41話 闇(1/5)

「リル君、クリスちゃんの居場所が見えたわよ」

その日、カロッサはそう言った。


「えっ、ほんと!? どこにいるの?」

宿題を母から受け取っていたリルが、慌ててカロッサの元まで駆けていく。

カロッサは机に地図を広げて指した。

「場所はここね」

「久居っ、クリスの居るとこ分かったんだって!」

調理場で朝食の片付けと昼食の仕込みをしていた久居が、リルの嬉しそうな声に顔を出す。

カロッサと目が合い、丁寧に礼をして挨拶をする久居に、カロッサは軽く片手を上げて応える。

「ただ、これ、二年くらい後の居場所だけどね」

カロッサが付け足した言葉に、リルが声を上げる。

「ええー!? どういう事!?」


久居は話が長くなりそうなのを察すると、全員にお茶を出すべく、また調理場に引っ込んだ。


地図の広げられた大テーブルには、何事だろうかと菰野やフリーに空竜まで集まってきた。

今日は週末で学校が休みのため、フリーもカロッサとともにこちらに来ている。


レイは、ちょうど定期連絡に出ていて不在だったが。



あれから三週間が経った。


二週間前に引越しをした菰野達は、それでも週末には、こうやって小屋に戻って来ていた。

一番の理由はフリーが菰野に会いに来てとせがむからだが、菰野としては、せっかく三年ぶりに再会した姉弟をなるべく会わせてやりたいと思っていた。

菰野にはもう、顔を合わせることのできる親族はいないが、だからこそ、会える二人には会ってほしい。

菰野は、リルとフリーがよく似た顔を寄せ合って、くだらない話で笑い合う姿を眺めるのが好きだった。



週末、小屋に一泊して翌日に帰る。

そこそこの距離を歩くので、荷物は最小限にしたいところではあったが、レイの背負子はズッシリと重かった。

「この水晶玉、毎回四つ運ぶの重いんだが……」

呟くレイに、久居が返す。

「私も、緊急用のお茶セットが重いですね」

「……ぐっ」

久居は、心に痛手を受けたらしい、苦い顔のレイをチラと見て、苦笑とともに告げる。

「冗談です」


レイが、隣を歩くリルにひそひそと尋ねる。

「なあ、なんか最近久居が優しくないか?」

「久居はいつでも優しいよ?」

当然、とばかりにリルが答える。

(聞く相手を間違えたか……)

とげんなりするレイにリルは言った。

「……でも、そうだね。コモノサマが復活してから、久居は幸せそうだよね」

リルの薄茶色の瞳は、嬉しそうとも、寂しそうとも取れない色でただじっと久居の背を見ていた。

そんなリルの横顔を見ながら、レイは(そういう事なのか?)と思ったりする。


菰野は始め、小屋に向かうのに「そんな、全員で行かなくても、俺とリル君の二人で大丈夫だよ」と言っていたが、

久居が「そうは参りません」と譲らないので、レイも付いて行かざるをえなくなっている。


リルは小屋に戻る度に、リリーから一週間分の宿題をもらっているらしく、済んだ分と毎回交換しているようだ。


リルが菰野達と一緒に住むことについて、母親のリリーは人里での生活や、全くの他人にリルを預ける事について迷いがあったようだが、これは意外な事にカロッサの強い勧めで決まった。



きっかけは、久居の過去を見たカロッサに、その翌日、修練で術を教わっていたリルが、過去見についてどうやってやるのか尋ねた事からだった。

「ん? リル君も見たかったの? こうやってやるのよ」

と、カロッサは軽い気持ちでリルの背に手を当て、実演してみせた。



久居に会うまでのリルは、他人という他人の全てから、常に差別や偏見の目で見られていた。

閉鎖的な隠れ里である妖精の村に、ただ一人だけの鬼の子。

村人は、今まで鬼を見たこともない者ばかり。

人里ならまだ違ったのかも知れないが、そこは蜻蛉翅の妖精だけが住む妖精の村だった。


妖精の子は必ず男女の双子と決まっている。

それぞれが両親にそっくりの姿で生まれ、生まれ順にかかわらず、女児が姉、男児が弟になるしきたりだ。

そうやって、もう何百年と、大人から子供まで、村に見たことのない顔は居なかった。

そんな所へ、妖精姿でも母親そっくりでないフリーですら浮いていたのに、リルは異質過ぎた。


リルに向けられる悪意は、ささやかなものから鋭いもの、ただの八つ当たりのようなものまで、様々だった。

それでも、リルの母が村長の娘であり、この村の結界を管理しているという立場のおかげか、リルは学校以外で、直接石を投げられるような事は少なかった。


もしかしたら、リルの聴力が妖精と同程度なら、妖精の村はもう少しだけ彼に優しかったのかも知れない。

不幸な事に、リルは妖精達よりも、数倍耳がよかった。


本人に聞こえないつもりで話される陰口の、そのほとんどが、リルには届いていた。

だが、それに気付く者は、村にはいない。

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