たとえ勇者がいなくとも
ところ変わって、二人は難民居住区へと向かいました。
既に日は傾き始め、難民街も黄昏色に染まりつつあります。
そこでは、いなくなった子供たちとその家族が、感動の再会を果たしているところでした。
「お姉ちゃん!?」
「ドナ……? お父さん、お母さん!!」
アレックスが地下室で見つけたエマも、無事に家族のもとへと帰ることができました。
ドナのお姉さんをさがし出すと約束したノエルも、その光景に目を潤ませます。アレックスの表情も心なしか緩んでいるように見えました。
しばらくすると、手を繋いだドナとエマのダークエルフの姉妹が、二人の元へ駆け寄って来ました。
「ノエルお姉ちゃん、約束守ってくれて……お姉ちゃん助けてくれてありがとう!」
「うんうん、二人ともまた会えて良かったね!」
ノエルはしゃがみ込むと、微笑みながらドナとエマの頭を撫でました。
すると、今度は姉のエマが静観していたアレックスのもとに歩み寄って言うのです。
「えーと……お兄ちゃん、助けてくれてありがとう! 私……お兄ちゃんに言われた通り、泣かなかったよ!」
「……ああ?」
エマはアレックスの顔を見つめ、必死に何かを求めているようです。
それが何かを理解できず、アレックスはただ顔をしかめていました。すかさずノエルが彼をとがめます。
「アレックス、その子はあんたとお話ししたいのよ!」
「ああ? なんで俺が?」
「アレックス!!」
「ちっ、しょうがねーな……」
ノエルのおっかない顔を見て、アレックスは仕方なく腰を下し、エマの頭の上にポンと手を乗せました。
エマの浅黒い顔が赤く染まります。目つきが悪くて一見凶悪そうなアレックスの顔は、近くで見ると何だか愛らしく見えました。
「いいか兄妹、いいことを教えてやるぜ。泣いてりゃ周りが言うことを聞いてくれるのは、金持ちのガキだけだ。救いの勇者はもういねー……だからお前らは、泣きたくても歯を食いしばって強く生きてくしかねーのさ」
あの島では、多くの子供たちの命が奪われました。無事に帰ってこれたとはいえ、彼女たちが受けた傷跡も長く残り続けることでしょう。
それでも日々は続いていくのです。難民であるここにいる子供たちには、これから先も過酷な運命が待ち受けているに違いありません。
それは不器用ながらも、今まで過酷な人生を送ってきたアレックスの、傷ついた少女へ対する彼なりの励ましの言葉だったのです。
「ちょっとあんた、もっと言い方ってものがあるでしょ?」
「うるせーな、ガキは苦手なんだよ。そんなことよりさっさと行こうぜ。とりあえず、今日の宿さがしだ」
「ちょ! 待ちなさいよ、アレックス!」
夕暮れに背を向けて、アレックスはすたすたと去って行きます。そんな彼の後姿に、エマは大きな声で呼びかけます。
「お兄ちゃーん! 私、もう絶対に泣かないよ!! だから……また、また会えるよね!?」
そのまま過ぎ去ろうとしたアレックスでしたが、ノエルに肩を掴まれて面倒臭そうに答えました。
「のたれ死なずに行儀よく待ってりゃ、そのうち会いに来てやるよ! お前が泣きべそかいてないか確かめにな!」
「うん! 約束だよ、お兄ちゃん!!」
エマはアレックスとノエルの後姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていました。
ノエルはそれに応えるように手を振りながら、照れ臭そうにするアレックスを揶揄います。
「アレックスー、モテモテじゃない! あの子きっと、あんたのこと好きになったんだよ!」
「けっ、ガキに好かれたって嬉しかねーよ!」
「もう、あんたは素直じゃないんだから!」
夕陽は湖を鮮やかに染めながらいよいよ水平線へと沈んでいきます。長かった一日がやっと終わろうとしていました。
ノエルはオレンジ色の湖面を見ながら、もう会うことのできない大好きだった人たちに誓います。
――アズマ、マリカ……二人が救ってくれた世界、今度は私たちが守るからね……」
半人半魔で目つきの悪い悪童アレックスくんと、可愛いエルフの天才魔法学者ノエルちゃん……。悪い悪魔をさがし出す為の二人の冒険は、まだ始まったばかりです。
いつもケンカばかりの二人でしたが、今回の戦いを経て、お互いの絆もきっと深まったことでしょう。
「ねえ、アレックス、今日は色々あってお腹空いちゃった! 何かおいしいもの食べに行こうよ!」
「へっ、お前にしては中々いい提案じゃねーか。そんじゃ酒場にでも行ってみっか!」
アレックスくんが旅の資金をほとんど使ってしまったことがばれ、ノエルちゃんを烈火の如く怒らせるのは、二人がたらふくご飯を食べた後のことでした。
めでたしめでたし……。
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