37話 再覚醒(2/6)

「ご……っ。ごめん……なさ、い……っ」

突然の謝罪の声に、皆がリルを見る。

リルは、ボロボロと大粒の涙を零していた。


「「「リル?」」」

何人かの声が重なる。


クザンが久居を見る。リルに何か話したのかと。

久居が即座に首を振る。何も話してはいないと。

二人はすぐさま、久居はリルの元へ、クザンはリリーの側へとフォローに向かった。


「……ボク、が……焼い、ちゃっ……たの。その人……」

嗚咽に途切れ途切れになりつつも、なんとか絞り出されたリルの言葉。


一体いつから気が付いて、いつから気に病んでいたのか。

久居は、気付いてやれなかった自身を責めながら、いたわしげにリルの背をさする。


フリーは、リルを慰めようと立ち上がったものの、久居の動きが早かったため、もう一度その場に座り直していた。

足がじんわり痺れていて、うまく歩けそうになかったのも、まあ、あるけれど。

胸中で言い訳をしながらも、フリーは思い返していた。

リル達にとっては三年前の出来事でも、フリーと菰野にとってはつい今しがたの出来事だ。

あの時リルは、私と、私を斬ろうとしたあの怖い人の間に入って、確かに炎を纏ってた。

リルの炎であの人の刀が溶けちゃって、それから、あの人はリルの炎を浴びたのだろうか、その後は……分からない。

死にそうな菰野が心配で心配で、そっちはもう、見ていなかった。

……そっか、あの人あの時燃えちゃったんだ……。


怖い人だったけど……。

菰野の、大切なお兄さんだったんだね。


隣に座る菰野を見る。

その瞳は、静かにリルを見ていた。

ボロボロ泣きながら、途切れ途切れに、繰り返し謝るリルの言葉を、菰野は受け止めているように見えた。


きっと、他の人からも、そう見えてると思う。

でも、その栗色の瞳は本当にリルを見てるんだろうか。

……何かが違う。フリーは急に不安になった。


久居が、リルがあの場で葛原を討たねば、菰野やフリーはもちろん、久居も、下手をすればリルまで死ぬ事になったと、菰野に状況を説明している。


「リル君、事情は分かったよ。

 僕達を助けてくれてありがとう」


菰野が、感謝の言葉を添えて、優しく笑う。

リルが、許された事に安心して、わっと久居に泣きついた。


「……そんなはずない」


「え?……」

隣から聞こえた小さな呟きに、菰野がフリーを見る。


菰野と目が合って、フリーは確信した。

栗色の瞳は、驚く程悲しい色をしている。

きっと、菰野は酷く傷付いてる。


「フリーさん?」


菰野にもう一度尋ねられて、フリーは首を振った。


「ごめん、なんでもない」


無理しないでって言いたかった。

我慢しないで、泣いてもいいよって、言ってあげたかった。


でも、それを言ってしまうのは、菰野の頑張りを無駄にしちゃうのと同じだった。


「ありがとう」

と、小さく菰野が言った。


「俺からも謝る。お前の兄を、リルが殺めてしまってすまなかった」

クザンの声に菰野が振り返る。

クザンは、リリーと共に深く頭を下げた。

「ごめんなさい……」

リリーの謝罪の言葉に、菰野が慌てて首を振る。

「いえそんな、お顔を上げてください。

 兄が悪かったのですから、仕方のなかった事です」

と、菰野は落ち着いた声で、柔らかく答えた。

クザンがガバッと顔を上げると、その勢いのまま、菰野の顔を両手で掴む。

「!?」

菰野は突然の事に動揺するも、抵抗は見せなかった。


クザンは、そのまま菰野を顔だけ久居に向けると訴える。

「いいのか!? こいつこのままで!」

言われて、久居は小さく眉を寄せた。

「私が致しますので、そっとしておいてください」

その答えに、クザンは渋々両手を離した。


「!?!?」

まだ混乱している菰野に、フリーがそっとささやく。

「きっと、菰野を心配してるのよ」

……そう、なんだろうか。と菰野が内心首を傾げる。

会ったばかりの、何者かも分からないような、娘に付いた悪い虫を、心配するような父親がいるのだろうか。


「泣かした方が良くないか?」と久居に問うクザンに「力尽くはやめてください。菰野様の事は私が致します」と久居がしっかり釘を刺している。

リリーにも「余計なお節介は嫌われるわよ、フリーに」と言われ、クザンは小さく呻く。

どうやら心に痛手を受けたようだ。

クザンがもう一度、菰野を振り返る。

「あ、もし復讐したいと思うなら、リルじゃなくて俺に向かってこいよ」

クザンの言葉に、菰野がまた吃驚する。

「殺されてはやれねぇけど、お前になら、いくらか斬られてやってもいいぜ」

と言って、屈託のない笑顔でその鬼は笑った。


そんな事は考えてもいなかった菰野が、恐縮しつつも、有り難くその気持ちを受け取る。


「ボっボクもっ、ペチンて、されても、いいよっ」

父に倣ってか、リルがぴるぴる震えながら訴える。

菰野が「そんな事しないよ」と優しく微笑む。

その脇から、足の痺れを克服したフリーが拳骨を二つ構えて不敵に笑う。

「リルには、私が代わりにお仕置きしてあげよっか?」

そこへクザンが言った。

「リルはもう三年前にしっかり叱られてんだよ。次はお前が叱られる番だぞ、フリー」


「え゛っ」

ギシッと固まったフリーの前に、今まで遠巻きに見ていたカロッサがやってくる。

「やっと私の出番ね」


ウェーブのかかった艶のある紫の髪、フリーと同じような触角はあれど、それはフリーやリリーのようにピンと伸びたものではなく、後頭部の方へ緩やかに流れている。

背には髪と同じ色の大きな蝶の羽が美しく広がっていて、一見して妖精だと分かった。


「フリーちゃん、はじめまして。

 私はカロッサ。リリーと同じ師を持つ、時間と空間制御の専門家です」

と、告げたカロッサが、フリーに空間凍結の難しさ、失敗した場合のリスク等を解説し始める。


思った以上の悲惨な内容に、フリーが、傍目にもわかるほど、青くなっていく。


その話を聞きながら、久居も、自身が無事に凍結され解除されるために、カロッサがどれほど大変なことをしてくれたのか。

そして、菰野達の凍結を外側から術者以外が解除することが、どれほど不可能に近い、難しいことだったのかを再確認した。


「分かってもらえたかしら?」

ニコッと微笑んで、カロッサは自身の仕事に満足した様子で下がる。


そこには愕然とした表情で座り込んだままのフリーと、分からない単語ばかりだっただろうに、神妙に話を聞いていた上、何となく分かったような顔をしている菰野が残されていた。


クザンが、カロッサと入れ替わるように二人の前に進もうとして、くい。と服の裾を引かれる。

「フリーのお仕置きの内容は、私に任せてもらえるかしら?」

リリーにそう言われて、クザンはちょっとだけ嫌そうな顔をした。

彼女がこんな事を言うときは、必ず理由がある。

俺に言えない、そんな理由が……。

クザンは子ども達の歳を思う。

双子の子ども達は時差ができた今、14歳と17歳になっていた。

もう、そんな……能力発現の心配をしないといけない時期なのか……。


クザンにとって、なかなか会えない子ども達は、いつまで経っても、ついこの間生まれたばかりのような気がしていた。


「……精神修行的なやつか」

苦々しく言うクザンの頬に、リリーが指を伸ばす。

「そんな感じね」

誘われて、クザンはリリーに顔を寄せた。

リリーはクザンの頭を両手で抱えるように胸元に引き寄せると、檜皮色をした髪を撫でる。

「そんなに心配しないで、きっと、悪い様にはならないわ」

「リリー……」

慰められ、励まされ、クザンは、それをリリーに自分がするべきなのにと悔しく思う。

「……皆が、いてくれるもの……」

リリーの言葉は、クザンだけでなく自分自身にも言い聞かせているようだった。


一体リリーはどんな未来を見せられているのだろう。

そう思うと、クザンは不甲斐なさと悔しい思いで、胸がいっぱいになる。

ヨロリの元にいては、リリーが悲しい思いをする事になると思った。だから強引に連れ出した。

けど、結局どこにいたって、世界ってやつは彼女を手放す気がないらしい。


そして、ヨロリもカロッサもリリーも、そんな世界を見捨てる気が、さらさら無いようだ。

俺や、子ども達が生きている場所だから。とリリーに言われてしまえば、クザンにはもう、どうしようも無い。


いつだって、優しい奴ばっかりが我慢して、優しい奴ばっかりが辛い目に遭う。

クザンは、どうしても、それだけが許せなかった。

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