木製で、古いけれど温かみのある一角だった
✿
その店に、あるとき木材が少ないことに気が付いた
それまではいつもずらりと材が並んでいた
奥から手前へ立て重ねるようにした材が
置き場の家屋幅いっぱいに横に並んでいた
また別の置き場には平積みにされた材もあった
それは雨ざらしにならないように
海外の言葉が印刷されたシートが掛けられていた
そういう平積みの塊もいくつもあった
いつでもそれが当たり前という光景に
あるとき少しだけ隙間を感じるような気がした
そう気がついて注意を払うようにしたら
たしかに木材在庫が補充されないことに気がついた
最初は「気がする」程度だったのが
通るごとにはっきりしてきて
やがては「みるみる」に変わっていった
そしてついに
家屋の柱や筋交いが素通しで見えるようになった
「もしかして建て直すのかな…
いや、無くなってしまうんだろうな」
とにかく見た目にも古い材木屋だったから
新装する可能性もあってよかった
なのに閉店という印象が強かったのはなぜだったのだろう
すっかり木材はなくなって
いつでも解体できそうになった頃
休日の夕方に前を通りかかると
木材置き場だった家屋1階部分に
向こうから日が射し込んでいた
刈られることのない草と
その上の小さな蚊柱を
その光が生き生きと見せていた
✿
✿
がらんとした光景がその後もしばらく続いた
そんなある日、仕事から帰宅すると
その事務所の前にテーブルと椅子を出し
黒い服に身を包んだ人々が座を作り
しずかに談話しているのを見た
…と妻から聞かされた
解体作業が始まったのはそれから数日後だった
✿ ✿ ✿ ✿ ✿
(写真を近況ノート”「3.光、新たに 〜穏やかな終焉〜」のこと”に載せました)
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