53話 はじめてのおつかい(1/4)

「なん……」

クザンの言葉はそこで途切れた。

「――っと、おい待て待てラス!」

急旋回で振り落とされそうになったラスの腕を、なんとか掴んで引き寄せる。


「今の、光の攻撃だったろ!?」

冷や汗を拭いつつ、クザンが言う。

「何の音もしなかったよ!?」

リルの珍しく焦った声に

「結界でも張ってたんだろ、待ち伏せしてたんだからな」

とクザンが答える。

「レイが居るの、分かんなかったのかなー?」

リルは、久居の小脇に抱えられたまま首を傾げる。

どうやらこちらも、急旋回に耐え切れなかった様だ。


前に空竜から振り落とされた経験のあるレイは、今回はなんとか、自身の指示というのもあってか、その背にしがみ付いていた。

顔を顰めつつ、荒い息の合間にレイが言う。

「いや……多分、狙いは俺だ……」

深い傷は殆ど治されていたが、動く度に、浅い傷が身体のあちこちを赤く染めている。


「え……?」

「はぁ!? ……これだから天使っつーやつぁ!!」

苛立つクザンの姿に、久居はカロッサを思い出す。

彼女も天使には嫌悪感を抱いていた。


今、久居の腕には四本の腕輪がはめられている。

天使と接触すれば、少なくとも二本は取られるだろう。

久居は、リルを離すと腕輪に手を添え集中する。


「あ、来るよ!」

リルの鋭い声。


空竜の進行方向へ、行手を阻むように何発かの光が流れる。

「クォォォン!」

減速した空竜を囲むように、さらに幾筋かの光が打ち上がる。

しかし、最初の一発のように、掠めるような物は無い。

向こうも当てるつもりは無いようだ。


「……しゃーねぇ。くー、降りるぞ。ラスのこと頼めるか」

「クォン!」

「ああ、お前仲良かったもんな」

クザンが苦々しい顔の口元に笑みを浮かべる。


空竜が降下し終わるより早く、天使達がバサバサと空竜を取り囲んだ。

その数は五人。中には見覚えのある顔もあった。

レイの友達に、先日久居が傷を治してやった天使もいる。


「突然の無礼、ご容赦いただきたい」

口髭をたっぷり蓄えた、槍を携えた厳めしい男が話しかけてきた。

所属とその名をつらつらと名乗り、丁寧に一礼する男を、クザンは半眼で眺める。

「用件はなんだ」

クザンは名乗る気も無いようで、苛ついた態度を隠す事なく言った。

「そちらの天使、レイザーランドフェルトに話があります」

「話……だな?」

「はい」

「こいつはまだ傷だらけだ。下で手当てしてからでもいいな?」

「……分かりました」


空竜は、周囲を五人の天使に囲まれたまま、天使を振り切らない程度の速さで、少し先の開けた丘まで移動する。


久居は、クザンの作ってくれた時間を有難く思う。

リルが振り返ると、レイはじっと俯いていた。

「レイ、大丈夫……?」

「ああ……」

のそりと顔をあげたレイが、リルと目を合わせる。

「リル……」

「うん?」

くりくりっとした大きな淡い茶色の瞳に、レイの姿が映っていた。

横髪が片側だけ短くなっているのは、レイの付けたマーキングを落としたためだろう。

「髪、短くさせて、すまなかった……」

「うん……いいよ。また伸びるから」

ニコッと笑うリルの、その信頼を裏切ってしまった事が、レイには心苦しかった。

「……リルも、久居も、今までありがとう」


言われて、リルは一瞬息を詰める。

「レイ、死ぬの?」

リルには覚えがあった。

ドキドキしてて、体にも力が入ってて、なのに、こんな風に静かに話す。

カロッサが、ちょうどこんな感じだった。


「いや、俺も死にたくは、ないんだけどな」

レイは苦笑したが、その顔は泣き顔のようにも見えた。


リルは、空竜の後方を飛んでいるレイの友達とやらを見る。

彼は、不安そうにレイの背を見ていた。


風の音がゴウゴウと響いているので、会話は他の天使達には聞こえないが、話をしている事だけは分かるだろう。


「お友達も、レイの事殺しに来たの?」

「不本意ながらな。……けど、まあ、全然知らないやつに殺されるよりは、友達の方がまだマシだよな」

自嘲気味に呟いたレイに、リルが眉をしかめて言う。

「それは良くないよ。お友達が苦しくなっちゃうよ」

リルにきっぱり却下され、レイは衝撃を受けた。

言われてみれば、その通りだ。

(俺はまた……俺の事しか、考えてなかったって事か……)

「…………そう、だな……。リルの言う通りだ……」

相変わらず進歩のない自分を、レイは深く恥じる。


「レイが死ななくて済むように、ボクにできる事は何かない?」

レイが顔を上げると、リルはまっすぐレイを見ていた。

暖かい色をした薄茶色の瞳に、どこか癒される。

そこへクザンが口を挟んできた。

「つかお前は何やらかしたんだ。まさか妹がああだからってんじゃねぇだろうな?」

「おそらく、それです……」

「はぁ!?」

レイはチラリと下を見る。

目的地である丘が近付いて来ている。

「いや、それより、久居はカロッサさんを殺した犯人って事になっ……」

「はぁあ!?」

クザンの叫びがレイの声を掻き消した。

「と、とにかく、久居とリルは気を付けた方がいいぞ」

「はい」

「うん」

「どーゆー事だ!」

大人しく頷く二人に、クザンだけが「説明しろ!」と叫びを上げていたが、空竜は人気のない丘へとゆるゆる降下を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る