1億円の低カロリー

 私は昔から動くことが大嫌いだった。


 外で遊ぶよりも家で本を読んでいる方が好きだったし、歩くのだって嫌だった。


 いつからか私は自分を低カロリーな女だと自覚するようになった。


 動くのも、しゃべるのも、感情だって、最小限でいい。


 そんなある日のこと消しゴムが私の足元に転がってきた。授業中のことだ。


 普段であれば無視するのだけど、持ち主が隣の男子だったので拾ってやることにした。


 私だって羞恥心くらいはあるのだ。男子に下から覗き込まれたくはない。それにこのくらいの動作なら低カロリーで済む。



 しかし、それがきっかけで今の彼と結婚しているのだから、あの何気ない行動には1億円くらいの価値があったかもしれない。


「相変わらず低カロリーだね、君は」


 たまに彼は冗談めかしてそう云う。


 そう、私は低カロリーな女なのだ。



 しかし、あの消しゴムを拾ったあと、私の感情は人生で稀にみるほどの高カロリーを消費していたのだ。


 もちろん今だって彼には内緒だ。

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