第28話
イナッカには領主の館から教会を経由して街の外に繋がる大通りがある。今そこは多くの人が話題の勇者を見ようと詰め掛けていた。
人を掻き分け、教会の前まで来たグロウスはそこで領主館から向かって来る神輿を見つける。
白い荘厳な神輿は多くの教会騎士に守られ、その上には自身の相棒が民衆に向かって手を振っていた。
その横には白い清楚な服を纏った女と昨日見た黒い神父が並んで立っている。先頭にはこの街の領主がこの街から勇者が生まれたと馬に乗りながら大声で宣伝していた。
グロウスは神輿に乗る相棒の様子に違和感を覚える。いつもであれば人々に笑顔を向けて誰にでも優しい表情をするはずが、一切の表情が消されてしまった様に無表情だった。
そして、いつもならば付けていないはずの“チョーカー”が目に付いた。十字架をかたどった装飾がされた黒いそれは、昨日は確実に着けていなかったはずの物。
かつて、シンクが語った話の中に人を意のままに操る術がある事を聞いていた。グロウスはあれが悪さをしてシンクが豹変した事に気が付く。
気が付いてしまったグロウスはその隊列の前に飛び出してしまっていた。
「シンク!!」
声を上げながら隊列の前に出るグロウス。周りを警護していた騎士達は不審者である彼に抜刀して剣を向けた。
「無礼者!!これは勇者様のお披露目である!!誰かこやつを捕縛せよ!!」
領主が騎士達に向かって声を掛けるとすぐに騎士達が動きグロウスを捕らえようとする。だが誰もその場からグロウスを動かす事が出来なかった。
この時グロウスは足の裏に盾を生み出して地面に埋め、アンカーの変わりにしていた。よく見れば靴に盾を固定する固定具が見えたはずだが、領主の命令で慌てて動いた騎士達は気付かなかった。
「もうよい!!切り捨てよ!!」
領主の命令にグロウスに切りかかる騎士達。だがその攻撃もことごとくが弾かれ、騎士達の剣は全て折れてしまった。手が出せなくなった騎士達を一瞥した後、おもむろにグロウスは口を開いた。
「領主さんには申し訳ないが俺は相棒に話があって来ただけだ。話が終ったら邪魔はしねぇ。おいシンク!!何やってんだ!!今日は俺達の旅立ちの日だろうが!!皆待ってんぞ!!」
グロウスの声に反応を返さないシンク。この時点で確実に人格の操作を受けていると判断した。
「勇者様は下賤なあなたとは話をしたくないと仰られております。」
代わりに答えたのは横に居る女だった。だがグロウスの耳に女の声は届かない。
「おう、見事に操られてんな。仕方ねぇ、“約束通り”殴って目ぇ覚まさせてやる。」
その言葉を発すると同時、瞬時にシンクの前に飛び出したグロウスは立ちふさがる騎士達を体当たりで弾き飛ばしチョーカーを握りしめてシンクを殴り飛ばした。
突然の事に悲鳴を上げる民衆を尻目に、苦い顔をしたのは神父と女。なぜならば今の一撃でシンクの行動を縛っている首輪に少しだけ傷が入ったのだ。
「おらっ!お前が目覚めるまで殴るのは止めねぇぞ!!」
もう一度シンクを殴るグロウス。グロウスの後ろから騎士達が妨害しようと攻撃を加えるが、一向に止まる気配はなかった。
不甲斐ない騎士達に目を向けた後、女が懐から杖を出したところで状況は一変した。
「勇者様、その蛮族をどうか我らの為にお止下さい。」
その言葉と同時に聖剣を生み出したシンクはグロウスに斬りかかったのだ。聖剣を受けるグロウスを見て民衆は真っ二つになる姿を幻視した。だがそうはならなかった。
ガギンッ!!
そんな音を出しながら聖剣はグロウスの腕に止められていた。これには神父も女も驚いた。
「そんな!?勇者の聖剣を受け止める何て!!」
「貴様!!何者だ!!」
「お前等か、こいつを操ってるのは。女、お前の持ってる杖がカギだな?ぶっ壊させて貰う!!」
2人の誰何に答えず、グロウスはシンクを助ける為に動く。近距離で聖剣を受け止めた化け物に襲われる恐怖に見舞われた女は杖に魔力を込めて叫んだ。
「勇者!!そいつから私を守りなさい!!殺せ!!」
その言葉を受け瞬時に女の前に飛び出したシンクは、“普段見たことも無いような光を放つ”聖剣をグロウスに見舞った。
肩から腹にかけて深く切り裂かれたグロウスはその衝撃を受けて吹き飛ぶ。
「ぐっ!?」
苦悶の声を漏らしながら体制を整えて着地するグロウス。しかしシンクは殺せと命令されていた為すでに追撃に移っていた。
再度切り裂かれるグロウスの体。グロウスはたまらず疑問の声を上げる。
「なんっだぁぁぁ!?今まので聖剣と違うのか!?」
体中に切り傷を作り続ける聖剣に対してなすすべなく斬られて行くグロウス。その疑問に女が得意げになって答える。
「ふんっ!!お前がどんな人間か知らないが、“覚醒”もしていない勇者の聖剣を受け取めたからと良い気になるな!!勇者は成人になるまでその力が制限される!!聖剣の力も当然その分落ちる!!これこそが勇者の本気なのよ!!」
自慢げに語る女の話を聞き、聞いてねぇぞ相棒と恨みのこもった目をシンクに向けるグロウス。その時、その目の奥で困惑と謝罪の気持ちが揺れ動いた事に気が付いた。
そして次に宿った光はいつも修行の時に見ていた光。それは今よりも強くなろうという覚悟の光だった。
グロウスはそんな光を灯したシンクの目を信じた。そして言葉を交わさずに頷き、いつか助けると目で語る。わずかにシンクが頷いたような気がした。
「はっ!!だが俺は死んでねぇぞ!!洗脳してるんだからそれも仕方ねぇよなぁ!!」
「勇者は“善意”で我々に協力している。言われない中傷は辞めて貰おうか!!」
「だったらなぜ喋らねぇ!!この街の奴なら知ってるぞ!!こいつはこんなに冷たい表情をする奴じゃねぇってな!!いつも笑って人に優しい奴だってな!!」
話している間にも続くシンクの攻撃。腕を、足を、首を、体を、次々と切りつける連撃の中でグロウスは“耐性”を上げて行く。すでに最初に負った傷程深く斬られなくなってきていた。
「覚悟を決め、今までの自分と決別した勇者様の心を乱す不届き物は許しません。勇者様?“早くその者を消し去って下さい。”」
女の言葉に ビクリッ!! と体を震わせたシンクはグロウスから離れると聖剣に力を溜め始めた。
今まで現状を見守っていた領主は、聖剣に溜まる力に驚きシンクに声を掛ける。
「待って下され勇者殿!!このままでは我が街と領民に被害が出てしまいます!!我々で対処しますので止まって下され!!」
だがその言葉は届かない。力を溜め続けるシンクに、今までグロウスが語っていた事は事実ではないかと疑いを持った領主は急いで兵達に民衆の避難を命令した。
慌ただしく動き出す兵士と叫び声を上げて逃げ出す民衆。そんな中でもグロウスはシンクから目を離さなかった。
そして力を溜め切ったのかシンクが聖剣を突き出すように動かす。聖剣からは直視できない程の光の奔流が放たれグロウスに向かって直進した。
グロウスは両手に盾を生み出し、斜めに構えた。盾に衝突した光はその威力を持ってグロウスの体を後ろに運ぶが、傾斜を付けられた盾に当たる事で空に向かって向きを変えられていた。
歯を食いしばり、光の奔流を上空に受け流し続けるグロウス。それを見た女がさらにシンクに命令を出す。
「“早く消しなさい。”」
ぐっと聖剣に力を入れるシンク。光はさらに強くなり、グロウスを押す力も増した。そしてとうとうその時が訪れてしまった。
ピシッ!!
今まで光に耐えていた盾に罅が入り、その罅は次第に大きな亀裂になって行く。そんな現状に在ってグロウスは後ろをちらりと確認した。
すでにそこには兵士と民衆はおらず、外に通じる大通りが見えるだけだった。その事に安堵したグロウスは最後に“相棒”に向かって言葉を掛ける。
「待ってろよ!!この借りは必ず返すからな!!」
次の瞬間には構えていた盾が砕け散り、グロウスの体は光に飲まれて消えて行った。光は大通りを過ぎ、門を破壊しながら外に流れ遠くに見える丘に直撃して土埃を上げて消え去った。
その結果に満足したのか、女は抑揚に頷き勇者の腕に自身の腕を絡める。
「さすが勇者様、これならば我らの”敵”を完膚なきまでにたたき潰せるでしょう。」
呆然とする領主と民衆を置き去りに、勇者一行はそのままイナッカを後にして一路エクシアを目指して出発した。
毎回無断転載対策で以下の文を入れます。読み飛ばしても大丈夫です。無断転載ダメ!!絶対!!
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