四季七海はデートを断る。

「あ、このチケット!」


 そして早速、宇宙人先輩。

 早々と何目の前の物を見つけたようだった。

 

「……あ、それは」


「なんで、これが? なんでなんでなんで? ねねね? どしてどして?」

 

 疑問。素朴な質問に、夏希が嬉々として答える。


「そこの性悪女が、この変態を誘いに来たのよ」


「誰が性悪女だ」


「俺は変態じゃねえ」


「あ、そういうこと! へえ、デートのお誘い! いいないいな! あたしも行きたいなぁ!」

 

 わかりやすく食いつきを見せる春乃。

 夏希が悪そうに笑っている当たり、確信犯らしい。


「あそこって有名なお化け屋敷とかあるんでしょ! あたし、行ってみたいってずっと思ってたんだよねー」


 興味津々。机を乗り出すように、言う。


「ねえねえねえ、私も行きたいなぁ。あそこって世界一のジェットコースターもあるらしいじゃん。あたし、乗りたいなぁ、行きたいなぁ」


「と言われましても……」


 というか俺に言うな。そのチケット、俺のじゃないし。

 それはぜひあなたの隣にいる性悪女に言ってくれ。

 

 寄りかかり、服を引っ張ってくる春乃を引きはがしつつ、黒崎のほうを見る。

 結果、春乃の呪縛から放たれた黒崎は「コホン」と一つ息をつき、笑った。


「僕から提案があるんだ」


「…………」


 途端、嫌な予感。


 いや、嫌な予感はずっとしていたし、今すぐにでもここから逃げ出したかった。

 しかし、ずっと隣のバカ女(夏希)が足を踏んで離さないものだから、まともに動けないのである。


「……提案って?」


「……なんですか?」


 食いつく夏希と秋葉。

 

 わかりやすく手を止め、黒崎を見る。

 それに応えるように、黒崎は目の前のチケットを手に取り、言う。


「――このチケット。僕は皆さんに差し上げようと思うんだ」


「「「……え?」」」

 

 これは僕以外の三人の声。


「正確にはチケットを手に入れる権利――だがね」

 

 にやりと、黒崎は笑う。


「なぜなら、残念なことにチケットは全部で二枚。行けるのは二人だけだからだ」

 

 その二枚を手に取り、黒崎はまざまざと見せてくる。

 

 ……なんだろう。さっきから嫌な予感が止まらない。


「……ちょっと俺トイレにぃぃぃ――っっ!」


「まあまあ七海。黒崎さんの話を聞くぐらいは大丈夫でしょ」


「……脛はあかん……夏希、脛はあかんって」


 平然と人の弱点を蹴り飛ばせる人間性のこいつが、それなりの優等生として通っていることがいよいよ信じられない。


「このチケット。一人は……まあ、彼で決まりだろう。じゃないとこのチケットの意味がなくなる」


「あ、俺別に興味ないし、だから他の人でぇぇぇ――っっっ!」


「先輩ごめんなさい。手が滑りました」


「……おい秋葉、お前今確実に投げたろ、自分のスマホを俺に向かって投げたろ」

 

 恐ろしいことに一瞬のためらいもなかった。

 普通、もうちょっとなんかあるよね。自分のスマホを投げるのに抵抗とか。


「一人は彼で決まりとして、ではあと一人。このチケットで彼とデートをする権利がここにはある」


「あ、春乃。さっきまとめてた資料で分からないところがあって……」


「――七ちゃん」


「あ、はい」


「ちょっと……黙ってて」


「…………」

 

 なに今の。 

 今、戦国武将みたいな殺気を感じたんだけど。

 いや、会ったことないけどさ、戦国武将。


 黒崎は、指を四本立てて言う。


「私、白川さん、青木さん、赤石先輩。この四人の仲から、公平にデートをする人間を決めよう。ルールはいたって簡単、最も魅力的なデートの提案を彼にできたものが勝者だ。選出方法もいたってシンプル。彼、四季七海くんに決めてもらう」


「え、やだ」


「勝手なこと言うなよ、四季君」


「そうよ。自分勝手言わないで、七海」


「先輩、子供じゃないんですから」


「七ちゃん、もうちょっと落ち着いて? ね?」


「…………」


 なんなん、まじでこいつら。 

 

「…………え、本当に嫌なんだけど」


「これは決定事項だ。もとより君に拒否権はない」


「いやあるだろ。どんな論理だ。ちゃんと説明しろ」


「じゃあ仕方ない。馬鹿な君に懇切丁寧に教えてやろう。――まず、君は僕の相棒だ」


「……それがなんだよ」


「相棒のわがままは聞くものだろう」


「暴論だな」


「君は幼馴染三人をないがしろにしたくないとも言っていた」


「それは……」


「加え、今の君は僕に逆らえない。逆らうことができない身」


「そ、それも……確かにそうだが……」


「もし、その事情までつまびらかにしてもいいというなら、僕は別にいいんだがな。ん?」


「…………」

 

 ああ、もう、うん。考えるのはやめよう。

 仕事しよう。目の前の仕事に集中しよう。

 

 ということで、返事をすることを含めた外部情報を切断することにした。


「……質問いいかしら」

 

 恐る恐るといった感じで、夏希は手を挙げる。

 

「どうぞ、白川さん」


「その話、私たちには得しかないのだけれど、あなたには一体どんなメリットがあるのかしら?」


「……ふむ」


「さすがに聞いとかないとね。本来、あなたは私たちに黙ってこの馬鹿とデートをすることだってできたんだもの」

 その権利も、立場も、あなたは持っているわけだし。

 

 その先、一瞬ためらいがちになりながら。

 そして実際唇をかむようにしながら、夏希は言う。


「だって――あなたは、こいつの彼女なんだから」


 ……そう。


 俺――四季七海。

 幼馴染を三人持ち、その三人がそれなりの好意を向けてくれている――そんな普通の男。

 割とモテてる普通の男。


 実は、幼馴染とは別に、彼女がいます。


 その名前は、黒崎冬香。

 目の前にいる、この怪しげな女子なのです。


「……くっくっ」 

 

 特徴的な笑い方。

 押し殺したようなその声は、一度聞けば忘れない。


「なるほど、確かに。先月から、僕は四季君の彼女で、四季君は僕の彼氏だ。これは事実で、疑いはない」


「……そうね」 


「ただ――」


 黒崎は、押し殺した笑みを上にあげて言う。


「僕だって、この現状に何も思うことがないわけでもないんだよ」


「……どういうことですか?」

  

「君たちから、四季くんを奪ったことについてだよ、青木さん」


 秋葉もまた、スマホから目を離し、黒崎へ注目を向けている。


「半ば、事件的に、奇襲的に。僕が彼を奪ってしまったのは事実だろう。君たちの存在や気持ちを知らなかったとはいえ、それを行ってしまったことに罪悪感を抱かないわけではない」

 

 だから――と、黒崎は続ける。


「ここでいったん仕切りなおそうという話だ。もちろん、僕が四季くんの彼女であることは変わらないが、しかし、奇襲に成功したからと言って、そのまま勝手にほいほいと、こんな魅力的なデートをするほどに僕は悪趣味でもない」


「「「…………」」」

 

「ま、何より、彼と仲の良い君たちに何も言わず、デートをするのも気が引けるんだよ」


 肩をすくめて、黒崎は言った。


 長く続いた説明に少し考えこむように顎に手を当てる。


「納得してくれたかな? 白川さん」


「……ま、一応ね」


「青木さんはどうかな?」


「私はまあ……どっちでも。納得しようがしまいが……どっちにしろ参加するんで」


「赤石先輩は?」


「…………」

 

 即断即決を地で行く春乃がここにきて黙るのは少し意外だった。

 だが確かに、この話をしてからずっと黙っていたことを思い出す。


 春乃は真面目な顔のまま、黒崎を見つめつつ、ゆっくりと尋ねた。

 

「……一つだけ、確認いい?」


「どうぞ」


「あたしたちが七ちゃんとデートしても、黒ちゃんはいいんだね?」


「もちろん。嫉妬はそれなりにさせてもらいますが、別にそれを止めることはありません」


「それで、二人っきりになって、楽しんで……。て、手をつないだりしても?」


「はい、構いません」


「じゃ、じゃあ、じゃあ。デートして、楽しかったなぁって終わって。それで、それで、最後には……ちゅ、ちゅーなんかしちゃって、そのまま恋人になったりなんかしちゃっても?」


「それは……。まあ彼がそれを肯定した場合に限りますが、いいですよ。はい。それもお約束します」


「……うん。……うんうん! わかったよ、あたしもやる!」


「…………」


 いったい何を決心したのだろう。

 ……いやまあ、全部聞こえているので、こっちとしては単純に恥ずかしいだけなのだが。

  

「……よし!」


 声を出し、黒崎は手を叩く。


「――じゃあ早速始めよう」


 だれが一体四季七海とデートをするのか。

 そのプレゼン対決を始めよう。


 それから和気あいあい。

 なんやかんや仲良さげに四人が集まり、議論を始めだした。


 蚊帳の外の俺は、PCに意識を向けつつ、大きくため息をつく。

 

「……あー」

 

 天を仰ぐ。

 そして、もう一度、わかりやすくため息をつく。


 ……ああ。

 どうしてこうなった。

 なんでこんな面倒なことになった。

  

 まあ、その答えは明確で、明らかなのだが、しかし、自分がした決断に後悔しかない。

 たとえ、過去を振り返ったところで、他の選択肢がなかったとしても。

 それでも、心の底から後悔を禁じ得ない。

  

 ――そう。

 この状況。この戦況。地獄のような修羅場。


 複雑怪奇な状況は、幼馴染たちにこう言ってから始まったんだ。


「――俺、彼女できた」

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